駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

それは勘弁2

2009年04月03日 | 診療
 Sさんは85歳のお婆さんだ。もう十年近く高血圧と関節痛で通院している。最近は杖を突きヘルパーさんに付き添われて、よろけながら診察室に入ってくる。身体能力には衰えがあるが、頭の方はさほどでもない。
 この十年の間にSさんの家庭には不幸が続き、息子と孫を亡くされ嫁は出奔、天涯孤独の身になった(近隣に弟さんが居るらしいが音信不通)。現在は生活保護を受け、生活全般をヘルパーさんに頼って生きている。
 「先生の薬が一番、調子いいわ」。と過分な評価をしてくれる。「私一人きりなの」。とひとしきり嘆くと、涙と鼻水にまみれた顔をしわくちゃにし「先生、ありがと」。と手を合わせ、私を拝んで帰られる。それは勘弁、止めてくださいと頼むのだが、生き仏に最も遠い俗人の私を仏様のようにされる。晩年に肉親を亡くされ、寄る辺ない身はさぞかしつらいのだろう。しかしまあ、拝むのは止めて欲しい、居心地が悪くて困る。
 ケアマネージャーのKさんは「Sさんはあれでなかなかしたたかなんですよ」。と電話で苦笑混じり?に報告してくれる。確かにどこかそうした面はあるように感じる。なるほど自立できない高齢者が生き延びて行くにはいろいろあるだろう。しかし、それは仏様??が論評することでもない。
コメント (2)
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