この3月は卒業式があり、その後で保護者との最後の簡単なパーティがあった。その翌日から3年生の担任グループで那須高原へ2泊3日の温泉旅行に出かけた。バイキング方式だからどうしても食べ過ぎてしまう。学年末の採点期間中だからこれは特異な計画だった。
3月のある土曜日の終業式で生徒に挨拶した。つぎの月曜日は中高合同職員会議で退職のスピーチをし、夕方には高校食堂で退職者を送る会というパーティがあった。その翌日は、前々から決まっていた高校の同窓会があった。千葉の新浦安の個人宅に出かけた。はるばるカナダや鹿児島や神戸からの参加があり男子8名女子6名であった。散会後に私はこの家のあるじと碁を打ってほぼ徹夜状態であった。翌日同じ同窓会のメンバーは館山の保養所に投宿し同窓会は継続された。残念ながら私だけこの日は帰宅し、翌日学校に出て最後の仕事をし、その夜の数学科の送別会に出席した。
しばらく参加していて今では活動していないソフトボールチームや今年度限りでで休会処置をとることになった囲碁クラブの送別会があり挨拶した。職場でのこのような親睦団体が姿を消しつつある。明日の学園主催の食事会で公式行事はすべて終了する。
この3月のようにいろいろな事が重なりすぎると、思考がまとまらなくなる。自分が拡散していく感じで気持ちは不安定になるようだ。ふと考える。今後年老いて知ることがあるとすればそれは何なのか。3月の飽食の中でもがいている。今日のNHKのラジオ深夜便で芭蕉の 「さまざまのこと思い出す桜かな」 が紹介されていた。どうってことのない句のようだ。今朝は恵みの雨になった。ここらの桜はまだ蕾は固い。
帰省した時には射手座さんに電話すれば何とかなると仮面ライターさんが言いました。その言葉の意味が今回の新浦安の会で直接お会いすることで十分に理解できました。あの時役に立たなくなったどうのこうのより気持ちの暖かさですよと言われましたよ。覚えておられますか。あの会でこの発言を聞きとどめたのは貴女の隣にいた私だけです。発言の前に「男は」が入ると意味がくみ取りやすくなりますね。