この地に住んでかれこれ50年近くになる。転勤で何度も引っ越しせざるを得ない人、意図して転居を繰り返す人にくらべてなんと変化のない退屈な生き方かと、われながらうんざりしないでもない。
この地域で私はもはや古株である。そして、いつ知れず姿を見せない人の数も増えた。自宅での葬儀が執り行われることは皆無である。ある人の姿が消えても、生存か否かも知らされずに過ごす。(6月アジサイの頃)
古い家が解体され新築の家に若い世代が引っ越してくる。ところが最初から近隣との触れ合いを避けようとする傾向が強い。向こう三軒両隣の日頃のちょっとした挨拶もなく、目を合わせることさえ避ける。地域社会の崩壊とはこのことなのだろう。
そんな中で稀有な隣人が存在する。私より少し年輩の女性でいまは未婚の娘さんとの二人暮らし。隣近所のプランターに水やりをし、そればかりか我が家の玄関先の鉢に新しい花を植え替えたりなさる。よその家の前の道路を掃き清めることはしばしば。子育て中の家や我が家にときおり、食べ物や果物や菓子などを惜しげもなく差し入れる。物々交換すると倍返しだ。誰とでも分け隔てなく話すのでこの地域のほとんどの情報が彼女に集まる。触れ合いを避けたがる新住民たちに対する彼女の戸惑いあるいは失望はいかほどかと気にかかる。
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