赤ちゃんに外国語のビデオを見せて聞かせてその反応を調べた。そのビデオの出演者が赤ちゃんに直接会ってビデオと同じことをしたところ赤ちゃんは明らかに異なる反応を示したという。赤ちゃんは生身の人間と接することで外国語により強い関心を示した。人が何かを獲得するときナマと映像の違いは成長するにつれて弱まりこそすれ無くなることはあるまい。
ひ孫の写真を送るから無理して上京しなくてもいいよと言うと写真じゃつまらないと言う。それもそうだと思う。旅に出て目の前の風景を写真に切り取っても再び見ることは意外に少ない。今という瞬間は二度とこない。だからというわけでもないが60才前半から半ばまでの男3人が久しぶりに落ち合って飲むことにした。3週間前から約束していたその夜は小雨が降っていた。
最年長の男はこの8月に奥さんを癌で失った。発病から5年経過していたのでもう大丈夫だ思っていた。2人の娘達は親の死を受け入れているようだが自分はまだだめで特に朝起きた時がいちばんつらい。あなた方は大事にしてあげなさいとこの夜は何度も繰り返した。彼は退職前の4年ほど奥さんの心配をよそに夏休暇になると単身でホテルの予約なしにナチスの強制収容所巡りを繰り返していた。ハンガリーに知り合いの日本人が経営するごく小さな民宿がある。1998年その民宿が小型バスを一台チャーターしてハンガリー国内一周旅行を企画した。3週間この夜の3人はそれに参加している。
次なる男はクラシック音楽と国内各地の旅行と日本酒愛好という三つの分野の達人である。最後の一つを除いて残り二つを御夫婦で楽しんでいる。私などは皆無に近いコンサートに若きときより数限りなく出かけている。365日のうち飲まぬ日は二日酔いの3日ほど。それでもいい肴が手に入ればいただく。飲んだ各地の日本酒のことなどの旅行記を備忘録的に作製する。この4月から65歳定年退職で完全にフリーだ。この夜15本のカッセトテープを私に持ってきてくれた。こんなことやって今の方が忙しいという。自称趣味人。役職は可能な限り辞する。なかなかの教養人だ。ワーキングプアーに倣ってエイジングプアーという言葉を創作したと自慢していた。年金支給額の減少医療費値上げなどの現実がある。次の次なる男は娘にはいたく寛大であることぐらいでさしたる特徴はない。この男の造語は娘から聞いたパラサイトシングルならぬパラサイトファミリーである。食事も子育てもやってくれないかなーという若い家族のことだそうだ。
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