「Misia Candle Night 奈良遠征旅行記(2日目・その2)」のつづきも、奈良国立博物館 なら仏像館の見聞録です。
きょう最初に紹介するのは、この日のなら仏像館で最もインパクトのあった、大阪・金剛寺の「隆三世明王(ごうざんぜみょうおう)坐像」です。
とにかくデカい
そしてリアル
こんな顔で睨まれたら怖いぞ
当日のメモは、
巨大 かつ 鮮やか かつ 異形
光背の火焔が左にたなびく
台座は積み木くずし
左の写真(「なら仏像館 名品図録」には載っていないので、某所から拝借)では、「積み木くずし」と表現した台座がちょっとしか写っていないのが残念
この像は、鎌倉時代の天福2年(1234)の作だとか。
本拠地の金剛寺が「平成大修理」のため、一時的に奈良博で展示されているようで、本来は、金剛寺金堂で、御本尊・大日如来の右脇侍として、バディの不動明王坐像と共にお務めを果たしているのだとか。
ちなみに、三躯とも伽藍の修理に併せて修復に出されて、奈良博の工房(文化財保存修理所)で修理を終えた隆三世明王坐像だけが奈良博で展示されている由。
とにかくデカい坐像ですが、こちらで金剛寺金堂での鎮座状況を拝見
しますと、不動明王坐像も同じ大きさで、大日如来坐像はさらにデカい
「平成大修理」が終わったら、ぜひ現地にお三方をお参りに行きたいものです。
ちょっと鎌倉時代の仏像を続けまして、次は、この日ので一番心穏やかになったこちら。
滋賀・長命寺の「地蔵菩薩立像」です。
私のメモは、
厳しさがありながら静けさを漂わせる
★★★ (←最高点)
とありまして、図録によれば、
台座裏の墨書銘から、興福・東大・薬師寺の大仏師を自称する栄快法橋が建長6年(1254)に制作したことがわかる。(中略) 金銅製の錫杖や、水晶製の宝珠、蓮茎をかたどった支柱の光背も当初のもの。
とのこと。
「大仏師を自称」ってどういう意味なんでしょ…
次は、一番楽しかったこちら。
ダンスするかのよう
とメモりました。
一般的に十二神将立像は、12神それぞれが個性豊かに造られたものが多くて、どのユニットも楽しいのですが、この室生寺の未神(鎌倉時代・13C)は、夢見てステップを踏んでいるかのようなポーズが傑出している気がします。
図録を引用しますと、
十二神将と十二支との合体は、日本では平安時代後期から認められるが、この群像の場合、頭上に標識として十二支獣を表すのみならず、本画の表情にも十二支獣のイメージが投影されている点は新しい傾向である。
だそうで、図録の隣のページ、東大寺の十二神将立像の解説にある「本来は無関係な十二神将と十二支」という記述ともども、へぇ~ です。
次は、一番「目からウロコ」だった、京都・海住山寺(かいじゅうせんじ)の「四天王立像」(鎌倉時代・13C)。
何が「目からウロコ」かって、
持国・増長・広目・多聞天の順に、緑・赤・白・青の身色に塗り分けられる点や、持物、体勢などから、鎌倉時代に復興された東大寺大仏殿に安置されていた四天王像の図像に合致する作例と知られる。(図録より)
と、
色がわかって貴重~ (私のメモ)
なわけですよ
増長天の赤い顔は許容範囲だけど、多聞天の青い顔と持国天の緑の顔は怖いゾ
なら仏像館最後に紹介するのは、一番Lovelyだったこちら。
時代を一気に遡って、飛鳥時代(7C)の菩薩立像(奈良・金竜寺)で、私のメモには、
あれぇ~ かわいい 足短い
飛鳥仏! 思わず ほほえむ
とありまして、ホント、可愛らしい
そんなわけで、お顔をズームアップ
図録を引用しますと、
寺伝に観音菩薩という。像の幹部から台座の大半までクスの一材から造る。(中略) 足の短い幼児体型で、顔も童子のそれを彷彿とさせ、飛鳥時代(白鳳期)に類型をみる童形仏の一例。法隆寺に伝来した六観音像と作風が酷似し、同じ工房の制作と考えられる。現在の彩色は光背とともに鎌倉時代中頃に補われたもので、彩色の下層に漆箔が見える箇所があり、当時は金色燦然と輝く像であった。
だそうです。
私としては、金ピカよりもこの古色が渋い今の菩薩立像の方が好みだな
ということで、一番「お持ち帰りしたい」仏像だった菩薩立像を以て、なら仏像館の見聞録をお開きとさせていただきます。
つづき:2016/10/25 Misia Candle Night 奈良遠征旅行記(2日目・その4)
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