「ちょっと諏訪まで日帰りドライブ旅行 (前編)」のつづきです。
「前編」と時間は前後しますが、きのうの日帰りドライブの行程を載せておきましょう。
自宅⇒細街路⇒R298⇒和光北IC⇒外環道(内)⇒大泉JCT⇒関越道⇒鶴ヶ島JCT⇒圏央道(内)⇒八王子JCT⇒中央道⇒(談合坂SA
)⇒諏訪IC⇒県道487号線⇒湖岸通り⇒サンリツ服部美術館
⇒湖岸通り⇒R20⇒細街路⇒諏訪大社下社秋宮
⇒細街路⇒R20⇒大門通り⇒
⇒諏訪大社下社春宮
⇒徒歩
⇒万治の石仏
⇒徒歩
⇒
⇒大門通り⇒R20⇒岡谷IC⇒長野道⇒岡谷JCT⇒中央道⇒高井戸IC⇒環八(外)⇒R254⇒新大宮BP⇒自宅
地図にプロットしますと、、、、。
往路が変ですよね。
普通に考えれば、首都高5号線に乗って、「⇒板橋JCT⇒中央環状線(内)⇒西新宿JCT⇒4号線⇒中央道」なのですが、例によって例のごとく、中野長者橋付近を先頭にした渋滞が5号線にまで繋がっていてどれだけ時間がかかるか想像できない状態
でした。
通勤ドライブでは迂回路に使っていた「板橋JCT⇒5号線⇒竹橋JCT⇒都心環状線(内)⇒三宅坂JCT⇒(4号線)」ルートも、8:00
を過ぎると竹橋JCTを先頭にした渋滞
が発生していて、これもOUT
ということで、ナビも推奨する 超迂回ルートを使いました(かつて、、河口湖まで行くのにも使ったことがあります)。
外環道(内)も、和光北ICを先頭にした渋滞が発生していましたが、戸田西ICからは乗らず、R298で荒川を渡り、和光北ICから乗ったので、ほぼ渋滞無し
でした。
自宅を出発してから1時間15分
で八王子JCTまで行けましたので、ちょいと通行料
は余分にかかりましたが
、渋滞回避&時間短縮には成功した
と思っています。
さて、サンリツ服部美術館からは15分
もかからずに、諏訪大社下社秋宮に到着しました。
まずは手水舎で清めて…、と思ったら、、、
あれま 龍が湯気のたつお湯を吐き出しています
「冬にはお湯が出ます」という洗面所は珍しくありませんが、これは「御神湯」と称しているからには、夏も冬
もお湯(結構熱い
)で手を洗えるのでしょうねぇ。
ありがたや…
正面に廻ると目に前に立ちはだかるのは、
説明板によれば、
この杉の木は樹齢凡そ6~700年で丑三つ時になると枝先を下げて寝入りいびきが聞こえ 子供に木の小枝を煎じて飲ませると 夜泣きが止まるといわれている。
ですって
夜にいびきをかいて寝込むなんて、お茶目な御神木です
「根入りの杉」と幣拝殿との間に立っているのが、巨大な注連縄が印象的な神楽殿す(国・重文)です。
またまた説明板を転記しますと、
御神前に神楽を奉納するための建物で天保6年(1835)上社本宮幣拝殿を手掛けた立川和四郎二代目棟梁富昌により落成した
三方切切妻造と呼ばれる様式で幣拝殿のような彫刻は見られない
正面の大注連縄は御柱祭毎に新しく奉製され重量は約1トンである
「三方切妻造」とは初耳です。
地元下諏訪町のサイトでは
棟がT字形になる撞木造(しゅもくづくり)に似た造りで、屋根は銅板葺(ぶき)である。したがって前方の舞台部分は切妻で妻入り、後方は平入りとなっている。
と説明しています。
撞木造といえば、善光寺の本堂がこのタイプでしたねぇ(こちらの記事をご参照方)。
「撞木造と似た造り」、つまり「橦木造とは違う」三方切妻造とはどんな様式なんでしょ?
神楽殿のサイド(南東側)は、
切妻の妻側になっていて、反対サイド(北西側)も同じでした。
そして、幣拝殿側(北東側)は、
「千鳥破風」っぽくなっていました。
四方に「三角形」の造形があるなんて、お城の天守みたいですねぇ
普通の神社は、「鳥居があって、獅子・狛犬がいて、拝殿があって、その陰に本殿」という構成が基本になっていますが、諏訪大社の場合は、上社前宮だけがその構成で、上社本宮、下社秋宮、下社春宮には本殿の代わりに新旧2棟の御宝殿が、また、拝殿の代わりに幣拝殿とその左右に片拝殿が置かれています(こちらの記事をご参照方)。
もちろん、4本の御柱(おんばしら)は、諏訪大社4社に共通して備わっています。
その下社秋宮の幣拝殿と片拝殿です
幣拝殿の説明板には、
この建物は御幣を奉ずる幣殿と拝殿が一体となったものである
二重楼門造りと呼ばれ 二階は跳勾欄(先の反った欄干)を回し 全体に見事な彫刻が施されている
諏訪高島藩の命により安永10年(1781)に初代(立川流)棟梁 立川和四郎富棟によって造営された
とありました。
御宝殿は、隙間から覗くことしかできませんでしたが、
神明造で、千木は先端を垂直に切り落とす「外削ぎ」ですな
そういえば、上社の前宮本殿と本宮御宝殿の千木はどうなっていたのか? と2016年7月に上社2社にお参りしたときの写真をチェック
したところ、千木に注目
した写真は無かったのですが、どうやらどちらも「外削ぎ」のようです。
となれば、下社秋宮の御宝殿の千木も「外削ぎ」なんだろな…
おっと、諏訪大社といえば「御柱」を忘れてはなりません
幣拝殿の右手前の「一之御柱」と、
御宝殿の更に後ろに控える「三之御柱」と「四之御柱」は、立入禁止区域にあって、よく見えませんでしたので写真はございません
この御柱を立て替える「御柱祭」について、公式ページでは、
樹齢150年を優に超えるモミの大木。山の中から、選ばれた16本のモミだけが御柱となり、 里に曳き出され、7年毎の寅と申の年に諏訪大社の社殿の四隅に建てられます。 宝殿の造り替え、そして御柱を選び、山から曳き、境内に建てる一連の行事を「御柱祭」と呼び、 諏訪地方の6市町村の氏子たちがこぞって参加して行われます。正式名称は「式年造営御柱大祭」です。
と紹介していて、「7年毎の寅と申の年に」の部分にあれっ? となります。
寅と申の年なら「6年ごと」じゃないか です。
Wikipediaによれば、
正確には満6年間隔で行われる「6年に一度」だが、慣例として数え年の7年目ごとという意味で「7年に一度」「7年目」「数えで7年」などと表記される。
だとか。
なるほど…
上社にお参りしたときは、次の「式年造営御柱大祭」まで1年を切ったところで、
御宝殿は、新しい建物を建てるべく、古い御宝殿は解体済みでしたっけ…
伊勢神宮の社殿を新旧2棟ともに観られるのは20年に1回しかない(写真は2014年5月の豊受大神宮)(式年遷宮の直後)のと逆
に、諏訪大社の御宝殿を新しい方しか観られないのは6年に1回し(御柱祭の直前)しかないんですな。
ちなみに、次の諏訪大社の「式年造営御柱大祭」は2022年、伊勢神宮の「式年遷宮」は2033年(ずっと先…)です。
こんなところで諏訪大社下社秋宮へのご参拝&見学はお開きにしまして、下社春宮に向かったのですが、そのお話は「完結編」で書きます。
つづき:2019/12/11 ちょっと諏訪まで日帰りドライブ旅行 (完結編)
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