つい先日のニュース、毎日新聞に代表してもらいますと、
1970年大阪万博のシンボルで、大阪府吹田市の万博記念公園にある「太陽の塔」(約70m)の内部が来年3月19日から一般公開される。府が6日、概要を発表した。万博当時はエスカレーターで上りながら生命の進化の過程をたどれたが、閉幕後に非公開になり、昨年10月から塔の耐震工事と展示物の復元作業を進めていた。常時公開は48年ぶり。
だから、というわけではなく、ホント、きょう、たまたま近くを通りかかったもので、こちらに行ってきました。
岡本太郎記念館です。
南青山に岡本太郎記念館があることは知っていましたが、入館したのが初めてなら、建物自体を観たのも初めてでした。
そもそも、南青山って、高級セレクトショップやらブランドショップやらが立ち並び、ちょいと道を逸れると、ひっそりと表札や看板のない立派かつ怪しげな建物や高級マンション(語義どおりの「邸宅」)が立っているというイメージで、私には敷居の高い街で、足が向きません。
根津美術館に行ったとき(記事はこちら)以来、2度目かも…。
そんなHigh Societyな街にもかかわらず、こんな看板があったりして…
でも、ビルの裏側の非常階段もおしゃれなのは、さすがは南青山 でしょうか。
さて、岡本太郎記念館では、「太陽の塔 1967-2018 -岡本太郎が問いかけたもの-」が開催中でした。
この企画展は、フライヤーに書かれた平野館長の文を転記しますと、
2018年3月、太陽の塔がついに再生します。
耐震補強工事の機に長らく放置されていた塔内が修復され、恒久的な展示施設に生まれ変わるのです。
「《太陽の樹》は太陽の塔の血流であり、内壁の襞は“脳の襞”だ」
岡本太郎はそう言いました。
太陽の塔は内臓を持つ“いきもの”なのです。
太陽の塔が内臓を取り戻し、半世紀ぶりに目を覚ます。
この機会をとらえ、「太陽の塔とはなにか」をもう一度考えようと思います。
(中略)
あのとき岡本太郎が日本社会に問いかけたものはなんだったのか。
それをいま生きるぼくたちになにをもたらし、なにを変えるのか。
生まれ変わる太陽の塔とともに、考えてみませんか?
だそうです。
私が「20世紀の日本美術を代表する作品のひとつ」だと思っている太陽の塔、なんとも好きでございます
2009年(記事はこちら)と2015年(記事はこちら)の2回、万博記念公園に行き、太陽の塔の外観を愛でてきました。
大阪万博を実際に観ていないことがかえすがえすも悔しいのですが、それはおいといて、太陽の塔の内部には生命の樹があって、観客はエスカレーターで昇りながら、生物の進化を観られるようになっていたことは知っていました。
そして、最上部まで昇った観客は、太陽の塔の腕の内部を通って、大屋根にある出口から退場したということも…。
右に載せた「生命の樹」(復元模型)の説明には、
高さ45mの《生命の樹》には、単細胞から人類まで、生命進化のプロセスを表す292体の“いきもの”がびっしりと張りついている。何億年にもわたって受け継がれてきた生命の時間。始原のときから営々とつづく生命の生長と変貌。根源から立ちのぼり、未来へとつづく生命力のダイナミズム。岡本太郎の生命感がそのまま形になっている。
とありました。
2009年2月に国立科学博物館で観た「1970年 大阪万博の軌跡」(記事はこちら)では、生命の樹の一部が再現されていましたっけ…
でも、
《生命の樹》の生物群は、万博終了後にあるものは撤去され、あるものは朽ちていた。万博当時のダイナミックな姿を記録するものは、わずかな写真しか残されていない。そこで《生命の樹》の全貌を3次元で再現するため、2001年の岡本太郎生誕百年事業の一環として本模型を制作した。資料が十分に残っていない状況にあって、ある部分は想像力で補いながら《生命の樹》の全体像をみごとに描いている。
だというのは知りませんでしたし、さらに、太陽の塔の下に、こんな展示があったことも知りませんでしたし、
説明板によれば、
地下展示は万博閉幕時にすべて撤去され、埋め戻されてしまったために、いまではわずかな写真資料でしか当時のようすをうかがい知ることはできない。
日本ディスプレイの金字塔というべき地下展示の全貌を3次元で俯瞰しようと、過去にも例のない縮小モデル化を試みた。
だそうな
そして、上の写真の中央部の「地下展示《いのり》」の
祭壇中央で儀式を司るのは、太郎が自ら手がけた巨大な仮面《地底の太陽》。二つの眼を大きく見開いているが、鼻も口もない。
とある「地底の太陽」に至っては行方不明なのだとか。
この「地底の太陽」は、原寸大に再現されて、来年3月に公開される太陽の塔の内部に展示されるのだそうで、その原型(1/10サイズ)も展示されていました。
説明板によれば、
万博閉幕後に行方不明となった《地底の太陽》を復元するために制作された1/10サイズの原型。
これを3次元計測して原寸(顔の直径 約3m、全長 約11m)に拡大し、その段階でふたたび検証と調整を行って制作に歩を進めた。《地底の太陽》は3次元資料がいっさい残されておらず、わずかな写真から立体化をせざるを得なかった。最初の原型は、原型師の木下隆志氏が制作した。
だそうで、その「わずかな写真」の一枚がこちらかな?
ところで、「地底の太陽」の左手前にある巨大な「みみずく土偶」は、「EXPO'70パビリオン」にも展示されていましたけど、
それはともかく、太陽の塔の内部に入ってみたい 見物してみたい という気持ちがどんどん高まってきます
ありゃぁ~、この1本で完結させるつもりだったのに、終わらない
きょう、何が目的で南青山にでかけたのか、とか、MISIAが「君のそばにいるよ」のMVで着用した衣装を拝見した話とか、
建設中の新国立競技場を眺めた話とか、
その辺りは、「後編」以降で書きます。
つづき:2017/12/10 南青山でアートして…(後編)