ある席で死刑について話していたら、A氏が「自分の子どもが殺されたらどうか」と言うので、A氏に「死刑に反対している被害者もいる」と答えると、「誰か」と聞く。
「アメリカでは死刑廃止運動をしている被害者遺族が大勢いる」と答えると、「それはアメリカの話でしょ」とA氏は言う。
どうしてアメリカの例を出しちゃいけないのかわからないが、それじゃというので原田正治氏のことを話すと、「他にもいるのか」とさらに聞く。
河野義行氏など何人かの方を思い浮かべたが、でもA氏にとっては被害者が死刑に反対するなんて信じられない話であり、そんな死刑を望まない遺族などごく少数じゃないか、ということですまそうとしているように感じた。
死刑に賛成する人は「被害者のことを考えたら死刑は当然だ」とか「被害者遺族の気持ちになってみろ」とよく言うが、その場合の「被害者」とは、黙って悲しみに耐えている被害者、怒りや憎しみを持ちつづけて死刑を求める被害者のことであって、死刑に反対する被害者、加害者を許す被害者はその中には含まれていないだろう。
しかし、家族の死にしろ戦争体験にしても、思いは人それぞれである。
被害者の方の気持ちも一人ひとり違っているだろうし、いろんな思いがからみ合っていて、単純なものではないと思う。
だけど厳罰に賛成する人たちは、自分がイメージするステレオタイプ化された被害者像を作り、それに当てはまらない、たとえば死刑廃止運動をしている被害者の存在を無視する。
A氏には「死刑を止めよう」宗教者ネットワークが作った「被害者遺族からあなたへ」という冊子をあげればよかったなと、あとで思った。
もっとも、この冊子はアメリカに本拠を置く「人権のための殺人被害者遺族の会」(MVFHR)のHPにある「被害者の物語」を翻訳したものだから、「アメリカの話じゃないか」とA氏は拒否反応を示すかもしれないが。
娘さんを殺されたゴードンとエレイン・ロンドゥ夫妻。
「死刑は間違ったメッセージを発信します。それは子どもたちに、人の命を奪うことは正当化できる、と語っているのです」
母を殺されたロン・カレンさん。
「死刑の存在理由は、憎しみや恐怖、復讐にほかなりません」
なぜ死刑を廃止すべきか、この二つの理由で十分だと思う。
死刑に反対している遺族といってもいろいろで、事件当初から死刑を求めない人がいれば、数年たってから死刑に反対する人もいる。
父を殺されたレニー・クッシングさんは前者。
「父が殺される前から、私は生命を尊重する価値観に立って、死刑に反対していました」
娘を殺されたバド・ウェルチさんは後者。
「ジュリーが殺されてからの私の激怒。復讐、憎しみ―あの当時の感情を何と表現すればよいか、皆さんには想像もつかないでしょう。大統領と検事総長が、爆破事件の犯人に死刑を望むと述べたとき、私にはすばらしいことに思えました。私はこんなにもうちひしがれ、傷ついていたので、死刑は大きな癒しになると思えたのです」
加害者が罪を悔い、心から謝罪しているから死刑に反対するようになったというわけでもないらしい。
というのも、加害者が死刑になった人もいれば、終身刑の人もいるし、犯人が捕まっていない人さえいる。
母を殺されたエリザベス・ブランカートさんの場合、犯人は懲役28年の刑を受け、実際の服役期間は5年に満たなかった。
アマンダとニック・ウィルコックス夫妻の場合、妄想型統合失調症の患者に娘を殺され、犯人は責任能力がなかったとして無罪を言い渡され、精神病院に無期限の入院を命じられた。
「深刻な精神病で錯乱していた犯人を、殺人を理由に処刑するのは、私たちには間違い以外の何ものでもありません」
「被害者の物語」には、被害者遺族ばかりではなく、死刑囚の家族も実名、写真を公表して発言している。
日本だったら、加害者の家族のくせに何を勝手なこと言ってるんだ、と非難されてしまうだろう。
死刑になったローゼンバーグ夫妻の息子であるロバート・ミーロボールさん。
「私の知るかぎり、肉親への処刑が子どもに与える影響について研究した人はいません」
加害者の家族もある意味被害者である。
加害者の中には虐待を受けていたり、精神に障害があったりして、加害者自身も被害者だと思える人がある。
坂上香「死刑と終身刑を考える」によると、アメリカには約132,000人ぐらいの終身刑受刑者がいて、そのうち仮釈放のない絶対終身刑は30%弱。
17歳以下の少年の絶対終身刑受刑者が2,400人いて、そのうち15歳以下が400人。
坂上香氏は『JUVES』というカリフォルニア州の少年刑務所を舞台にしたドキュメンタリーを紹介している。
ボランティアが少年終身刑受刑者に映像を撮ることを教えていて、この映画の半分ぐらいは少年たちが自分たちで撮っている。
終身刑の子どもたちにはこういう子がいる。
ある少女は9歳の時から性的虐待を受けており、母親は統合失調症。
ある少女は13歳の時に兄にレイプされ、中絶するためにお金を盗んだ。
ある男の子は父親からしつけのために動けなくなるくらい叩かれていて、たまたま暴力沙汰に巻き込まれ、彼がやったことにされた。
息子を殺されたアジム・ハミサさんはこう言っている。
「殺人という行為それ自体よりも、それがどのようにして起こったかを問わなければなりません」
犯罪を減らすためには厳しく罰するよりも、犯罪が起こった背景を考えていくことが大切だと思う。
驚くことに「被害者の物語」には、被害者遺族であり、加害者の家族でもあり、なおかつ冤罪死刑囚とも関係がある人がいる。
ジム・ファウラーさんの母アンナ・ローラ・ファウラーは1986年レイプされて殺害され、ロバート・ミラーという男性が死刑を宣告された。
ところが、10年後、DNA鑑定によってミラー氏の無実が証明され、釈放された。
2001年、ロナルド・ウッドがアンナ・ファウラー殺害の罪で死刑を宣告された。
アンナ・ファウラー殺害の3ヵ月前、ジムの息子マークが雑貨店に強盗に入って、ジョン・バリアー、リック・キャスト、チャンポン・チャオワシンを殺害した罪で死刑を宣告された。
マークは2001年処刑された。
ジョニー・ワーナーさんの兄弟デニス・グリフィンは1980年に殺害された。
クィンティン・モスという男性が嫌疑をかけられたが、証拠不十分で釈放された。
6ヵ月後に、クィンティン・モスは車から銃で撃たれて殺害され、ラリー・グリフィンが殺人罪で死刑を宣告された。
ラリーは1995年に処刑された。
全米黒人地位向上協会法律扶助基金は1年の調査期間を経て、ラリーが本当にクィンティン・モス殺害で有罪だったかどうか、重大な疑問があるとする報告書を発表し、検察官事務所も事件の再捜査に同意した。
こういう例を知ると、単純に「被害者のことを考えたら死刑は当然だ」とは言えなくなる。
「自分の子どもが殺されても死刑反対と言えるのか」と言う人に「被害者遺族からあなたへ」を読んでもらいたい。
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