戦前はのんびりしていたとか、アメリカの押しつけ憲法と戦後教育のせいで日本人の道徳心は退廃したなどと言う人がいます。
大倉幸宏『「昔はよかった」と言うけれど』には、そんなことを言ってる国会議員の発言が引用されています。
2006年5月26日、衆議院の教育基本法に関する特別委員会での大前繁雄委員の発言
今の日本の国のモラルの低下というのは実に深刻なものがございますので、私は、戦前というのはいろいろ批判されますけれども、モラルという面では非常に水準が高かったと言われております。
2008年5月14日、参議院の国民生活・経済に関する委員会での佐藤公治委員の発言
僕は本当に今政治家になってつくづく思うことは、毎日のように痛ましい事件が起こる中、何かやっぱりおかしくなっちゃっている。教育基本法というのができたとき、もう御存じの方々もいらっしゃると思いますが、当時、戦中においては教育勅語というのがあった。親を大事にするとか、お年寄りを大事にするとか、兄弟、家族仲よくしていくということ、当たり前なことが当たり前に書かれていた。ほかの部分では問題があったかもしれません。しかし、そういった当たり前なことをあえて教育基本法に入れる必要はないというので、外して作ったのが教育基本法なんですよね。実際、その外したことが、当たり前のことが今当たり前にできなくなっちゃっている。
2011年10月27日、参議院の文教科学委員会での義家弘介委員の発言
親殺しや子殺し、虐待、そして、例えば親が亡くなったことさえ届け出ずに、その年金を当てにして生活する、そんな事件が相次いで起こっております。日本の根幹あるいは教育というものはどうなってしまったのか。これは多くの人々が感じていることであろうと思います。公共の精神の欠如、そして個人主義に入り込んで、自分さえ良ければいい、とにかく今楽しければいい、そういった傾向をまさにつくり上げてきたのがこの日教組教育であろうと私は思っております。
ウィキペディアの記事を信じるなら、義家弘介さんに教育問題を語る資格があるのかと思います。
せめて管賀江留郎『戦前の少年犯罪』を読み、「そんな事件」が戦前も多かったことを知ってほしいです。
https://blog.goo.ne.jp/a1214/s/%E7%AE%A1%E8%B3%80%E6%B1%9F%E7%95%99%E9%83%8E
日本人が伝統的に受け継いできた高い道徳心が、戦後の教育や経済発展のなかで失われてしまったという指摘は正しいのか。
実際はどうなのでしょうか。
大倉幸宏さんはたくさんの新聞、書籍などから引用して、道徳心の喪失は大正、そして明治でも言われていたことをあきらかにしています。
井上哲次郎『我が国体と国民道徳』(1925年)
我日本の道徳上の現象を観察して見ると、日露戦争以後大分悪化した形勢があるけれども、今日は中々それどころではない。世界大戦以後は余程ひどくなって来たのであう。あの時に比べて見ると十倍もそれ以上も悪化した形勢が見える。
加藤弘之『公徳養成之実例』(1912年)
我国の道徳の壊頽今日より甚しきはあらず。公徳私徳共に紊乱を極め、社会の風致まさに地に堕ちんとするの危機に際し、公徳養成の必要漸く四方に反響し来らんとするの風あるは、社会道徳の為大(おお)に慶ぶべき事と謂うべし。
さらに多くの事例を大倉幸宏さんは引用しています。
列車でのマナーのひどさ。
列車に乗るために整列せず、降りる人がいるのに押しのけて乗車し、席の奪い合いをする。
混んでいても座席に荷物を置いたりし、高齢者、傷痍軍人、女性に席を譲らない。
弁当、菓子、果物などのゴミを床に捨てる。
窓からゴミや空き瓶を捨て、線路の保安員にあたって重傷を負うという事件もあった。
期限切れの定期券の使用、他人の定期券の使用、使用済み乗車券の使用などの不正乗車が行われた。
また、組織的に偽造定期券を製造・販売、偽造乗車券を製造して駅の待合室で売りさばく事件もあった。
駅弁の比較的入手難な現今において、すべて旅行はニギリメシを持参するという現象の反面に、純米のオニギリなどが三等車はもちろん二等車までも、毎日相当量のものが投げ捨ててある。(秋田魁新報1943年10月19日)
食糧不足だったはずの昭和18年に食べ残しが問題にされていたとは驚きです。
電車での化粧は近年だけのことではありません。
電車の中や汽車その他人混みの場所で、ところ構わずコンパクトを出してはパタパタ顔をはたき、果ては衆目を浴びつつ口紅までも御念入りに塗っている人達をよく見受けます。(東京朝日新聞1935年6月18日)
道路や公園、川などにゴミを捨てる、痰唾を吐く、立小便をする。
公園の花を盗る、椅子を壊す、ゴミを捨てる、通行禁止のところに入る。
名所旧跡、神社仏閣で落書きをする。
花見客で賑わう飛鳥山公園で。
人波にもまれながら公園の入口に来た時、何ともいえない異様な臭気に胸が一杯になった。そればかりではない。見渡す限りの紙くずはたいしたものだ。(略)空きびん、むしろ、ミカンの皮などの上へ醜態極まりない酔いどれが正体もなくゴロゴロ塵にまみれて寝ていた。そして不潔な濁水が便所の外まであふれだしている。(東京朝日新聞1930年4月8日)
図書館の本を盗む、切り取る、書き込みをするというように、公徳心が低かったのです。
このように、戦前の日本人は公共の場でマナーがよかったわけではありません。