去年の5月、岩井俊二『リップヴァンウィンクルの花嫁』を見ました。
体調が悪く、熱を測ると39.1度だったけど、この日が最後なので、解熱剤を飲んで映画館へ。
映画を見ながら死んだら『ベニスに死す』のダーク・ボガードみたいだと思いながら席に座りました。
岩井俊二らしい映像には満足しましたけど、主人公の七海があまりにもお馬鹿さんだし、後味が悪い。
小説にはそこらがうまく説明されているかと思い、図書館で予約したら、1年ちょっと経って、ようやく手にすることができました。
真白のアカウントがリップヴァンウィンクルだから、リップヴァンウィンクルの花嫁は七海。
映画の細かいところは覚えていないですが、小説は、男女が一線をどう越えるかという22歳、処女の悩みから物語は始まります。
七海の両親の離婚と再婚による家庭喪失のいきさつが詳しいので、親に相談できない気持ちは理解できます。
七海は自信がなく、意志が弱くて優柔不断、人に甘える性格だけど親しい人間は一人もいないということはわかりますが、やっぱりお馬鹿さん。
ネットで知り合った人と結婚することになった経緯や気持ちを、SNSでつぶやくわけですが、それを婚約者が見つける。
SNSなんて山ほどの人が利用しているわけで、いくらなんでもたまたま見る確率は少ないと思ったら、小説では、マイナーなSNSの「婚活編」でつき合うようになったとあります。
アカウントは変えていても、同じSNSでつぶやいたら見つかる可能性があると思わないのもアホな話です。
しかも、コメントした安室を信じて頼り切るわけで、この無防備さは何なのか。
両親が離婚していることを婚約者に言わない。
結婚式に招待する親族が少ないというので、何でも屋ににせの親族を斡旋してもらう。
その費用が20万円。
夫の浮気調査に30万円。
浮気相手の男からの救出に20万円。
こうしたあれやこれやが夫の母親の知るところとなり、離婚されてしまう。
結婚式での親族がニセモノだということをどうして姑が知ったのか。
何でも屋の安室以外あり得ないのに、七海は疑うことをしません。
家を追い出されて途方に暮れているところに、安室から電話がかかり、七海は、
「ここはどこだろう? ここはどこですか?」
「……どうしたらいいですか?」
「自分のいるところは……でもここはどこなんでしょう」
「あたし、どこに行けばいいの?」
「……帰るところがなくて」
と、声を上げて泣き出す、
この場面は岩井俊二でなければ描けない映像です。
とはいえ、大学の同級生で、一緒に鍋を食べた似鳥に連絡して泊めてもらえばいいのではとは思いました。
七海が結婚してから不幸のつるべ打ち、安室は七海をどこまで堕とすつもりか、風俗に売り飛ばすという話はイヤだなと思ってたら、住み込みのメイドで、月に百万円というウソのような話を持ってくる。
映画では、ホテルのシーンで安室が七海をだましているのがわかりますが、小説では最後らへんで謎解きされます。
ネタバレですが、末期ガンの真白から、一緒に死んでくれる人を探してほしいと頼まれた安室は、1千万円で請け負い、七海に白羽の矢を立てたわけです。
安室は葬儀屋に経緯を説明する。
「いや、この人も元々僕のクライエントで。最初は結婚式の代理出席で知り合いましてね。そっから何度もお仕事頂きまして。亭主の浮気調査から始まって、別れさせ屋仕掛けてそのネタを亭主の母親に売りましてね。孤立無援にしたところで、ここに連れてきたと。だからもともとは平和な普通の主婦だった人です」
ラストはさわやかな終わり方ですが、どうせまた安室にいいように利用されるんだろうなと思うと、イヤな感じでした。