日本という国が諸外国からどのように見られているのかこれまで真剣に考えたことがあまりありませんでした。しかし今回の大震災とりわけ原発事故で日本の技術力の信用度について、非常に高い評価なのだと改めて思うようになりました。自分が子供のころは「目指せ世界の主要国への仲間入り!」という感じでしたので、いまだ若干その感覚を持っており、様々な分野での技術の優秀さへの評価や経済発展があっても、どこかで日本の国の全体としての評価はどうなのかな?と思っていました。
今回IAEA調査団が6月1日に調査結果の暫定的要旨(仮約)を発表しました。そこに書かれている内容は3月11日の地震発生後、最大の津波が宮越姉吉で38.9メートルに及び、死者を14,000名以上出した戦争といってもよい非常事態となった当日のことから入り、東京電力福島第一の津波による1号機から4号機のすべての危機とコントロール・システムの喪失という想像を絶する状態が簡単ではあるが書かれています。そのあとに続く調査結果及び教訓をみると「津波への過小評価への修正」の前に、「調査員への開かれた対応」、「サイトの運転員による非常に献身的で強い決意を持つ専門的対応」、「作業員の安全確保するためのJビレッジにおける対応が大きな助けとなった後方支援」などに触れています。事故への対応を高く評価しているといってもよいという内容になっています。http://www.nisa.meti.go.jp/oshirase/2011/files/230601-1-2.pdf
また今日の日経新聞1面「新しい日本へ」という記事には、ベトナムの首相が「フクシマの失敗から学び、技術力を高めるのは我々も含めた共通の責任」とし、改めて「原発建設協力を要請」とあり、またトルコのエネルギー天然資源相は「日本を待つ」明言したそうです。それぞれの国の事情があるのだろうとは思いますが、大震災の直後からの「日本はこんなことでは負けない」といった声は海外から多く聞こえてきたと思います。日本が最悪の状態からも復興する強さや高い技術力を持つということを世界は信じてくれていると感じます。
一方この報告があった頃国内はどうだったかというと、タヌキと狐のばかし合いかと思うような首相と元首相の行き違い政局。それまでも責任逃ればかりでなく、自分たちで日本の国際的価値をここまでなぜ落としたいのか?というような耳を疑うような官房長官の発言。国内ばかりにというより自分たちの保身にばかり目が行き、国の国力を、国際的な価値を、信用をいかに保つかさらにこれを機に高めるかなどは全く関係なしと思われます。国力を高めていくことこそが被災された人たちにできる限り賠償していく一番の力になると思うのですが。今回のことで、リーダーというのは組織の価値をいかに高められるかというところが非常に大切なのだなと思うようになりました。
年金問題が数年前に起こったとき、随分いろいろなマスコミから事務所に電話がありましたが、おおむねストーリーが出来上がっており、それに沿って年金記録がなくなったと話してくれる人がどこかにいないか等のことでした。社会保険事務所を辞めた人で社会保険事務所に恨みを持った人が誰かいないかというしつこい電話があったときは流石に「私はそんな人は知らないし、社労士としてそんな人を紹介できるわけがないでしょう」と頭にきて答えたこともありました。今回の震災関連の一連の報道についてもにマスコミがストーリーを作っていると感じることがあります。国民は正しい情報は何かを自分で見極め、本当に国のことを考えている政治家を真剣に選んでいくこと、これが非常に大切だと、今身に染みて思っています。