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チョ・グクと嫌韓

 連日テレビのワイドショーをにぎわせている韓国現法務部長官チョ・グクは家族の不正入学、投資ファンド疑惑で日本中の誰もが知ることになったイケメン閣僚です。ペ・ヨンジュンの次に有名な韓国人といっても過言ではないでしょう。  

 メディアがヘイトを煽っている今、事実を認めない歴史否定主義にあふれかえった嫌韓報道を肯定的、好意的に受け止めている人は大勢いるでしょうが、韓国を悪く言う報道に胸を痛めている日本人もいます。
 

  韓国は1960~80年代の軍事独裁政権への抵抗の歴史があります。言論や文化が弾圧され逮捕、拷問を受けて今でも、拷問の後遺症に苦しむ人々が大勢います。1980年5月光州市では軍によって市全体が封鎖され多くの市民が犠牲になりました。1948年建国以降、反共国家として言論や集会の自由がない国だった韓国。それを変えたのは、弾圧に苦しむ人々の抵抗の嵐でした。嵐は韓国を大きく変えて1987年6月には国民による大統領直接選挙制度を勝ち取りました。言論も、禁止歌も解禁になりました。1997年12月には初めてキム・デジュン民主政権が誕生しました。現在のムンジェイン政権は民主化3期目の政権と言えます。
 

 日本植民地時代は1939年に国民徴用令(強制連行が始まる)が布かれ、1940年に創始改名が実施(朝鮮名から日本名に変える)など戦時下において強制労働や徴用工、慰安婦としてひどい扱いを受けました。
 

 なかったことにするような歴史の書き換えはできないのです。    

 2007年12月から約9年半保守のイ・ミョンバク、パク・クネ政権に移った時代は、民主化以前の韓国に戻ったかのようでした。左翼政党を認めない、反北朝鮮政策でケソン工業団地も閉鎖に至り、鉄道建設も頓挫、南北統一の夢も泡と消えてしまいました。こんにち、自由に集会ができるのは30~40年前に民主化を求めた当時の人々が身を挺して行動した賜物です。
 

 チョ・グクは1965年生まれの民主化運動世代です。左翼グループに属して逮捕経験はありますが、16歳で最年少のソウル大ロースクールに入学、23歳で大学教授につくなど華々しい経歴の持ち主ですので、挫折感を感じることはなかったかもしれません。今でもカメラの前でうつむくこともなく真っすぐ前を向いて歩いています。11時間もの記者会見、14時間の聴聞会で疑惑に答えました。権力を使った疑惑ではないとはっきりと主張しているのでしょう。家族・親族に関わる疑惑のチョ・グクですが、本人には一点の曇りはないとのことで、今回の法務長官就任を「選挙制度改革案、高位公職者非理捜査処方、検察・警察捜査権調整、諸法案」の実現のために引き受けたということです。  清廉潔白であるはずの進歩派の人間が上流階級であったという現実的すぎるチョ・グク問題。「恵まれた階級で生まれ育ち、また恵まれた階級に属していたために、不平等の問題や富の世襲問題について鈍感だった」と語ったチョ・グク法務部長官はいずれ罷免されるでしょうし、任命責任を問われたムン・ジェイン大統領は窮地に陥ることにもなるかもしれません。   

 階級社会・既得権益に対するNO!をつきつけている韓国の若い世代は、誰もが等しくスタートラインに並び、始めていくことを望んでいます。個人が商店を開いたり、独立して起業することが難しくなる新自由主義が進んだ社会です。政権を変えるだけではなく、非正規雇用をなくすなど社会制度そのものを変えなければ、自由、平等、公正な社会を築くことはできないと思います。  チョ・グクの問題は韓国の階級制度を大きく際立たせました。平等、公正な社会に本当の意味で変革する歴史の1ページかもしれません。
 

 韓国のことだけを報じるメディアですが、足元の日本も問題は山積みです。国民の生活など何も考えずに改憲一筋の安倍新政権。
 戦争で数百万の犠牲者を出した日本です。”もう戦争はこりごり”という人々の、平和の思いを汲んだ日本国憲法です。誇りをもって平和憲法を掲げ、東アジアの隣国と向き合えばよいのだと心から思います。
 

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