湘南徒然草

湘南に生まれ、育ち、この土地を愛し、家庭を持ち、子育てに追われ、重税に耐える一人の男の呟き。

天才織田信長の独創性・・・歴史の考察

2022-03-08 18:25:21 | Weblog
人の羞恥心は社会的なものです
その社会によって、かなり違いがあります
恥ずかしがる状況が、その場にいる人々によって変わるのです

ある歴史学者によると
昔の日本人は烏帽子を外すことが、すごく恥ずかしいことだったそうです
烏帽子が無いことは、下着を着けていないことのように恥ずかしいことでした
したがって、日本人の肖像画は、必ず烏帽子を着けているのです

その常識を変えたのが織田信長でした
織田信長以降は、烏帽子を被らず、丁髷を丸出しの肖像画が出てきました
指摘されて、本当にそうなのか、自信がありませんが
どうも、そうらしいのです

伊勢神宮の式年遷宮も、織田信長が復興したのです
戦国の世になると、予算が足りず、できなくなっていたのです
それを、予算を十分に与え、復興させたのは織田信長でした

もし、織田信長がいなけば
私達は式年遷宮を知らなかったかもしれません
歴史学者が、昔はそうだったと言っても
ただの言い伝えに数ぎないと相手にされなかったかもしれないのです

日本の城といえば
石垣の上に天守閣のある、あの形を皆さん思い浮かべるでしょう
日本全国に100か所ほどある、あの形式の城は
実は、織田信長に始まり、豊臣秀吉、徳川家康の時代に出来たものです
日本史上、せいぜい60年間の間にだけ造られた特殊な形式です

私はこれを「織田信長様式」と名付けています
古今東西に存在しない形式です
日本の、あの時代だけに存在した形式なのです
石の城郭の上に木造の宮殿を作るという
常人が思いもしない奇想天外な建築様式です

織田信長という一人の天才は
たった一人で、日本史上に、決定的な影響を残しています
まだまだある、ここでは触れない信長の事績
それらを思うと、天才が人間社会と文化を創るのだとうことが理解できます
こんな天才を持った日本人は幸せです

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