無意識日記
宇多田光 word:i_
 



「音楽の好みは、平均すると女性で13歳の頃に、男性で14歳の頃に決まる」というスレッドが立っていた。自分も大体そうなので特に反論する気も起こらない。自分の好みは15歳の頃から四半世紀以上ず〜っと一緒である。音楽に対する理解力は上がっているので楽しめる音楽は年々増えてはいるが、枝葉が充実しても幹は変わらない。未だにメタルだプログレだと五月蝿い。本当に煩い。

所詮は平均、統計なので誰にでもあてはまるものではないが、ある程度の真実は言い当てているのだろう。しかし、この調査(?)は現実に対して大きなポイントを見逃している(或いは最初から度外視しているのだろうな)。それは、人の好みではなく、音楽の方の変化と進化である。

いつの時代でも、という訳にはいかないが過去50年、ある程度の割合で「新しいジャンル」の音楽が生まれている。それは、聴き手の年齢なんぞ気にしない。逆にいえば、幾ら好みが固定化した人が居てもその時に全く新しい音楽に巡り会えたら、そっちの方がずっと気に入るかもしれない。それは本当にわからない。

この調査(?)の含意が実は「人間、歳をとると新しい音楽に反応しなくなる」だったら悲しい。いや、人の音楽の好みは一期一会の十人十色、百花繚乱千差万別。ずっとこれだと固定化した好きなジャンルを追究し続けるのもまた麗しい人生、全く悪くはない。悲しいのは、なぜかそこで新しい音楽を否定しにかかる人間が居る事だ。何が怖いのだ貴方は。

そもそも、好みに古いも新しいもない。古くて伝統あるジャンルの魅力がさっぱりわからないとかありがちである。あたしゃ未だに日本の民謡の魅力がわからなかったりして…いつか気に入れるといいな、とは思っているのだけどそれはさておいて。いつの時代であろうがその人にとって初めて聴く音楽は新しい音楽だ。その筈なのに"トレンド"として取り上げられた音楽を真っ向から否定しにかかる人がいる。普段、トレンドでない好みの音楽に食ってかかるような事をしないにもかかわらず、ね。私が悲しいと言っているのはその事だ。

宇多田ヒカルもデビュー当時物凄いトレンド(というか事件というか現象というか)になったので、"新しいトレンドに否定的な人々"は、歌に耳を傾けさえしなかった。その時の機会損失は大きい。もし目を隠して歌だけを聴いてくれれば気に入ってくれてたかもしれない人たちから「ワイドショーで取り上げられるような」というイメージを持たれたお陰でシリアスに捉えられなかった。ヒカルの歌はある意味全く新しく、人によっては13〜14歳の時に確立した好みを超えて受け入れられる可能性を秘めるほど大きなものだったのに、スルーされてはどうしようもなかった。流石にデビュー20周年を迎えようというタイミングでそこまで頑なに「宇多田なんて聴いた事がない」と言う人は減ったと思うけれども、まだまだこれから若いリスナーが増えていく中で同じ事態が起こらないとも限らない。それを防ぐ為の特効薬は存在しないが、もうひたすらシンプルに音楽を聴いて貰えるように、様々な工夫を凝らしていく事が必要だろう。具体的な話はまたいつか書
きますわ。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




昔に較べて、音楽を聴くのが面倒臭くなったなぁ、というのはよく思うよね。いや勿論、何でも手元のスマートフォンで検索すりゃすぐ聴けるのが現実だから、そりゃ「昔に較べて遥かに便利になった」のが本当なんだけども。

昔はテレビのリモコンもあんなに複雑じゃなかった。電源スイッチ、チャンネルつまみ、音量つまみな3つしか操作系は存在しなかった。いつどんな時も、電源スイッチを入れるという1つの操作で何かしら番組が見れたのだ。その前のラジオ時代からずっとそうだったのだが、ビデオの登場から話が変わってきた。観る選択肢を増やしたお陰で、操作系の複雑さも飛躍的に増した。

音楽リスニングもそうで、ラジオはテレビ同様電源スイッチと周波数つまみ、音量つまみの3つの操作系で、AM/FMの切替がつけばそれだけでうわっとなったものだ。カセットテープウォークマンも似たようなもので、カセットを入れて再生ボタンを押せば何かしら音楽が再生された。こちらはビデオと違い録音機能がないものから普及したのでさほど複雑さは変わらなかった。

CD/MDウォークマンになってもそれは基本的には変わらない。ランダム再生やプログラム再生などの機能は増えたが、取り敢えずディスクを入れて再生ボタンを押す、それだけで音楽が鳴った。

やっぱりメモリ型ウォークマンやガラケーが出てきた所から潮目が変わったかな。その、なんか入れてぽちっとなで取り敢えず、というのがない。選んで観たり聴いたりするのが億劫でない人はホクホクだったが、どうにもそれではねぇ。

去年から日本でも定額配信の話題が増えたが、金額よりもあれやこれやの説明を読むのが面倒臭い。こんなの読んでる間にYouTubeやRadikoのアイコンタップして1曲聴けるがな、となる。

やはり、操作系がシンプルなのがいい。もしかしたら他のアーティストがやっているのかもしれないが、例えば「宇多田ヒカルアプリ」って作れないのだろうか。機能は極々単純、アイコンをタップするとUtada Hikaru VEVOの動画がランダムに再生される、というだけ。元々YouTubeに置いてある動画なんだから痛くも痒くもないだろう。何がいいっていちいち「宇多田ヒカル」と入力して検索しなくていい。そんな手間も惜しむのか、って言われそうだがさっき書いたようにテレビは「ピッ、ガチャガチャ」で観れたし、ウォークマンは「ガチャッ、ピッ」で聴けたのだ。あの頃より遥かに便利になった今の方が必要な操作が増えるのはおかしい。

現実的には「宇多田ヒカルアプリ」より「EPICアーティストアプリ」くらいになっちゃうかもしれませぬが、それでもいいよ。兎に角一操作ですぐ楽しめるというのが大事。何でも選べる時代だからこそ、態々熊々選ぶのが面倒。そういう心理も理解して貰えると有り難い。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )