クーチャの撮影した写真の数々をみて「ヒカル、写真集出さねーかな」と思った人は多いのではないか。私もその1人。
年齢とか既婚とか子持ちとか、写真で見抜ける筈もないどうでもいい情報を気にする輩の存在が写真集の発売を阻んでいるとすれば大変残念である。そういう方々はフォボスにでも亡命するとよいよ。写真に写らない事にくよくよ悩む必要はないのだ。
親友の深田恭子は30代半ばになってもグラビアを飾り続けている。あそこまでになれれば年齢のような(本来どうでもいい)情報も追い風。希少価値として崇め奉られる運命にあるのだ。
という訳で誰か「宇多田ヒカルと深田恭子のデュオ写真集」をけしかけろ。それぞれのソロの写真と2人の仲睦まじい写真の両方を掲載する。ロケ地はビーチも勿論いいが、これにかこつけて世界中を旅して貰うのがいいだろう。ロンドンやらイタリアは言わずもがな、いややはりここは我らファンの念願いやさ宿願である「マチュピチュで宇多田ヒカル」を実現して貰いたい。ソロパートでもいいしデュオパートでもいい。いつになったらマチュピチュに行った報告をしてくれるんだヒカルは!と憤り続けたこの20年弱に漸く決着がつけられるのだ。
デュオのシチュエーションで一番人気は何だろうか。浜辺やプールは言わずもがな、温泉というブルータルなセッティングもあり得る。現実的ではないかもしれないが、夢みる自由はたとえ教義や禁忌と言われども誰にも止められる謂われはないのである。
ふむ。「2人がひたすらお酒を飲んでいる場面」を撮影するのもいい。そうなると静止画より動画の方が嬉しくなるが、明らかに2人を飲ませて語らせて番組を作りたがる人が出てくるので却下だ。2人がどんな会話をしているかはそら知りたいが、それに耳をそばだてるのは野暮というものである。
コスプレ合戦も嬉しい。ゴシック対決。メイド対決。チャイナドレス対決。この2人が揃えば何をしても許される。例えばこれが「宇多田ヒカルと椎名林檎の写真集」だと、中身を検討して歓迎される前に「写真撮るよりまず2人で曲作って歌ってくれよ」などと言われてしまう。おまぃら銀河の果てまでひたすら野暮々々しいのかよと口の一つも尖らせたくなるがそこはぐっと我慢して「一理ある」と呟き返していい場面だがこれが「宇多田ヒカルと深田恭子」ならばそんな野暮に口を挟ませる隙間など1ピコミクロンほどもない。堂々と写真集を出せばよい。撮影地は途端に聖地となるのだから世界中の温泉宿はたちどころに立候補すべきだな。
深夜にならんとする時間帯に何をそんなに熱心に主張しているのか自分でもよくわからないが新曲とか出始めたらこういう話題を差し挟み難くなるだろうから今のうちに。書いちゃうと気が楽になるもんだね。
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