無意識日記
宇多田光 word:i_
 



今そういった"なんやかんや"を捨象したがっているのかもしれない。例えばメッセを頻繁に更新しフォトを次々掲載したり、又レコ社が話題のイベントに光を送り込んで露出を増やせばファンが親近感を持ってくれたりルックスで興味を持ってくれたりする。そういった諸々が売上に繋がるかもしれない。日本では最早そんな現象はないかもしれないが、コレから拓く市場では有効だろう。然しソレでは音楽への評価が数字に反映され難い。ラジオや音楽誌等限られた露出で気に入った人の数を知りたいからメッセ更新しないのだ…と苦しい言い訳をしたくなってきたメッ試2ヶ月突破の本日です。

コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )




個々人の嗜好が評価を大きく左右する点も忘れてはいけない。漫才なら極端な話"笑い声の音量"で計量しても雑に評価出来てしまうが、音楽の齎す"感動"への反応の千差万別ぶりたるや。勢い売上やオンエアの数を云々したくなるが、漫才の場合の笑量には評価への直接的な相関がある一方、音楽に関する数は内容と全く無関係な理由で大きく動く。音楽のみで評価される事はほぼない。例えば漫画で、ワンピースを描いてる人の年齢や容姿や経歴を気にする層がどれ程いるのか。音楽に関する数字はそういった要素で容易に(恐らく5,6桁は軽く)動く。実に評価が難しいのだ。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




CDが売れなくなっているが、その分配信に移行しているかというとさにあらず、ただ消費自体が減っている。Youtube等の影響も大きいが、単純に他のメディアと"時間の奪い合い"に負けているのだと思う。Webでは有料か無料かが議論になりがちだが、まず時間を割いて貰えるかが重要だ。人とのコミュニケーション自体の簡便性が格段にあがった今そのツールとしての音楽という90年代的発想は希薄になっている。音楽自体の魅力で惹き付けるべき所だが、未だに"話題性"が先行する売れ方が主流だ。正直、中身のヨシアシで売れ行きが決まる世界が羨ましいが、まぁいっても仕方ないか。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )