ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

旅で出会ったローカルごはん66…新潟・上越 『鮎正宗酒造』の、名水で醸造した「鮎正宗」

2006年10月20日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 『旅で出会ったローカルごはん』の本の表紙や扉の料理の写真をお借りした、写真家の菅さんの事務所に昨日おじゃましました。アジアを中心に精力的に撮影行を続けており、最近では昭和の子どもの写真展を各地で開催、素朴さと懐かしさで好評のようです。今回は焼酎の本を出すお手伝いをすることになり、その打ち合わせをしたのですが、打ち合わせというよりは焼酎の試飲会、といった感じ。テーブルにはご出身の福岡の焼酎の大瓶がドン、と置かれ、その前には色も形も様々な焼酎瓶がずらり。あまり聞き慣れない銘柄ばかりだが、いずれも手作り、真面目に醸造しているものとのことで、お話が盛り上がりつつついあれこれ頂いたはいいけれど、40度オーバーの焼酎の杯を重ねたのはさすがに効いた! 帰りの地下鉄の駅で歩けなくなり、しばらくの間記憶が途絶えた後、気がついたら逆方向へ走る電車にポツンと座っていた…。でもその後は悪酔いもなく、翌日も酒は残らずスッキリ。真っ当な酒は、飲み過ぎても体にきつくないもんなんでしょうかね。

 という訳で、お酒ネタをいくつか続けます。酒どころ・新潟のその名も「酒街道」から、日本酒にビール、ワインといきましょう。「魚」はやっぱり話をまとめるのに手がかかるので、時間がある週末を中心にアップしていきますのでご了承を。 

 新潟県の新井市から上越市にかけて、酒の街道というものが存在する。その名も「越後バッカス街道」。食にまつわる街道と聞いて思い浮かぶのが、若狭湾の小浜から京都へ鯖を運んだ「鯖街道」や、新潟県の糸魚川から松本、さらに甲州へと塩を運んだ「塩の道」などだ。これらの道は、食材の流通を通して、起点と終点及び沿道の食文化が発展するのに、大きく貢献している。だから、酒街道と聞けば新潟県という場所柄、日本酒の蔵元を結ぶ道だろうか、はたまた酒の出荷や、原料の酒米を運搬した街道なのか、などと、あれこれ思いを巡らしてしまう。

 前日宿泊した、妙高高原の宿を朝出発して、クルマで国道18号線を新井方面へと向かう。車中で、案内人兼運転手に、「バッカス街道」の由縁を尋ねると、沿道に点在する醸造元や、沿道にある市町の役場が協力して制定したという。そのバッカス街道へ行く前に寄り道をすることになり、国道18号線から分かれて飯山街道へと入る。長沢川の清流に沿った、細い山道をしばらく走って、長野と新潟の県境にあたる猿橋集落にある『鮎正宗酒造』へと到着。ここが、酒の醸造元を訪ねる旅の1ヶ所目、というか1杯目になった。バッカス街道に属してはいないが、創業は明治8年と、新井市の中でも随一の歴史を持つ蔵元で、番外編として特別に見学することになった。

 入口に堂々と立つ、樹齢400年の大ケヤキを眺めてから、築140年という立派な茅葺き屋根の建物の中へ。試飲の前に、蔵の中に湧き出す仕込み水を頂いてみる。さらりと滑らかで、すっきりとソフトな味わい。毎時6トンという豊富な湧出量とともに、味の方も日本酒の仕込みに向いた、越後の山の雪解けならではの軟水である。帳場へ足を運ぶと、本醸造「鮎正宗」を始め、限定生産の「大吟醸 鮎」、湧水仕込みの「特別純米酒 鮎」など、「鮎正宗」が各種ずらりと並んでいた。あれこれと試飲すると、水が良いのかどれも口あたりがすっきりしており、端麗な風味で心地よくのどをさらりと通り抜けていく。

 ここは新潟県では数少ない、戦時中も操業していた酒蔵で「祖父が戦争当時も、自分の飲む酒を造りたかっただけのことです」と、現在の当主は笑う。「うちの酒造りの基本は、地元で地元の肴と飲める酒を仕込むこと」がモットーなだけに、ここで醸造される「鮎正宗」の8割は、県内で飲まれているという。仕込み水には妙高の伏流水を使い、酒造米も県内産の「五百万石」を主に使っているため、すっきりした飲み口に仕上がっている。特別純米酒と吟醸は、酒造米を30%まで精米するから、さらりと甘くさらに上品な味わいになる、とご主人。逆に、本醸造の場合は50%までしか精米しないが、味に幅が出るため地元ではこちらの方が人気とか。原料の水も米も、そして飲んでもらう人も地元志向と、番外編ながらもなかなか味わい深い一軒である。 

 番外編の蔵元を訪れた後は、いよいよバッカス街道の酒の旅の始まり。日本酒の資料館とワイナリー、ビールのブルワリーの3軒を巡るとあれば、楽しみな一方、こんなにあれこれ混ぜて飲んで悪酔いしないかちょっと心配も。最初の日本酒の資料館編は、次回にて。

旅で出会ったローカルごはん65…北海道・帯広 『八千代育成牧場』の、牛のサガリのステーキ

2006年10月18日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 今日はまた、「ローカルごはん」本の番外ネタから。先日紹介した、旭川のステーキに続いて、十勝で頂いたステーキです。文中にもありますが、私の生涯ステーキランキングで、未だもってトップランクの味わい! 松阪、神戸、米沢、近江など、一応食べ通したつもりですが、原野の中の牧場で頂いたナンバーワンステーキの話、ぜひご覧下さい。旭川の記事で「北海道を旅して魚ばかり食べていると、無性に肉が食べたくなる」といったことを書きましたが、執筆もまた、同じ。魚のことばっかり調べて書いていると、全然違うネタを書きたくなってしまう…。 

 日本最北端の地・稚内を訪れた際、宿泊拠点とした旭川のステーキハウスで地元・道産牛のステーキを頂いた。「上川牛」という銘柄で、肉汁が少ない代わりに赤身がいい味で、肉そのものの味をしっかり楽しめるステーキだった。上川地区ではほかにも、大雪山の北麓斜面の牧場で飼育される「アンガス牛」も有名な銘柄牛で、道内でも有数の畜産が盛んな地域といえる。その旭川からちょうど、大雪山をはさんで南側に広がる十勝平野もまた、「十勝牛」という銘柄牛で知られる地区だ。別の機会に、帯広や池田など十勝周辺を訪れた際に、帯広市街からクルマで南西へ40分ほど平原を走ったところに広がる『八千代育成牧場』で、この十勝牛のステーキをいただく機会があった。案内役によればサーロインやヒレでなく、珍しい部分を食べさせてくれるという。

 北海道の牧場は、本州とはスケールが桁違いだと聞いてはいたが、いざ目の当たりにすると壮観だ。ポロシリ山の麓に広がるこの牧場は780ヘクタールの広さで、東京ドームの170個分に相当する、と言われてもまったくピンと来ない。牧場の中ほどの高台にある、畜産研修センターからぐるり360度見渡して見える範囲は、すべて牧場の敷地内。はるか先の斜面にいる牛がまるでごま塩のように、白や黒の小さな点々に見える。食事は、この研修センター内にあるレストランで、牧歌的な風景を窓から眺めながら頂くことになったが、生きて動く肉牛を見ながらステーキを食べるのは、少々気が引ける。しかし、ここは夏の間に畜産農家から預かった牛を放牧する公共牧場で、放牧される1300頭はすべて乳牛とのこと。ホッとして、おすすめのジャンボステーキを頼むと、270グラムのステーキにグラスワインとパンかライスつき。

 ジャンボステーキは、メニューを見ると十勝牛の「サガリ」のステーキとある。名前から部位を想像してみるが、ぶら下がっている部分といえば尻尾か、それともまさか乳? と見当がつかない。運ばれてきたステーキは、名の通り特大サイズであることのほかは、見た感じで特に変わったところはないようだが、ひと口食べてみて驚いた。とにかく肉が柔らかいのである。しかも、それほど脂がついているようでもないのに、かみしめると肉汁がじわりとたっぷりしみ出てきて、旨みが口の中いっぱいにあふれる。思わず顔がほころんでしまううまさだ。赤茶色のソースはデミソースかと思ったら、何と味噌ダレ。これが甘辛く、肉の味の濃厚さをさらに膨らませている。ステーキに和風の味噌が、こんなによく合うとは。

「サガリの正体は、実は牛の横隔膜です」と、店の人が種明かしをしてくれた。なるほど、よく動く部位だから柔らかい訳で、しっかりと歯応えがあった上川の牛肉とは好対照な味わいだ。このステーキ、自分が今まで食べたステーキの中で未だに一番うまかったと思っているが、道内にはまだまだおいしい銘柄牛がいっぱい控えている。この次は、どこで牛を喰ってやろうかと、デザートのかぼちゃ団子と牛乳しるこを頂きながら、窓の外はるか遠くに見える牛達を虎視眈々(それは乳牛だって)。(9月下旬食記)

魚どころの特上ごはん38…小田原 『ぱあくえりあやまもと』の、相模湾地魚の鍋

2006年10月15日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 このところ、3冊目の本を出そうと各地に取材で動いております。この間はローカルごはんを本にしたので、次に目指すのは「魚どころの特上ごはん」の続編の刊行。8月の岡山の日生、松山の八幡浜、高知の土佐久礼に、このあいだ訪れた鳥取、境港、松江など、たくさん取材したネタをそろそろ整理、執筆していかないといけない。いずれも情報が盛りだくさんでまとめるのに手間が掛かるため、ちょっと書き込み頻度が落ちるかもしれません(と先に言い訳…)が、そんな訳でしばらく、「魚どころ」を続けてアップしていく予定です。

で、まずはこの間行った小田原の話から。自宅から結構近いのに、朝から市場を見学するには1泊しないといけない。前日に現地入りして、翌日は6時起きで魚市場見て、朝市見物して電車で自宅に帰りました。でもまだ11時前。そこから家の用事をしたり、子どもと遊んだりと、市場歩きをした同じ日に、いつも通りの土曜日を過ごしたのが、何だか不思議な感じでしたが… 


 発達した低気圧が沿岸を通過する影響で、この日の首都圏は朝から大荒れの空模様。夕方に東京駅を出発した東海道本線の列車は、かなりの遅れとなってしまった。集合時間ぎりぎりに小田原駅へと滑り込んだ列車から駅へ降り立つと、ここもビュービューと吹きすさぶ暴風に、横なぐりの雨。会食が催される、根府川にある料理屋からの迎えのクルマに乗り込み、市街を抜けるとすぐに相模湾沿いに走る国道へと出た。あたりはすでに真っ暗で外は見えないが、窓にたたきつける豪雨の向こうに、真っ暗闇の相模湾が広がっているのだろう。

 相模湾と聞いてどこのことかすぐに思い浮かばない人でも、「湘南」といえばピンとくるかも知れない。江ノ島の海水浴場か、葉山のヨットハーバーか、はたまた茅ヶ崎のサーフィン。そんなレジャーの海のイメージが強い一方、相模湾は古くから沿岸漁業が盛んな海域でもあるのだ。岸から1キロちょっと沖合へ出ればすでに水深200メートル、場所によっては水深1000メートルもの海底谷が存在するなど、湾の海底の地形は深く、複雑。そのおかげで海流が錯綜して、温度や栄養分などが様々な水塊が生じ、沿岸から深海までおよそ1200種もの魚種が棲息するとされる。江ノ島の腰越から茅ヶ崎、平塚、大磯など、湘南海岸沿岸にはいくつもの漁港が点在しており、ヨットやジェットスキーが行き交う沖合に漁船の姿がちらほら。首都圏近郊、さらにマリンレジャーと同居するこの地域の漁業ならではの風景といった感じである。

 中でも、相模湾西部の漁業基地として特に活気を見せるのが、このたび訪れることになった小田原漁港だ。小田原で1泊して、翌日は小田原漁港を見学した後に釣りを楽しむ会に混ぜてもらったのはいいが、あいにくの天候で明日の予定がどうなるか、少々心配になってしまう。一同、前日の夕方に小田原駅へ集合の後、まずは食事会が行われる『ぱあくえりあやまもと』へ。市街からクルマで15分ほど走ったところ、国道135号線沿いの相模湾に面した食事処である。イセエビや巻貝の水槽が並ぶ横を通って店内へと進み、奥の座敷へと落ち着いてさっそく、乾杯とともに相模湾の魚介を味わう宴の開始である。挨拶にやってきた店の方によると、店の裏手の崖下はすぐに海になっていて、お昼なら窓の外に広がる海は絶景。また満月が海から上がる様子が見えることもあるとか。そしてカワハギ造り、イセエビ鬼ガラ焼き、サヨリ天ぷら、カサゴやカレイの唐揚げなど、壁に掲げられた料理に使う魚はもちろん、ほとんどが相模湾でとれた地魚。「うちでは主に、店のすぐ沖に設置された定置網の漁獲を使っています。その日に定置網でとれた魚はストレスがないので、味がいいんですよ」と、地魚のこととなれば話に力が入る。

 その定置網漁は、県内の沿岸漁獲量2万トンのうち50パーセントを超える、相模湾の漁業において主力の漁法だ。相模湾の海底の地形を利用して、水深が急に深くなる手前ぐらいに長さ200メートルほどの網を仕掛け、深部から浮いてくる魚を狙う。中でも小田原周辺の沿岸では特に盛んで、この店の近くの江之浦、根府川や米神、石橋の大型定置網ほか、小規模な定置網も数多く設置されている。同席した地元の漁師の方によると、定置網漁は夜中の2時に出漁・網揚げをして、未明の4時半ごろから小田原漁港に帰港して水揚げ、6時半からの競りに備えるのだそう。網揚げはほぼ毎日行われており、この日程度の風雨なら定置網は問題なく揚げるけれど、「時化の翌日は、漁獲はどれほどか網を揚げてみないと分からない」とのこと。

 ビールを勧めつつ、さらに定置網漁の漁獲について尋ねたところ、「漁獲が多い順にアジ、サバ、イワシ、カマス。通年揚がるのはゴマサバで、アジは江ノ浦で揚がる地アジが有名で3~5月、イワシはこのところ漁獲量が減っているね」。今の時期はカマスや小さいイサキがよく揚がり、ほかカワハギ、黒ムツ、カンパチ、ヘダイ…と、定置網でとれる魚種はとにかく豊富なこと。いわゆる大衆魚が中心のため、水揚される魚介のほとんどが、地元や小田原周辺で消費されるそうである。面白いことに、相模湾の定置網はもともと、ブリを狙った漁法だったのだそう。こんな都会の近くのベッドタウンでブリが水揚げされていたとは驚きで、近頃は沿岸の陸地の緑が減った影響で海の栄養分が減少、相模湾でブリの姿はほとんど見られなくなったが、当時は相模湾のブリといえばかなり高価で人気の品だったとか。今で言う「ブランド魚」のひとつだったのだろう。

 ちなみにこの方、家がもとから小田原で漁師をやっていたのではなく、漁師をやるためによその土地からやってきたという。地元の漁師の下で数年研修した後、独立して漁協の組合員となった苦労人だ。色々詳しいので定置網漁に携わっているのかと思ったら、これは新たに権利を取得するのが難しいため、刺し網漁が専門だそう。帯状の網を海中の魚の通り道にたて、文字通り網に刺さった魚を水揚げする漁法で、この店の直下でも操業してとれた漁獲を店にも卸しているという。とれる魚種を尋ねると季節によって変わり、ヒラメやイセエビほかカサゴ、白ウマハギ、ホウボウなど。店の方によると、イチオシはカゴカキダイという魚で、脂がものすごくのって食べ応えがあるという。黄色と黒の縞だから、通称「阪神タイガース」。ほかには高足ガニやアカザエビを狙ったかご網漁が行われる一方、相模湾で名物のシラス曳き網漁は、深度の関係で小田原周辺の海域ではほとんどやっていないとか。

 造りや小鉢といった一品料理を肴に酒が進み、座がかなり盛り上がった頃、卓に大きな土鍋が運ばれてきた。そのまま卓上のコンロにのせて点火、しばらくして煮えたところでふたをとると、中には白菜やキャベツなどあふれるほどの野菜、その下には何やら魚の白身に巻貝、だんごなど、実に具たくさんな鍋である。運んできたおばちゃんに中身を聞いたところ、メインの魚は何と、アンコウ。この日に刺し網にかかった、重さ8キロほどのもので、白身やらアラやら皮やら、いろいろな部位が入っている。身はホクホク、皮のゼラチン質もたっぷり、卵巣も発達してプリプリと、捨てるところがないアンコウの、「7つ道具」ならではの多彩な味わいが楽しめる。巻貝は茶色いのがシッタカ、黒っぽいのがナミノコ。身はシコシコ、殻の奥のワタが味わい深く、特にナミノコは味噌汁にするといいダシがでるとか。さらに、最近話題の小田原おでんに入れるエビのつみれ、地鶏の肉と、周辺の山海の幸がたっぷり入った豪華版だ。

 飲んで食べて、魚の話もたっぷり伺い、またたく間に宴たけなわとなりすっかり腹いっぱい。鍋を頂いた最後の仕上げはやはり、雑炊だ。キャベツと白菜がたっぷり入っていて甘みが出ているつゆに加え、アンコウと貝、鶏の3種のいいダシがしっかり、これは満腹なのに2杯、3杯と後をひく味わいである。食後にこのまま座敷でひと眠り、といきたいのを我慢して、宿をとってある市街へと引き返すべく一行とともに店を出る。するとさっきまでの豪雨がすっかりやみ、暗闇の相模湾には船の明かりがちらほら見える。低気圧一過で、無事に釣り船が出航するようで一同はひと安心、自分も明日の魚市場と朝市が無事開いていそうなので、まずはひと安心である。(2006年10月6日食記)

旅で出会ったローカルごはん64…北海道・旭川 『葡萄屋』の、道産・上川牛のステーキ

2006年10月13日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 「旅で出会ったローカルごはん」が、旅行専門雑誌の「旅の手帖」にて紹介されることになりました。今月号(11月号)の書評欄ですが、見本誌をいただいてビックリ! 何と、1/2ページ以上もさいて頂いて、中身を細かく取り上げて頂き、うれしいやらちょっと気恥ずかしいやら。でも、「ローカルごはんの醍醐味は、その土地の風景を愛でながら、街の喧噪を感じながら、人々の顔を見ながら食べることではないか」というくだりは、よくぞ伝えたいことを書いて頂いた、と感動モノ。編集長を始め編集部の方々、どうもありがとうございました。

…と、何だか書評の書評になってしまいましたが、そんな訳で今日はこの本からのこぼれネタにて。 

 北海道で見かける牧場といえば、白地に黒のまだら模様の牛がのんびりと、草を食んでいる風景が頭に浮かぶ人が多いだろう。このように、道内を旅行して見かける牧場のほとんどが、酪農王国・北海道らしく乳牛の飼育が中心である。その一方で、石狩牛に十勝牛、大雪牛などといった、肉食用の銘柄牛もいくつか挙げられるように、ステーキや焼肉に良し、しゃぶしゃぶやすき焼きに良しの、品質の良い和牛の産地が道内に数多いのも見逃せない。カニにサケ、ウニにイクラなど、北海道を旅行している間は魚介類に食事が偏りがちになってしまうが、訪れた土地でおすすめの洋食屋やステーキハウスで、ご当地の銘柄牛のステーキを注文してみるのもまた、北海道の味覚のひとつの楽しみ方である。

 道北の稚内方面を旅行して旭川に宿泊したときも、寒い中生魚など鮮魚中心の食事が続いたおかげで、少々栄養が偏った上に胃腸の調子が今ひとつ良くないようだ。ここはひとつ、温かくてスタミナのつくものを食べようと、三条七丁目のレストラン『葡萄屋』へと足を運んでみた。店に入ると旭川屈指の老舗レストランらしく、店の中はやや控え目の照明がぼんやりと灯った落ち着いた雰囲気。予約をしていなかったのに、ウェイトレスがレジの近くに整列して出迎えてくれたのには驚いた。どうやら、自分がディナータイムが始まってから最初の客のようだ。赤いチェックのテーブルクロスがきりっと敷かれた卓へと、ウェイトレスのキビキビした案内が気持ちいい。さすが熟練の接客、言い換えればベテランつまりおばさんが多く、メイド風のエプロンや衣装が可愛いような、人によってはやや無理があるような。

 メニューによれば、道産牛のほかにも松阪牛のヒレ、サーロインなど、予算に応じて肉の銘柄や部位が異なる仕組みだ。道産牛は道内のどこ産の肉なのかと、先ほどのウェイトレスに尋ねると、旭川の東にあたる上川地区で飼育されている、いわば地元産の牛肉だとの返事。松坂牛も魅力的だが、せっかくだから訪れた土地のものを頂くことにして、道産牛のフィレステーキにガーリックライスとコンソメスープをセットしてもらった。待つ間にどうぞ、とウェイトレスが置いていった週刊誌を眺めながら、焼き上がりを待つ。何だか床屋で順番待ちしているかのようだ。

 先に運ばれてきた、大皿にいっぱい盛られたコンソメスープをまずは平らげて、胃が暖まって食欲が戻ったところで、ずんぐりと厚みがあるステーキが登場。肉の上にはバターとレフォール(西洋わさび)がのっていて、ウスターベースとクリームベースのソースを好みで使ってください、と説明があった。まだ鉄板の上でジュージューと音を立てている肉に、さっそくナイフを入れると、切り口からはほとんど肉汁がしみ出てこない。かむと、しっかりひきしまった歯応えが印象的で、肉の旨みと繊維が舌に感じられる。脂のとろりとした甘みはほとんど感じない。この、脂肪が少ない身の締まった赤身肉が上川地方の牛肉の特徴で、霜降りの松阪牛や神戸牛などとはまるで違った、しっかりとかみごたえのある食感が身上だ。だから脂の濃厚な旨みがない分、肉自体の味が純粋に楽しめるステーキである。脂身がたっぷりの肉をむさぼり喰いたい人には、ちょっと物足りないかも知れないか。

 焦げたニンニクから香ばしい匂いが漂う、ガーリックライスをひと口食べて、肉をひと切れ食べて、とどんどん頂いていると、みるみるうちにスタミナがついてくるよう。またたく間に、すっかり体力回復だ。店を出るとちらちらと小雪が舞い始めた様子で、体調の様子見で無理をせずホテルに戻っておとなしく… なんてことはなく、ステーキの恩恵で復活した元気とともに、北の魚介を肴にいざ「さんろく街」飲み歩きと行くか。(2月上旬食記)

町で見つけたオモシロごはん69…横浜駅西口 『八仙閣杏仁坊』の、チャーハンマーボと天使的杏仁豆腐

2006年10月11日 | ◆町で見つけたオモシロごはん
 かつて相模鉄道の沿線に住んでいた私にとって、相鉄の横浜駅がある西口界隈は、横浜でももっとも馴染みのあるエリアだった。駅ビルの相鉄ジョイナス、隣接する横浜高島屋、さらにビブレや映画館のムービルがあるあたりは、おしゃれな横浜のイメージとは対称的な、雑然とした庶民的繁華街。特に相鉄ジョイナスの地下飲食店街は、学生の頃健全に(?)お昼前に起床して大学へ行く際、昼飯を食べていくのによく立ち寄ったものだ。先日、久しぶりに実家に寄る機会があり、用を済ませて横浜駅へ戻ってきた際、懐かしさにちょっとあたりを散歩してみた。

 折しもちょうど昼時で、ジョイナス地下1階のレストラン街を歩いていると、学生の頃に通い詰めた店がいくつも目に入り、ついひかれてしまう。リニューアルのため改装工事中だが、本格的スタンドカレーの「リオ」、本場のこってり味噌ラーメンが自慢の「札幌や」など、食欲旺盛だった頃に御用達だった店が健在なのは何だかうれしい。結構な空腹なので昔を思い出して寄ってみてもいいのだが、このところ昼食にラーメンやカレーが続いているので今日のところはパス。何かご飯ものを食べたいな、と思っていたところ、札幌やの向かいに中華料理店があるのを見つけた。ちょうど「チャーハン・マーボ」なる、あんかけチャーハンの麻婆豆腐版のようなボリュームメニューがあり、ピンと来たのでこの『八仙閣杏仁坊』の入口をくぐることに。「熱烈歓迎食房」と入口横に大書されている隣には、「美味杏仁豆腐」の文字も。店名も合わせ、ずいぶん杏仁豆腐がお勧めの様子である。

 店内には立派な木のテーブル席がずらりと並び、壁には漢字だらけの手書きメニューがいくつもぶらさがるなど、中国にある食堂をイメージしたチャイニーズでレトロ?な雰囲気。店の一角では、調理している料理人の姿も見られる。品書きによるとひとくち餃子、棒々鶏、スルメイカのXO醤炒めなど一品料理が豊富で、「世界各国の料理からヒントを見つけ、味を追求している」とチラシに書かれている。さっそく例の「チャーハン・マーボ」を注文。そしてデザートに頼んでみるか、と、お勧めらしき杏仁豆腐もつけてみることにした。品書きには「天使的杏仁豆腐」と書かれており、ちょうど横浜西口50周年フェスタの特典で、通常の値段の半額になるのがうれしい。

 すぐに大盛りのマーボ、その隅に山形に盛ったチャーハンののった大皿が運ばれてきた。学生の頃に知っていたら、通い詰めたこと間違いなしのボリュームだ。いざ、いただきますとチャーハンの山へとレンゲを進める。縁が赤く染まった本場風のチャーシューがたっぷり入っていて、パラリと軽く仕上がったご飯に焼き豚のしょっぱさがなかなか。昔懐かしい、中華料理屋のチャーハンといった感じである。一方、たっぷりかかった麻婆豆腐の方は、見た目が赤黒くドロドロでいかにも辛そうな感じ。それがひとすくい頂いてみると辛さはそれほど感じず、醤油のコクが深みのあるいい味を出している。大きめの豆腐は瑞々しく、きめ細かくふわりとした食感。豆腐の味がしっかりと楽しめる麻婆豆腐といった感じか。近頃はやりの、四川風激辛・花椒がツンツン効いたタイプと違い、かなりマイルドである。だからパラパラのチャーハンとトロリとマッチして、一気に平らげてしまった。

 ひと息ついて、デザートの杏仁豆腐を頂いてみると、こちらも麻婆豆腐の豆腐と同様にトロトロの柔らかさ。普通は杏仁豆腐といえば、フルーツと一緒に白い四角いのがゴロゴロと入っているのだが、ここのはまるでムースのようで、舌の上でサッと溶けていく。上にはアンズのシロップがかかっていて、ほんのりした酸味もまた爽やか。ボリュームメニューをガツガツいった後には、ちょっと上品なデザート、確かに「天使的」だけあるか。

 甘いものは別腹、とばかりに杏仁豆腐もきれいに平げ、店を後に地下街を突っ切ってはいつもの京急の改札口へと急ぐ。今は京急沿線に住んでいるから、横浜で下車して立ち寄るのもそごうやスカイビルなど、東口周辺ばかり。途中下車してお昼を頂く際にはおなじみの店ばかりではなく、たまにはかつてのおなじみエリアまで遠征してみるのもいいかも知れない… と言いつつ、近頃気になるのはこのあいだオープンしたばかりの、東口のショッピングモール「ベイクォーター」。生活圏はすっかり、横浜東口、海側寄りの人になってしまったようである。(2006年9月28日食記)