ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

町で見つけたオモシロごはん65…渋谷 『ベルマーレ』の、ヨーロッパ特急の食堂車の復刻コース料理

2006年10月02日 | ◆町で見つけたオモシロごはん
 古くから付き合いのある鉄道カメラマンの先生の、還暦祝い&ご自身のアンソロジー本刊行の出版記念パーティーに招かれることになった。自分がまだこの業界に入りたての頃から、長年お世話になっている方で、仕事、ということで全国各地を一緒に列車に揺られては写真を撮り、また温泉に入り、また散々酒も飲んだものだ。私のような若輩者にも気さくに接してくれ、おかげでいつも非常に楽しい? 取材をともにさせていただいている。40人ほどの参加者のひとりにご指名されたとあって大変光栄、そして案内状にあった趣向も非常に面白そうで、取材でご一緒するときのラフな格好とは一転、ジャケットにネクタイといういつになくかしこまった身なりで、会場である渋谷へとむかった。

 この日のパーティー会場は、渋谷駅にほど近いところにあるイタリア料理店の『ベルマーレ』という、先生ごひいきの店とのこと。定刻よりも30分近く早く到着したところ、すでに名前を聞いたことがある業界の大御所的な方々がいらっしゃっており、先生と挨拶を交わしている様子。少々緊張しながら、合間を縫って先生にお祝いを述べご挨拶すると、「よく来たね」と店の奥の席へと通された。先生いわく「特に濃い人たちを、この一角に集めたよ」。続々とやってくる方たちと名刺交換して、肩書きを見ると鉄道専門誌の編集者、ドイツの鉄道のスペシャリスト、鉄道博物館の館長…。ほんの数冊、先生とライトな鉄道紀行の仕事をやった程度の私など、とても「濃い」部類になど入りそうもない、確かになかなかの顔ぶれである。

 こうした記念パーティーにしては珍しく、この日は立食ではなくコース式の料理である。そしてヨーロッパの鉄道を昔から撮り続けている先生らしく、ヨーロッパの特急列車の食堂車で出されるメニューという趣向がまた、面白い。その特急列車とは、かつてイタリアを走っていた「セッテベロ」号。運行は数十年前にやめてしまったが、ネットで当時の食堂車のメニューを調べ、特別にこの日復元してもらうことになったという。列車の名は自分がまだ子供の頃、先生が出版した子供向けの「特急列車大百科」に載っていたのを覚えており、読者としての立場も含めたら、先生との付き合いは子供のころから、ということになるか。「ドイツの『ラインゴルト』、フランスの『ミストラル』に並ぶ、当時のヨーロッパ3大豪華特急だったね」と、近くの席の方から解説が入るのはさすが、濃い席。

 重鎮の先生方の祝辞がひととおり終わり、食前酒のスプマンテ「フェラーリ」で乾杯。これもセッテベロの食堂車で出されていたもので、さっそく祝宴の気分、そしてヨーロッパ特急での旅気分が盛り上がってくる。コースは全4品にデザートつきで、食堂車のコース料理らしくシンプルかつ充実した内容だ。まずは魚介をサラダ仕立てにした、イタリアの伝統的な漁師料理である前菜「カッポンマーグロ」から。大柄のエビがメインで、グリーンのソースが爽やかな味わい。エビの下からはホタテやイカなど魚介類がいっぱいで、どれも瑞々しくいかにも食欲と酒がすすむ前菜といった感じである。料理の序盤は魚介の皿が続くため、合わせたワインは白ワイン。メニューによると「La segreta bianco」という銘柄で、「一昨年、白ワインでIGT1位にランクされたものです」と店の人もお勧めのよう。フルーティーでほんのり甘く、料理との相性がいい素直なワインだ。

 と、料理についてうんちくを傾けるような客はあまりおらず、場はすっかり国内外の様々な鉄道にまつわる話で盛り上がっていく。さらにいいタイミングで先生がテーブルへとやってきたため、祝いの挨拶とともに「セッテベロ」にまつわる質問も、あちこちから出てきた。列車の運行は古く1950年代で、運転席が2階、先頭が展望車になっている列車のルーツだそうである。日本でも名鉄のパノラマカーや小田急のロマンスカーといった、先頭が客席になった特急列車が走っており、セッテベロを参考に考案されたとされている。案内状には丸みを帯びて美しく、どこか愛嬌のあるフォルムの車体が掲載されていて、確かに子供のころに見て今なお忘れないほどのインパクトだ。列車名の意味を伺ったところ、セッテ=7、ベロ=美しい、で「七つの美しいもの」。文字通り7両編成のすべてが一等車で、まだ鉄道輸送が全盛期だった頃のヨーロッパを代表する豪華特急だったのだろう。ついでにと先生、この列車の撮影に行った際、なんと運転台で5分ほど運転させてもらったという、面白いというか恐ろしいエピソードも披露していただき、座のさらに盛り上がること。「この一角はピッチが早いようだから」と、グラスにワインを注ぎに来た店の人は、笑いながらボトルを置いていってしまった。

 ワインと鉄道談義が順調に進んでいくのに合わせて、パスタはアサリのスパゲティ、リゾットはポルチーニ茸のリゾットと、食堂車のコース料理も遅延なく? 進行していく。パスタのアサリは大粒の浜名湖産で、旨味が深くこれは日本風の味。やや甘みがあるフルーツトマトが、ほど良いアクセントになっている。リゾットのポルチーニ茸はイタリアから空輸したものを使っており、煮込んでも香りが鮮烈で瑞々しいこと。そしてメインディッシュ、牛ヒレのカツレツ・マルサラワインソースの登場だ。カツにナイフを入れると深紅の色が鮮やかで、肉汁がほとばしるよう。口に運ぶと香味豊かな衣、柔らかくジューシーな肉のハーモニーに、思わず絶句してしまう。素材の味をすっかり引き出した、イタリア肉料理の真髄といった感じで、肉の繊維1本1本に旨味がこもっている。ワインも赤ワイン「Badiola」が運ばれてきて、しばし鉄道談義を中断して、セッテベロの食堂車渾身のひと皿を、じっくり味わうことに専念する。

 かつては日本の特急列車にも食堂車が連結されていて、列車の旅の楽しみを演出していた時代があった。今では新幹線に代表されるようにスピード化ばかりが進み、移動する時間をゆったりと楽しむといった、鉄道の旅の魅力が失われているように思える。ヨーロッパ諸国と日本の国土の広さの違いもあるのだろうが、旅文化自体に違いがあるのではないか。「日本の旅は今や、目的地へいたる過程を楽しまなくなってしまった。こうした料理を楽しみながら、のんびりと車窓を眺める旅というのは、実にいいものなのに」と、デザートを頂きながら同席のひとりが話していたのが、やけに印象に残る。

 子供の頃に見た鉄道大百科を思い出して郷愁に浸り、幻の食堂車のメニューを存分に堪能し、周りとの鉄道談義にも花が咲き、と、宴たけなわになることには、自分もすっかり「濃い」一員として座になじんでいた。おみやげ先生の著書と、1979年に撮影されたヨーロッパの特急列車のDVDを頂いたので、帰ったら古き良きヨーロッパ鉄道旅行の世界に浸ってみるとするか。そしてもうひとつ、おまけに頂いたのが、武田鉄矢主演の映画「ヨーロッパ特急」のDVD。20年ほど前に上映されたもので、先生をモデルにした映画だそう。同席者によると「ローマの休日」風ラブストーリーとのことで、ある意味これも古き良きヨーロッパのテイストに浸れるか? (2006年9月30日食記)