先付けのサワラの燻製、松茸挟み焼きなど
「ブランド魚」が、全国的に話題になって久しい。知っているところを挙げていくと、関アジ関サバに始まり、大間の本マグロ、大分の城下ガレイ、三国の越前ガニ、茨城の常磐アンコウ、富山の氷見ブリなどなど。どれも知名度全国区な魚介たちだけに、東京や大阪などの料理屋で、結構いい値段で賞味することができるけれど、魚はとれたその土地で頂くのがやはり、一番。鮮度は段違いだし料理法も熟達しているから、その土地に赴いて水揚げ港の料理屋で食べてみたい気分にさせてくれる。
近頃は「ブランド魚」をはじめ、その土地で水揚げされる、ローカル魚のPRが盛んだ。おらが町の地魚で観光客誘致に取り組んでいるところも増えてきており、旅の目的はおいしい地魚、なんてのが広まるのもいいかも知れない。
そんな中、岡山の地魚での観光PRを目的とした食事会に招待され、とある週末に渋谷へと赴くことになった。で、その地魚とはサワラとのこと。サワラの料理で思いつくのは、焼き魚や西京焼きなど、ご飯のおかずや惣菜といった大衆魚のイメージがあるが、地元では料亭でも扱われている高級魚とか。ご自慢の地魚料理の数々にもちろん期待がかかるが、「ミスターサワラ」なる名物PRマンも同席するとのことで、うんちくを伺うのもまた、楽しみである。
しゃれた看板を目印階段を下ると、このサワラの看板が
という訳でこの日の会場は、道玄坂にある「ダイニングバー卯門」という店。渋谷のダイニングバーでサワラ、とは少々意外だが、地下の店内へと向かう階段のところには、「サワラあります」の木札が掲げられていた。これは岡山商工会議所が地元・岡山でサワラを扱う店に配布されているもので、いわばおすすめのサワラの店であるお墨付きか。
開宴に先立っての女将さんの挨拶によると、父親が岡山の方で、何か岡山ならではの味を出したい、と始めたのがサワラ料理なのだという。これを通して岡山の味覚を広め、さらに観光客の誘致にもつなげていきたい、と力強く意気込みを語る。
そんな女将さんに、岡山商工会議所観光委員長の赤木啓治氏から、岡山特命全権大使の任の依嘱状が、恭しく渡された。商工会議所直属の要職と思いきや、要はサワラを通して首都圏で岡山をPRしてもらいたい、というのが主たる任務らしい。いずれは岡山へサワラツアーを催行したいという女将さんにとって、まさに適任だろう。
そしてプレゼンターの赤木氏こそが、「ミスターサワラ」だ。岡山ではちょっとした有名人で、その知名度は岡山のみならず、築地魚河岸を舞台にした人気マンガの中でもご本人役で登場しており、岡山のサワラの伝道師として知る人ぞ知る方である。
そもそも氏がサワラに注目するきっかけとなったのは、観光委員長に就任し、九州で新聞記者と会見をした際のこと。岡山が誇る日本3名園のひとつ・後楽園は倉敷にあると言われたことに驚き、岡山のPRを全国にもっとしていかなければ、と奮起したという。
そこで目をつけたのが、岡山の魚食文化に欠かせないローカル魚である、サワラ。岡山のサワラの旨さを広めていくことで、岡山への関心も高めてもらい、さらにサワラ料理を食べに岡山へと足を運んでもらおうと、宮崎の県知事風に言えば「岡山のサワラの営業マン」といったところか。「『何とかせないかん』と言い出したのは、私のほうが東国原知事より先ですよ」と、ご自身も話しながら笑っている。
本日の料理は、いわばサワラのフルコースで、ミスターによると「いずれも岡山では一般的によく食べられている料理」とのこと。乾杯の音頭とともに、まずは先付けからサワラの味見といこう。
5品のなかでサワラを使ったものは、燻製にマツタケのはさみ焼きの2品である。燻製はいぶした風味が香ばしく、まるでハムのような芳香。皮の部分が対照的にトロリと甘く、これはビールが進む珍味だ。2枚のマツタケに挟まれた焼き物も、瑞々しいマツタケの香りとほっくり焼けたサワラの身の、2種の味わいがなかなか楽しい。広島産のマツタケに、緑が鮮やかな翡翠銀杏と栗の渋皮煮と、のっけから深まる秋を感じさせる一皿だ。
続く皿は何と、サワラの刺身にたたき。関東ではサワラといえば加熱調理をして頂くと相場が決まっているが、岡山では県南を中心に、生食が当たり前なのだ。
女将さんによると、刺身は背側と腹側それぞれの身が盛ってあり、食べ比べると違う魚では、と思うほど、味に違いがあるという。まずはピンク色の腹側から頂くとサクサクした食感で、瑞々しくしっとり。ブリなどに似た脂のコッテリ感もあり、白身と赤身、さらに青魚それぞれのいいとこ取りといった味わいだ。一方、やや白っぽい背側はホロリと身が柔らかく、あっさり、身の旨みをストレートに楽しめる。確かに、何も知らずに食べたら、同じ魚とは思えない個性の違いを感じる。
たたきはタマネギ、ミョウガ、ニンニクスライスと一緒にポン酢につけて、カツオのたたきと同じように頂く。サワラは皮が薄いためにたたきに向いていて、皮目を軽くあぶってあり甘みがジワッ。そして薄ピンクの身は刺身よりもくせがなく、カツオよりもあっさりしている分食べやすい。身がホクホク、フカフカで、この柔らかい食感がサワラの特徴です、と女将さん。歯ごたえがシャッキリした刺身が好きな人には、ちょっと好みが分かれるかもしれないか。
左が刺身、右がたたき。刺身は奥が腹側、手前が背側
次第に盛り上がる宴席には、映画「釣りバカ日誌」に出演? したという、サワラのフィギュアの「サワ吉君」が巡回しており、映画では頭をなでると出世すると紹介されたおかげで、招待客一同になでまわされている。
この日の料理に使っているサワラも、ちょうどこのフィギュアと同じ大きさで、5歳ぐらいの体長1メートルちょっと、重さは4キロほど。このサイズが最も脂がのり、味がいいという。旬は11月~夏ごろまでで、瀬戸内では漁期が4~7月、旬は2~3月頃とされる。よって今は旬にも漁期にもちょっと早いようで、「今日は岡山のサワラ、ではなく、岡山のサワラ『料理』を味わう会ですから」と、ミスターが笑いながら念を押す。
岡山ではかつて、旬の2~3月以降はあまりサワラを扱っていなかったが、赤木氏のPRが奏功し、さらにマンガで紹介された影響もあり、「岡山ではサワラを刺身で食べられる」ことが全国で知られ、はるばる食べにくる旅行者も増えてきたとか。そこで近頃は通年サワラ料理が出せるように、様々な努力が重ねられているという。
そこは何といっても、全国のサワラの漁獲量の6割が消費される「サワラ処・岡山」。瀬戸内のほか、長崎の五島や鳥羽、和歌山などで一本釣りにされた上物も、岡山へと回ってくる。中でも五島へは、岡山のサワラ漁業関係者が赴いて、釣り方や漁獲後の処理、「岡山方式」と呼ばれる運送方法など、いい状態で岡山へ入れられるように技術指導をしているそう。とにかくサワラは柔らかく身割れしやすいため、ていねいに優しく扱うのが肝心で、「女性の扱いと同じぐらい、ね」とミスター。ここまで聞くと、岡山の人のサワラへのこだわり、というか思い入れに、並々ならぬものを感じずにはいられない。
刺身に合わせて運ばれてきた「瀬戸の魚島」は、まさにサワラ料理に合わせるべく醸造された日本酒で、岡山特産の酒米である雄町米を使った、すっきり辛口の味わい。杯を重ねているとミスターが自分たちの卓に登場、酒がいい感じにまわってきたこともあり、サワラ談義に花が咲く。サワラの種類はいったいどのぐらい… と言い終わらないうちに、サワラの種類がつらつらと挙がり、台湾には2メートルを超える大型のタイワンサワラがいる、広島のウシサワラはうまくない、と、うんちくが次々に続くのはさすが、ミスターの面目躍如だ。
岡山で食べるのはホンサワラという種類だが、実は瀬戸内産のサワラは、このところ水揚が減少傾向にある。岡山では瀬戸内産のほか、前述の五島や和歌山、さらに東シナ海や日本海で水揚されたサワラの扱い量も増えているという。「岡山のサワラ」でなく「岡山のサワラ『料理』」と強調するのは、旬の兼ね合いのほか漁業事情も関係あるようだ。最近は瀬戸内海にサワラの稚魚の放流も行っており、戻ってきていることも確認されているから、ままかりに並ぶ岡山の「ローカル魚」として、今後の推移を見守りたい。
ちなみにサワラもブリなどと同様、大きさによって呼称が変わる「出世魚」で、大きさによって6種の呼称がある。サワラを名乗るのは体長1メートル以上、重さ2キロ以上。その下の40~50センチ、600~800グラムぐらいのサゴシぐらいは、自分も聞いたことがある。他所で聞いた話だと、サゴシは関東地方では「サワラ」として出回っていることもあり、これが関東でサワラの評価を下げた一因ともされているとか。
この後はサワラの朴葉焼き、岡山の伝統の鍋料理の炒り焼きなど、どんどん続くサワラ料理。さらに迫力満点の「サワラ踊り」の披露と、サワラの宴はますます盛り上がりを見せていく。以下、次回にて。(2007年11月4日食記)
サワラは私もこの夏、旅行に行った際に富山の漁港で一本500円ぐらいで買い求め持参していた刺身包丁で捌きました(正確にはサゴシでしたが)。たたきにしても焼き魚にしても椀にしても抜群の美味しさだったことが思い出されますが、本場岡山のサワラ料理、一度味わってみたいものです。
さわら料理は、築地にある「ちあき」(←マンガのモデルかと思ったら、マンガから現実化した店らしい。政二さんはいないらしいが)がうまいとの評判です。東京にさわら料理を広めるキーステーション的な役割もしているのだとか。興味があれば、ぜひ覗いてみて下さい。
それにしても、ミスターサワラはマンガそっくりだった。ちなみにマンガでは「明石」さんとなっていたのは、たまたま本名が3代目と同じ「赤木」だったからのようです。