ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

町で見つけたオモシロごはん109…渋谷・道玄坂 『ダイニングバー卯門』の、岡山名物サワラ料理

2007年11月18日 | ◆町で見つけたオモシロごはん

彩り鮮やかな祭り寿司。この日の具の主役はやはり、サワラ


 渋谷・道玄坂の「ダイニングバー卯門」で催された、岡山のサワラ料理を食べる会も宴半ば。珍しいサワラの刺身に舌鼓を打ち、サワラのPRマン「ミスターサワラ」の赤木氏との話も盛り上がる。料理も佳境を迎え、さらに「ご趣向」もこの後用意されているとのことで、サワラ一色の宴席はどんどんと進んでいく。

 刺身にたたきと、生食のサワラ料理が続いた後で出てきたのは、何やら茶色い葉でくるまれた一品。開いたとたんもわっと立ちのぼる湯気と味噌の香りに、思わずホッとする。サワラの切り身とシメジを味噌と一緒に朴葉でくるんで焼いた、サワラの朴葉焼きで、高山の郷土料理である朴葉味噌を応用した料理だ。朴葉の青臭い香りに甘ったるい味噌といった山の趣の食材が、瀬戸内のサワラと出会うと、身の旨みが粗野に引き立っていて意外なインパクトがある。
 朴葉焼きに使っている味噌はどこのものだろう、と思っていたら、和服の女性が通りかかったので、店の人かと思って声をかけると「サワラ小町」なる襷をかけていらっしゃる。この方もサワラのPRご担当なのだが、その手段が「サワラ踊り」とのこと。本職はダンスの講師や振付師である一方、サワラ踊りの創始者でもあり、踊りを披露する「岡山さわら連」の総代もなさっているという。
 同席頂き、岡山の観光PRをつれづれにお話頂いたが、何につけてもサワラがからんでいるところが、さすがというか面白い。桃太郎伝説に関わる古文書に「さわらさしみ」なる文字が残っているとか、岡山は「津」の字がつく土地が多いのは、入り江が豊富な名残でサワラがよく水揚げされたとか、吉備路で盛んだった製鉄では、サワラを刺身におろす包丁もつくっていたとか。事実かどうか? はともかく、聞くにつれやっぱり岡山は古くからサワラなんだな、と妙に納得させられてしまう。



飛騨名物料理をアレンジした、サワラの朴葉焼き


 サワラ踊りの披露の前にもう1品、卓にコンロが据えられてだしを張った鍋がのせられ、サワラの切り身と野菜を盛った皿が運ばれてきた。店の人によると、だしは醤油と砂糖、酒で、先にタマネギ、ニラなどの野菜を入れ、煮えたところでサワラをさっとだしにくぐらせて食べるという。いわばサワラのしゃぶしゃぶで、地元では「炒り焼き」と呼ばれる郷土料理。もとは漁師が船上で食べた漁師料理で、水を使わずに調理できるのがミソである。
 刺身よりやや厚めのサワラを、鍋をぐるっと1周だしにくぐらせて半煮えで頂くと、身はしっとり、熱が適度に加わりしゃっきりとした食感に。脂ののりが程よい分、ブリのしゃぶしゃぶよりも軽く食べやすい。野菜の中でも、岡山特産の黄ニラが珍しく、プンとスタミナがつく香り。味付けは酒の肴になるように薄味とのことだが、醤油が効いていて濃い目の味に、かえって酒が進んでしまい地酒「瀬戸の魚島」をもう一本。サワラ小町直々のお酌もあり、酔いもいっそう深まること。



総代直々のさわら踊り。手の動きがダイナミック


 しばらくしてサワラ連の召集がかかり、「よっ! 出世魚っ!」の掛け声が響くと、連の一同がフロアに練り出しいよいよ「さわら踊り」の始まりだ。傘被りに和服の女衆が、ややスウィングののったテンポで、メリハリの利いた踊りを繰り広げる。ダンス教室をやっている小町はさすが、動きのキレが見事で、つい見入ってしまうほど。手の流れるような揺れと身のこなしは、さながら瀬戸の水中に舞うサワラの群れのようか。晴れの国岡山らしい、明るく元気が出る踊りで、「晴れ晴れ大空吉備の国、おもてなしはサワラじゃ~」のリフレインが耳に心地よい。
 その踊りの最中に片手に頂いたのは、本日の品書きにないサワラ料理。何とサワラまん、つまりサワラの肉まんだ。マグロの水揚港である三崎でも、マグロを使った「とろまん」なる肉まんがあり、これと同じタイプのもの。中身はサワラのフレークにたっぷりの野菜、濃厚な味付けが結構普通の中華の肉まんに近い。しかし料亭の味のみならず、庶民的なテイクアウトにまで進出しているとは、岡山のサワラ恐るべし。



鰆まんは肉まん風。濃い目の味わいで食べ応えあり


 と、踊りが披露されたところで、サワラの宴もいよいよ終わりに近づいた。最後は岡山の郷土寿司である「ばらずし」を、締めのごはんとして頂く。白飯の上に数々の魚介や山の幸をびっしり並べたこの寿司、岡山で祭りや祝い事などハレの料理として知られるが、その成り立ちは面白いことに、派手さと正反対の「倹約令」に由縁がある。
 江戸期の岡山は、藩主だった池田光政が出した質素倹約令の影響で、派手なことに対しての取締りが厳しかった。とはいえ庶民は、うまいものが食べたい。そこで考えたのが、白飯の下に様々な具を敷いて、見た目は白いご飯だけ、という風にして誤魔化すこと。食べる際にはひっくり返せば、豪華な祭り寿司の登場、という訳だ。近頃は具を酢飯の上にのせたり、中に混ぜ込んだりするのが主流のスタイルだが、本来はこのようにひっくり返して食べるのが正統派・祭り寿司なのだとか。

 この日の祭り寿司の主役はやはり、サワラだ。具にサワラの酢締めがのっているだけでなく、ご飯はサワラを締めた酢で酢飯をつくり、さらに具の野菜もサワラのアラからとっただしで煮込んである、まさにサワラづくしの祭り寿司である。
 運ばれてきた小丼には、飯の上に錦糸卵を敷いた上に、サワラほかエビ、アナゴ、野菜はサヤエンドウにレンコン、シイタケと、確かに具だくさん。錦糸卵の黄、エビの赤、サヤエンドウの緑と、鮮やかな色合いが食欲をそそる。
 強めに酢締めしてあるサワラは身がしゃっきり、皮の部分がコリコリとした歯ごたえ。アナゴは焼き目がついていて、香ばしく身がホッコリ。野菜もどれもしっかり下味がついていて、締めにはうれしい優しい味わいだ。本格的な祭り寿司では、具に使う食材は何と、30種類以上。それをご飯に混ぜ込み、さらに上にも並べるという豪華版だ。加えてどの具材も酢の加減、味付け、煮加減など下ごしらえはそれぞれ異なるから、家庭で作る際は朝から丸一日かかる大仕事だとか。何とも手間もかかる「倹約料理」で、池田藩政下での岡山庶民の、うまいものを食べたいという執念が伝わってくる。

 さわら踊りによる盛り上がりのおかげで、いつのまにかすっかり座がくだけ、中締めの挨拶後も宴は終わる気配がない。締めの祭り寿司ですっかり満腹、酒も結構回ったこともあり、ここらで失礼することに。
 これまで岡山方面への旅行といえば、美観地区のある倉敷へはじっくり時間をとっていたけれど、岡山の市街はほとんど訪れたことがない。日本3名園のひとつ・後楽園に、黒漆喰の板塀で「烏城」と称される岡山城と合わせて、こんどの旅ではサワラ料理も頂いて市街で1泊するのもいいかな、と、すでにサワラによるPR効果が出始めているかも。片手には岡山の観光パンフレットがいっぱい入った袋、そしてもう片方は店の人にお願いして、こっそり? 祭り寿司を1人前テイクアウトした折を手に、道玄坂を下る足取りは、銘酒「瀬戸の魚島」のおかげで少々千鳥足かも。(200711月4日食記)



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