ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

ローカル魚でとれたてごはん…秋田 『よねしろ』の、IRISゆかりのハタハタ

2011年02月02日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん

 2010年の秋田は、韓国ドラマのロケ地としてちょっとした注目を浴びた。日本でもTBS系列で放送されたスパイアクションドラマ「アイリス」で、主演のイ・ビョンホンが恋人役の女優キム・テヒとともに休暇の旅行で訪れる地として、乳頭温泉郷や田沢湖など県内各地の観光地でロケが行われた。

 そして秋田市街では、二人がぶらりと郷土料理の居酒屋に入って、大皿料理を肴に仲睦まじく熱燗を差しつ差されつ、なんてシーンも。この店はドラマファンの聖地となっており、二人が座った席で同じ料理を注文するファンが絶えないのだとか。

 自分もその店で、キャストを気取って秋田名物を肴に一杯、といきたいが、新幹線が秋田駅に着いたのは午後いちと、まだ少々日が高い。ドラマロケ紀行の前にはローカル魚紀行もこなそうと、秋田市民市場へとまずは足を向けた。秋田市民の台所的な存在と称されるだけに、鮮魚、塩干、佃煮、精肉、野菜、果物から、生花、茶、酒まであらゆる食材が揃う市場で、場内はプロの料理人から近所の主婦まで様々な客層で賑わっている。

 入ったところは青果通りで、鮮魚店の通りへと進む途中、塩干物が集まる通りを横切る。塩鮭や筋子、タラコといった魚卵を扱う店が軒を連ね、切り身や卵の鮮やかな赤がまぶしい。塩鮭は丸のままでも扱っており、胴がずんぐりと太く見るからに物が良さそう。品札によると、この市場で扱うサケは主に、北洋やカナダ産の紅鮭とある。またこの市場もドラマに登場しており、ヒロインのライバル役の女優が青果店街で買ったネギを買い物カゴから覗かせたり、鮭をぶら下げたりしながら買い物をするシーンが撮影されたという。

 塩干物街の一本先、市場の最も東寄りの通りが鮮魚を扱う水産通りで、 30軒あまりの鮮魚店が軒を連ねている。「買ってげれー」との優しく素朴な売り声がポツポツとかかる中、電灯の下でピカピカ光る鮮魚を見て歩いてみると、ノドグロにキンキンが鮮やかな赤と大きな目で並んでいたり、マガレイやナメタガレイが白い腹を見せて横たわっていたり。ドラマに例えると、秋田に冬の到来を感じさせるキャストが、早くも出演し出しているようである。

 そしてこれからの秋田で主演級の地魚といえば、何と言ってもハタハタ。男鹿半島沿岸はハタハタが産卵で陸に寄ってくる好漁場で、冬の雷が鳴る頃に沿岸に集まってくるのを、深夜に操業する建網漁で漁獲する。漁期は11月末~12月中旬のため、訪れた時は時期にはちょっと早かったものの、歩いてみると結構ハタハタを扱っている鮮魚店がある。

 「まだブリコ(卵)がね(ない)けんどな」と秋田弁で教えてくれたおばちゃんによると、この店のハタハタは北海道ものとのこと。ハタハタは秋田のほかにも、日本海沿岸から北海道にかけて広く漁獲される魚で、秋田とは漁期が異なる上に地元でそれほど消費しないため、秋田で地物が出回らない時期には北海道や青森や山形、北陸や山陰ものが、この市場に集まるのだという。

 一方、別の店では地元「男鹿もの」との品札のハタハタを発見。「名物の三五八漬けだよ。塩・糀・蒸し米を三対五対八で寒仕込みして、ハタハタを漬けているんだ」と親父さんが勧めてくれる。聞いたところ、このハタハタは禁漁前にとったものだそう。うちでは漬けるのに唐辛子を加えてあり、麹の味がしみてうまいよ、と勧められ、おみやげに三匹ほど袋詰めしてもらった。品札には「全部女」つまりメスとあるから、卵入りなのがうれしい。

 韓国ドラマのロケは冬場に行われたから、彼らは旬の盛りのハタハタに舌鼓を打ったかもしれないな、と思いつつ、日が傾きかけたところで件の居酒屋「よねしろ」へと足を向けることに。市場から歩いて数分の狭い路地にある店で、カウンター中心でこぢんまりしており、昭和レトロな雰囲気を監督に気に入ってドラマの舞台となったという逸話も分かるただずまいだ。カウンターにはドラマで二人が実際に撮った、旅の記念のポラロイド写真が貼ってあり、ファンらしいお客に女将さんがロケのこぼれ話をしている。

 もちろん料理の方も、秋田の家庭的な郷土料理が揃い本格的。ドラマではフキノトウやハタハタの煮物といったカウンターに大皿で並ぶ惣菜を、二人がうまそうにつまんでいたのを思い出す。そんなファンのために、「韓国ドラマ撮影記念メニュー」が用意されていて、二人が頼んだ熱燗に小鉢、焼魚か煮魚、焼きおにぎりがついたセットとのこと。女将さんによるとこの日の魚はハタハタ、しかも出回り始めた男鹿もので、運良く地物に出くわすことができたようだ。

 じゅんさいをのせた冷奴の小鉢で熱燗を先にやっていると、煮魚の皿がカウンターから差し出された。ハタハタといえば焼魚やしょっつる鍋が思い浮かぶが、この時期の男鹿ものは脂がよくのり煮付け向き、と女将さん。厚めの白身は骨離れがよく、乳製品のような甘みがトロリと瑞々しい。何だかドラマのヒロインの、若々しく凛としたキャラクターを思わせるような。

 気を良くして、旬の地魚で追加で一品頼むと、これも先ほど市場で見かけたカレイの煮付けを出していただいた。パッツリと分厚い切り身がほろりとほぐれ、ハタハタよりしっかりと芯が通った魅惑的な甘み。走りのハタハタとはタイプの違う、口の中でまろやかに旨みが転がり出てくる味わいで、こちらは例えるとベテラン女優の貴婦人のような妖艶さか。

 熱燗一本に肴二品という、手頃な地魚晩酌セット的記念メニューの最後は、焼きおにぎりで締めくくりだ。具が紅鮭で、しっとりしたほぐし身の塩気とこんがりしたご飯の相性がよく、醤油のとんがった香ばしさが食欲をそそる。

 ビョンホンが撮影で腹いっぱい食べた逸品をいただいたところで、そろそろ帰りの新幹線の時間が近い。ドラマの舞台で味わえた地物のハタハタの旨さに感謝を込めて、去り際に女将さんへ向けて、ビョンホンばりのキラースマイルを一閃してみたりして(笑)


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