ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

ローカルミートでスタミナごはん14…飛騨牛/岐阜県高山市 『萬代角店』・『キッチン飛騨』

2010年03月07日 | ◆ローカルミートでスタミナごはん

 

【飛騨牛】
■系統・掛け合わせ…黒毛和牛
■肉質・等級など…A3~5、B3~5 
■年間出荷頭数…11000頭
■生産出荷元…飛騨牛銘柄推進協議会

 フランスの有名旅行ガイドブックの三ツ星評価により、昨年の高山はヨーロッパからの観光客数が、前年比20パーセントの増加だったそうだ。上三之町界隈でも、外国人旅行者の姿をずいぶん見かけるようになった、と、国分寺町にある郷土料理の店『萬代角店』のおばちゃんが話す。
 今やワールドワイドな観光地となった高山が、国内で全国区となったのは、昭和40~50年代のことである。当時、国鉄が展開していたキャンペーン「ディスカバージャパン」や、創刊間もない「an・an」「non-no」の読者である個人旅行の若い女性、俗に言う「アンノン族」に注目された影響が大きく、昭和55年には年間200万人以上の観光客が訪れたという。このたびの三ツ星効果をたいしたものだけれど、それをはるかに凌ぐ誘客効果だったようだ。

 

国分寺町にある萬代角店。店頭には英語のメニューが掲げられている

 最近の高山の観光客に人気なのは、古い町並み散策に並び、朴葉味噌や飛騨牛といった、飛騨ならではの味覚だ。朴葉味噌は、朴の葉の上に地元産の味噌を盛り、山菜やキノコ、野菜をのせて、炭火の炉であぶり焼く郷土料理。それに飛騨牛をのせた飛騨牛朴葉味噌も、市街の主な料理屋で扱われている人気の料理である。この店では、赤味噌と麹味噌をブレンドしたしょっぱ目の味噌を使っており、脂がひかえ目の飛騨牛との相性が抜群。朴の葉の青臭い香りが、山の料理らしい独特の風味となっている。
 おばちゃんによると、朴葉味噌は外国人観光客にも人気で、炉に書かれた和歌の漢字に興味を示したり、自分で味噌と具を混ぜながら食べるのを楽しんでいるという。味噌と和牛の絶妙なマリアージュは、フランスの同じ会社で出している色違いのグルメガイドでも、星を獲得できるうまさかも知れない。もっとも朴葉味噌は、山で働く人たちのための素朴な労働食で、本来はこのような高価な食材は使わない。飛騨牛を使った朴葉味噌はいわば、観光客向けの料理で、広まったのは比較的最近になってからだという。

 

萬代角店の飛騨牛朴葉味噌。しょっぱ目の味噌に、赤身中心の肉がよく合う

 さらに飛騨牛も、ブランドが確立したのは昭和60年代に入ってからと、銘柄牛としては新しい部類に入る。当時は、牛肉の輸入自由化問題が議論されており、それに備えて市場での競争力を高めるべく、岐阜県産牛肉の銘柄を確立することが迫られていた。そこで昭和52年に県産牛肉の系統の統一が始まり、「岐阜牛」の銘柄を制定。後の昭和61年に統一銘柄が、「飛騨牛」と定められることとなった。
 その後、食肉関連イベントへの出展や共進会への出品など、飛騨牛を全国銘柄とすべく様々な展開が続けられた。結果、昭和62年に開催された第5回全国和牛能力共進会において、出品の9頭のうち8頭が優秀賞を受賞。これが飛騨牛の知名度を全国へと広める大きなきっかけとなった。おかげで今では、人気銘柄和牛のひとつに挙げられる飛騨牛だが、アンノン族で高山が賑わった昭和50年代には、飛騨牛朴葉味噌はおろか、飛騨牛もまだ存在していなかったのだ。

 飛騨牛朴葉味噌を味わった翌日、昼食に飛騨牛のステーキをいただきに、高山陣屋のそばの細い路地を入ったところにある『キッチン飛騨』を訪れた。市街で人気の高い飛騨牛のステーキ専門店で、件のフランスの旅行ガイドブックの、高山の飲食店の項で紹介されている名店だ。創業45年というから、アンノン族の頃からやっている老舗でもある。町屋風の建物が多い高山の中で、レンガをあしらった外観が個性的で、鉄板に面した長いカウンター席が目を引く店内は、正統派ステーキハウスならではの貫禄が漂ってくる。
 オードブルに注文した飛騨ハムのソーセージとベーコンで、ハウスワインを軽く空け、食欲が湧いてきたところで飛騨牛のステーキを、しっかりオーダーすることに。この店で使っている肉は、厳選した飛騨牛の雌牛のみで、注文は「オーダーカット方式」という、ちょっと面白い仕組みになっている。フィレは100グラム、ロースは150グラムから、400グラムまでの50グラム刻みで選択でき、肉質はA3からA5より選べる。「規格A4・霜降りと赤身のバランスがいい」「規格A5・霜降りの甘みがある」「特選A5」と、メニューに味の特徴を記してくれているのが参考になる。

 

レンガ造りのキッチン飛騨。飛騨牛ほか、飛騨ハムのベーコンやソーセージも自慢

 規格A4にはサラダ、パンかライス、コーヒーがつくセットも用意されているので、これのロース150グラムのセットをミディアムで注文。ややしてから、平たい肉が焼きあがって運ばれてきた。ナイフを入れると、繊維がけっこう詰んでいて抵抗がある。断面からは脂と赤身が覗け、見るからにジューシー。熱が全体に通りきった程度の焼き加減で、赤身が魅惑的なエメラルド色をした、見事なミディアムレアに仕上がっている。
 熱いうちにさっそくひと切れ行くと、肉はグシッとかみ切れるぐらいに柔らかい。繊維が太めにほぐれてゆき、1本1本に旨みがたっぷりとしみているのがうれしい。ハラリとほぐれる繊維の舌ざわりもまた、心地よい。この店の味の秘訣のひとつは、肉の熟成へのこだわり。ヒレ、ロースともに2~4週間ほど冷蔵庫で熟成させて、旨みと柔らかさが最高になったベストのタイミングで出しているという。一頭一頭肉の性質が違うため、毎日熟成状況を確認しているというから、相当な手間隙をかけているのだ。

 そしてもうひとつの秘訣が、店独自の40年来変わらない焼き方。飛騨牛の特徴は、霜降りが多めで甘みの強い肉質で、ジューシーに焼き上げるために「ブレゼ&ソテー」という技法を用いている。焼き上げる段階で蒸し焼きにすることで、柔らかさは程よく、旨みをしっかり閉じ込めて焼き上げられるのだ。味付けには数種の調味料と、酒、柑橘類も使用。それぞれ、主張し過ぎずに肉の味を引き出すため、焼き目の香ばしさ、繊維のコク、肉汁と脂の甘さのバランスが、ベストに仕上がっている。肉汁はヒタヒタ、しっかりついたロースの脂は、舌の上や歯にかけたとたんに溶けていく。
 全体的には主張が極端に強すぎず、自然な肉の味がするというのが、飛騨牛の味の印象である。グッと甘い脂も全体の味を支配するほど強烈でなく、「山里の牛の素朴さが味に出ているところが、飛騨牛の特徴でしょうね」とご主人が話すのが、分かるような気がする。

 

オーダーカットで注文した飛騨牛ロース150グラム。ジューシーで繊維が細かい

 ご主人によると、飛騨牛の味を決定付けるのは熟成に並び、血統によるところも大きいそうである。飛騨牛はその銘柄の歴史をひも解く上で、ある雄種牛の存在を忘れてはならない。銘柄の確立を模索している頃に導入した、「安福号」である。昭和59年に兵庫県から購入された但馬牛で、雄牛の産肉能力を測る産肉能力検定で、過去最高成績で合格。優良な肉質が遺伝する資質も持っており、飛騨牛の生産性と肉質が一気に改善された。
 これまでに安福号産の子牛は4万頭ほどで、彼らの肉質が高く評価されたことが、そのまま飛騨牛の評価へとつながった。だから安福号は、まさに飛騨牛のルーツといえる存在なのだ。その遺伝子は安福号の没後も引き継がれ、現在も「飛騨白清号」など、安福号の子孫が種雄牛として活躍しているという。
 もうひとつ、飛騨牛の味を決定付ける要素として、肉質の格付等級がある。かつて飛騨牛は松阪牛や仙台牛とともに、肉質等級の定義は5のみで、高級和牛ブランドとして認知されていた。しかし、現在の飛騨牛の定義はこの店のオーダーカットで選択できたように、肉質等級は3~5とやや幅広い。2001年に起こったBSE問題や産地偽装問題の対処策として、2002年12月に定義が変更されたためである。

 その影響もあり、飛騨牛の枝肉の販売、流通に関しては、肉質の明示が厳しく義務付けられているのも特徴だ。店頭販売の際には、飛騨牛銘柄推進協議会が証明書を発行。食肉市場より、等級別に色が分けられたラベルも添付される。従来の飛騨牛の定義だった5等級は、「最上級品」と書かれた金ラベル。4等級は同様に「上級品」で銀、3等級は「標準品」で白のラベルとなっている。ちなみに2008年に、基準に満たないランク2等級の牛を、「飛騨牛」と表示・販売した会社が問題になったが、本来肉質等級1~2のものは「飛騨牛」との表示はできず、一般的には「岐阜県産和牛」「飛騨和牛」との呼称で扱われている。
 一方で、定義の変更により飛騨牛の生産量が「増える」と、飛騨牛の銘柄が広く普及する反面、銘柄内での肉質の格差が広がることにもなる。ご主人によると、同じ飛騨牛でも肉質等級3と5では、脂の質、量、付き方にかなり差があるそう。飲食店ごとに、営業形態に合ったグレードの肉を使用しているため、店によって肉のレベルにばらつきが生じているという。そういえば、朝市を散策していて見かける飛騨牛の串焼きも、お手ごろ価格なものから、A5ランクの肉を売りにしているものまで、店によって様々だった。

 

店内には、飛騨牛銘柄推進協議会による銘板が飾られる。
お手軽な飛騨牛カレーも売店で販売。

 聞くところによると、高山のステーキは石焼や網焼が中心で、この店のようにシェフによる調理で出されるステーキは、あまり多くないらしい。客の好みの焼き加減で食べられること、食べ終わるまで温かいままなのが特徴で、朴葉味噌のように自分で焼いて調理をする食文化の影響なのかも知れない。
 「飛騨牛朴葉味噌も山の料理風でおいしいですが、いい肉ならシンプルにステーキで食べるほうが、飛騨牛の醍醐味を満喫できますよ」とご主人。どちらも、飛騨牛の実力を引き出す料理として、三ツ星級であることは間違いなしだ。(2009年6月12日食記)

【参照サイト】
飛騨牛(JA全農ぎふ) 
http://www.hidagyu-gifu.com/  
キッチン飛騨 
http://www.kitchenhida.com/ 
東海農政局(基準変更について) 
http://www.maff.go.jp/tokai/seisan/chikusan/c_hida.html 
安福号の経歴(岐阜県畜産研究所)
http://www.cc.rd.pref.gifu.jp/beef/SIR/SIRinfo/Yasufuku.html



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