島根半島に向かい境水道大橋を渡る際、上からは境水道沿いに左右に広がる岸壁が、延々と見渡せた。大橋の直下付近には境漁港に水揚げする漁船が停泊しており、大橋から美保湾にかけての沿岸は水揚げと荷捌きの施設、加工施設が多数建ち並んでいる。山陰屈指の漁業基地・境漁港らしい、スケールの大きな漁港風景が展開している。
境漁港の主要魚介といえば、生の本マグロと並んでベニズワイガニが挙げられる。全国の水揚げ量の6割を占め、隠岐近海など日本海の沖合でカニカゴ延縄にて漁獲される。深度500〜2700メートルと、意外に深場に生息する「深海魚」で、松葉ガニより小柄で水分が多い分、安価で味わえるのが魅力だ。一杯が万円単位で料亭直行の松葉ガニに比べ、旅でも手軽にいただけるローカル魚介といえる。
島根半島を半周してやってきた松江市街にて、この日の昼食で訪れたのは、最近流行りのカキ小屋ならぬなんと「かに小屋」。地場産のカニを、丸のままコンロで焼いて味わう、贅沢極りない調理法が人気を博し、お客が絶えない話題の店である。倉庫のような店舗の中は、ビールケースでしつらえた卓にイスが並び、簡素というかワイルドというか。ハタハタ、ノドグロ、エビ、イカ、サザエ、カレイなどの地魚が品札に並ぶ中、カニの品札には松葉もベニズワイガニも「境港」の文字が踊っている。
氷の上に仰向けになっているのを、それぞれ一杯いただいたら、説明に従って足とハサミを外し、切り込みを入れてコンロの上へ豪快に並べて待つことしばし。軽くボイルしてあるので、ほんのりこげ色がついたぐらいが食べごろだ。ほじり出してつるっといけば、チリチリに弾けた身がプリプリに甘い。松葉ガニのほうが大ぶりな分コシがあり、ベニズワイガニはトロトロの肉汁が艶かしくたまらない。胴体にはミソがたっぷり、まる一匹分をひとりで舐め尽くせるとは、もう至高の極みである。
「かに小屋」があるのはJR松江駅に近く、水路に面した松江港の管理所を、期間限定の店舗としている。毎年冬季に開催される「松江食まつり」の一イベントでもあり、セルフサービスのため値段が手軽なのが魅力だ。松葉ガニで2500〜4000円、ベニズワイガニは1500〜2000円だから、ほぼ食材だけの相場といえる。この時期はほか、陸前高田のホタテもおすすめで、直径も高さもかなりのボリューム。ホクホク、シコシコの貝柱をかみしめると、ジュッとあふれる汁に思わず笑みがこぼれそうに。
無言のままにカニをむさぼり食い、二杯とホタテを黙々と完食。手も体も甲殻類の香ばしい匂いに染まりつつ、満足して店を後にした。沿岸から絶景を堪能し、そこで育まれたローカル魚介に舌鼓。まさに日本海の恩恵が倍増となった、島根半島の旅路である。