若狭の各地から京に至る鯖街道は、朝廷への献上品を運んでいた記録が残っている。西の鯖街道は鷹ヶ峰から京都御所まで至っており、東の鯖街道・若狭街道の終着点である出町柳も御所のすぐ北側。海のない京の都において海の幸は貴重な献上品で、小浜で揚がった一汐ものの魚介は宮中で珍重されたという。塩サバも天皇へ献上されたとあり、現在の大衆魚的位置付けからするとちょっと驚くべき話である。
鯖街道の起点探訪で出町柳を巡った晩、御池通界隈にとった宿から今宵の一献の店を探し歩くと、丸太町通で御所の石塀に突き当たった。界隈には町屋を利用した、居心地のよさげな飲食店が点在。この近辺で店を決めるのも、街道の終着点つながりになりそうだ。構えのたたずまいに惹かれ、出水町の「旬菜あだち」の戸をくぐる。町屋をリノベしたフロアは、広いオープンキッチンのまわりに長めのカウンターが巡らされ、親父さんが一人で調理接客を切り盛り。愛想はないが、職人気質の締まった空気感は悪くない。
カウンター上の大鉢から、万願寺とうがらしとジャコの和え煮が突き出しで出され、返すように酒と焼きしめサバを注文。かなりしょっぱ目なのに加えて薬味のショウガがビリビリ辛く、伏見の斉藤酒造「英勲」辛口が勢い進む。サバは酢締めというより塩締めのような印象で、御所に近いこともあり献上の塩サバを思い出す。アジ・小鯛・カレイなどが揃う干物からメギスを頼むと、干物らしからぬ厚みと身の太さ。塩加減と干し加減がいいから、白身の旨味が鮮明に浮き上がっている。「小浜直送」との添え書きに、これまた若狭の一汐ものの献上品に所以するような。
寡黙な親父さんとは依然、会話がまったく弾まず、焼きしめサバを褒めると「…ありがとうございます」のみで板場へと戻っていく。とはいえ、一見客へのハードルが高い京都の小ぶりな飲み屋にて、適度に放っておかれるのはかえって居心地のよさを感じる。ギルバート・オサリバンの「アローン・アゲイン」、ミニー・リパートン「ラヴィング・ユー」といったオールデイズも、店の雰囲気に妙にマッチ。一品料理は本格的京料理の流れを汲んでおり、舌休めのひろうず煮はさっぱり、ふわりと炊け上品なダシにホッとする。
そして入店時から気になっていた品書きの一品を、最後にオーダー。締め飯・麺ならぬ「締めパン」に、なんと締めサバのサンドイッチだ。カウンター越しに板場を眺めると、まず冷蔵ケースから出したサバの三枚おろしを、さらに半分にスライス。焦げ目がつくぐらいカリカリにトーストしたパンが焼きあがると、マヨネーズをさっと塗り大葉をのせ、サバをのせ挟んだらできあがりだ。
六等分に切ったのをまず一切れ、すると驚くばかりの未知なるうまさに絶句! ザクッとしたトーストの歯ごたえと、サバのこっくり柔和な食感が邂逅。それが大葉のスパッと切れ味よい爽やかさで、さらなる覚醒を呼ぶ。パンの程よい焦げ目の香ばしさと、サバの身の脂甘さとキリキリのしょっぱさ。加えてマヨネーズのコクとサバの脂の相乗。これぞ街道の終着点ゆえ、物資の集積地なるマリアージュ、いや京料理になぞらえ「出合いものの妙」とまとめるべきか。
文字通り宴の「締めのサバ」のつもりが、酒を呼ぶサンドイッチのようで三たび「英勲」へとリターン。注ぎにきてくれた親父さんに、勢い込んでサンドイッチの最大級の賛辞を伝えたところ、「おおきに」とようやく笑顔を見せてくれた。サバづくしの京の旅、珠玉絶品のサバ料理とともに更ける、御所そばの粋な店での一夜である。