暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

懺悔

2013-04-16 | 
私は名もない生き物だった
形すらも、意思すらもなく
ただ気がつけば自我というものがそこにあった

歩くこともできず
ただ粘液のような体をもぞつかせるしかできない私
傍らを走り抜ける小さな生き物を見て
あのように走れたなら速いのだろうと思った

私は取り込む、それを取り込む
本能というものがあるならばその時のことをこそ呼ぶのだろう
小さな毛の生えた生き物はすばしこく
それをよくよく観察するために
私は取り込む、ばきばきと音を立てて
粘液の体で模写でもするかのように

いくつものそれを経て私は人というものを象った
なんと効率の悪い体だろうか
早く走ることもできず
歩くのさえもバランスが要る
それでもなぜ彼らの形を成したのかと問われれば
きっと他の生き物にはないものがあったからだ
私は粘液を押し固めその形を為し、人は私を子供と呼んだ
子供という人はみな一つの場所に押し込められる
私は私と同じ背丈の彼らとともに暮らした

彼らはなんと筋肉を動かすのだろう
複雑に絡み合った筋肉を僅かに動かし
隙間から洩れる音を自在に操る騒がしい彼ら
私はそれを真似ようとした
努力してそれを真似ようとした
なぜか取り込む気持ちは起きなかった
代わりに犬や猫といった
それらをたくさん取り込んだ

先生と呼ばれる人がいた
彼女は私のことを厳しく叱った
私はなぜ叱られるのかはわからなかったが
叱られるというのは心地よくないのだとは思っていた
動物を殺すのはやめなさいと叱った
私には殺すという感覚はわからなかった
ただ人を含めた生き物はとても脆いことは知っていた
私が触れるだけで中の汁を滴らせる子供たち
なぜ彼らはこんなにも脆く生きているのかが不思議だった
なぜ私だけが彼らにそぐわないのかを考えたことはなかった

それでも子供たちと先生は
私を認め、よく笑いかけてきた
笑うという行為はとても難しく
私は一度も笑い返しはしなかった

子供は遊ぶ
大人は子供のために遊ぶ
遊びもまた私にはわからなかった
駆け回り息が上がり疲れ
そして笑う
彼らは遅い足で懸命に走った
遅い足で懸命に追い掛けた
なんと効率の悪い体なのだろう
猫や兎の足になればあっという間なのに
どうして彼らは私のように
姿を変えることがないのだろう

子供は私を鬼と呼び
私は鬼の役割を演じてみせた
子供は私を鬼と呼び
笑うことなく慄き逃げた

私は子供を追いかけた
それが鬼の役割だった
早く走れればいいのだ、犬のように
跳んで捕まえればいいのだ、鳥のように
取り込んだ彼らはとても役に立った
血と肉がまさしく私の中にあった

私は子供を捕まえた
もはや私の頭の中に遊びとしての鬼はなく
ただ、ただ、子供を捕まえた
触れるだけでたやすく傷を負う人は
子供の肌ならなおさら深く沈み込む
抱き込むように捕まえた
形を成そうとさえもせず
取り込むように捕まえた

いくらも音がとんでくる
私は鬼だ、鬼なのだから
彼らを捕まえなければならない
なぜ子供ははしゃぎ笑いながら
追いかけっこなどをするのだろう
なぜ私を見る子供たちは
決して笑うことがないのだろう
決して笑うことがなかったのだろう

いくつもいくつも捕まえた
滴り落ちるなまぐさの汁
いくつもいくつも捕まえた
飛びへばりつく知恵の肉
私は彼らを学習した
学習しようと努めていた
あんなにも笑っていた彼ら
彼らもまた血と肉と骨と糞でできていた
ならば私は
私は何でできているのだろうか

たくさんの子供を捕まえて
鬼の役目を終えた私
役目を終えてしまった私の前に
先生という人がやって来た
いくら理由がわからなくとも
彼女の筋肉は快適からは程遠いと示し
何よりも何よりも
私の為した役割はきっと叱られて然るべきだ
なぜ悪いのかはわからなくとも
叱られるのは決して快いものではない

初めて芽生えた心の隙間
これが喜びであればどれほど
どれほど楽であれただろう
悪いものは隠してしまう、
幼子じみた拙い計略
私は咄嗟にそれを隠した
彼女の視界を覆うことで
何も何にも見ていない
どうかどうか叱らないで
先生は私に笑いかけてくれる
それはなぜだか快い
笑ってくれていればいい
優しく優しく被った手の中
彼女は叱ってもくれなかった

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