暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

改正法案

2012-12-29 | 
小さいながらも幸せだった私の世界はある日を境にすっかりと消え失せてしまっていた。
ある日と言っても私にはきっかけなどわからなかったし、ふいに今が異常であると悟っただけのことだ。
些細な変化、劇的な変化、そのいずれも気づかなければ過ぎたことでしかないと悟ったたころで地点は戻ることはない。
いつの間にか既にいた黒い猿はもはやそこかしこに蔓延ってしまっている。
黒い猿は肌も毛もなにもかもが黒い。私はそれを何と醜いことかと思う。
しかし基準というものは一定を超えたものに追従するのだから、今や不気味極まりないのはこの私なのだ。
昔の世界にいた穏やかな鹿たちはみんな皮を剥がれてしまった。今はどこにいるのかもわからない。
代わりにこれまたいつの間にか増えた黒い牙の象が土を荒らしながら行軍を続ける。
それを指揮するのはもちろん黒い猿だ。

私は逃げ出しはしない。
逃げる必要などないからだ、
逃げる場所すらないからだ。
黒い猿は私や私以外の醜い同胞をひとところに集める。
そうして授業を始める。
塗り替えられた常識はどうしても馴染むことができず、その度に私は黒い猿に暴行を受ける。
しかしそれが常識であり当然のことだ。私はもはやその他大勢ではなくなってしまったのだから。
黒い猿はにたにたと笑い、たくさんの無駄なテストを繰り返し、望まない答えの度に喜んで私や彼らをいたぶるのだ。
世界はいつの間にか変わってしまった。しかし、それが今の世界だというのなら私は変わらなければならないのだろう。
理不尽などありはしないのだ。彼らからすれば私こそ理不尽そのものだ。
鹿はどこかへ消えてしまったが、かわりに黒い角の鹿は増えた。それが同一のものであったのかを知ることはできない。
なぜなら気付かなければすべて同じなのだ。

黒い猿が私を囲む、私たちを囲む。
真っ黒な目が私を睨む、彼らを睨む。
大きな世界はどうしようもなく不幸なのだ。
私は逃げることもなく、彼らもまた木偶のようにさまざまな色をした目で彼らを見返す。
氷河のように寒々とした大気さえももはや私を歓迎はしない。
また暴行。離れていく。暴行。優しい鳴き声。
正直に言えば黒い猿の言葉は私にはちっとも理解できないのだが、彼らもまた同様なのだろう。

黒い角を生やした獣が増えたと感じたのはつい最近のことだ。
本当につい最近のことだ。

世界は本当にたやすく変わる。
変わってなお順応できなければ淘汰される。
それが世界の摂理なのだと知れば、呼吸すら痛いのも納得のいく話だ。
大衆は黒い猿に変わった。
大衆は黒い角の獣に変わった。
誰もなにも文句を言わなければ、それは当然となっているということだ。
私はまた暴行を受ける。
しかしながら世界はこうも簡単に変わるものなのか。
あの爛れた鹿たちは泣いているように見えた。今の鹿たちはぞっとするほど楽しそうだ。
黒い猿は肌も毛もすべてが黒い。目も黒ければ肉まで黒い。
私の、彼らの中身はいろんな色をしている。だがそれではいけないのだ。
だから黒い猿はきっと優しい。優しいからこそこんなにも私を暴行するのだろう。
そう考えれば私のかつての世界は小さいながらも幸せだった、とても幸せだった。
ところで私の毛は黒い。目も黒い。
角は生えないのだが、この間同胞の一人は黒い血を流した。
私たちは歓声をあげるのだ。
そして同胞を食い殺すのだ。
黒い血、黒い肉、黒い腸、
しかし骨は白いままだった。
私は泣いた。
私たちは咽び泣いた。
まだ世界は変わったままだ。私の世界は変わったままだ。
黒い猿がまた私たちを取り囲んだ。

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