浅田次郎の直木賞受賞作品、8編の短編現代作品集。
一部を除き期待はずれの作品集だった。
鉄道員(北海道の駅長一人の小駅で、仕事を愛した不器用で真摯な鉄道員の人生を鮮やかに切り取った感動作品。)
美寄中央駅長の仙次は幌舞行最終のキハ12形気動車の助手席に乗っていた。幌舞駅に近づくと駅長の乙松がカンテラ提げてホームに立っていた。
折り返しの上りを出してから、退職が近い二人は酒を酌み交わし正月を祝い家族や退職後の話をしていた。
乙松の妻が亡くなった時、乙松が危篤の知らせを何回も受けたのに、駅の灯を落とし最終の上りでやってきた。乙松がポッポヤだから身内の事で泣くわけにいかんとうな垂れていた事を思い出した。
また、わずか2ヵ月で娘・ユキコが病死して妻が抱きかかえて帰ってきた時も、いつもと変わらずに指差喚呼し旗を振って迎えた。そして、おれが旗を振らないとキハを誰が誘導するんだと言ったこともあった。
乙松はユキコの幻影をホームに見たのか、出札口で一人で話しているとこを、仙次は不思議そうに寝ぼけ眼で見ていた。
仙次の息子から正月挨拶の電話があり、乙松は昔の事を思い出し、何だか半世紀の時間の重みが肩にのしかかった様に事務机に両手を突いて立っていて、乙松はまた女の子の幻影を見た。昨夜の姉さんのようだ。高校の鉄道同好会に入っているとのことで、乙松にとって無上の楽しみだった。
翌日の朝、乙松は雪だまりのホームの端で、しっかりと手旗を握り口に警笛を銜えて倒れていた。今はキハ12の座席に安置されていて、気動車は満席になっていた。
久し振りに仙次が運転席に座り、出発、進行と喚呼した。
ラブ・レター(偽装結婚した見知らぬ出稼ぎ外国人の妻から貰ったラブ・レターに感動する男の話)
裏ビデオ屋の雇われ店長の高野吾郎は十日間の拘留から起訴猶予で釈放された。
さっき挨拶した保安係の刑事から、お前のかみさんが死んだそうだ、死体を取りに行けと言われた。
知人の社長から頼まれ、戸籍を貸して偽装結婚した出稼ぎ外国人の女が死んだのだ。
その社長に挨拶して、若者を付けてもらい、死体を引き取りに千倉まで出かけた。社長から、死んだ偽装妻の手紙を受け取ったが、その中身には感謝の言葉が連なっていた。
警察、病院へ行って死体を引き取り、病院で貰った死人の荷物の中に吾郎あての純情な人間味溢れる思いもしないラブ・レターが入っていた。
吾郎は本当の妻が死んだ気持になって遺骨と故郷に帰る。
悪魔
悪魔のような家庭教師が小学5年生だった僕の家にやってきた。
その時から、全てが壊されていった。祖父の死、母の不倫、父の暴力と家の没落、減っていく使用人、家は潰れてしまった。
その後、僕は親戚の家に引き取られ、安息の日を手に入れた。
(何を書いているのか意味の分らない作品だった。)
角筈にて(自分の運命を淡々と受け止め、真っ直ぐな気持ちで生きていく男の生き方の感動作品)
貫井恭一は出世の道を完全に閉ざされた左遷で海外への転勤となった。
惨めな育ち方をしたが、東大を出て商社で栄光の歩みの中にいた今までが奇跡かと思われるほどだった。
その送別会の帰り、失踪した父の幻影を見て、子供の頃を思い出した。
幼い頃、歌舞伎町の一角がまだ角筈と呼ばれていた頃、父と二人で寿司を食べ終え、バスで2つ目の父の従兄の家に行くように言われた。
父が一緒になろうとしている女を、一度も綺麗と思ったことがなかったが、あの人がお母さんでもいいよ、あの人は若くて綺麗だし、そうしてよ、とまで言ったのに、あの人が嫌っているからと無理に伯父の家に送られた。子供の幸福のために父は帰ってこなかったのだろう。
深酔いして帰宅し、妻に思い出した昔話をした。伯父の子のはとこの久美子が今の妻だ。
伯父さんはどうしておれを籍に入れてくれなかったんだろう。久美子が私と一緒にさせたかったのかもと言う。
久美ちゃんに詫びなければならないことがある、父親になる事が怖くて子供をおろさせた事だと声をしぼって泣いたりしたが、久美子は恭ちゃんの気持は解かっていたと慰めた。
成田に向うタクシーを止めて妻を残し神社のお札を買いに立寄った。
参道の向こうに佇む父を見た。そして、父から、お前を他所の子にしたくなかったので、苗字を変えてくれるなと伯父に言ったのだ、そして、久美ちゃんを嫁にしてずっと親類でいてやってくれといったと聞いたように思られた。
久美子がお札はと後を追ってきた。恭一は始めて久美子と呼びかけて肩を抱いた。
加羅
ファッション・メーカーの営業部員としてトップセールスを記録していた頃、同業者に紹介されて営業に向ったブティックの美しいオーナーに出逢った。
好みの美人だったので、普通の取引をしていたが、紹介した同業者は道楽オーナーと見て嵌めての荒稼ぎをしていた。それを見て、他の同業者が女の生き霊を信じるかと問うと、同業者はくだらねーと言う。
その数日後、オーナーを嵌めて荒稼ぎしていた同業者は自損事故で死亡した。
(「悪魔」と同じく人に伝えるものが何もないような小説に思えた。)
うらぼんえ
ちえ子には帰る家がなかった、から文章が始まっている。
若くして父母が離婚し双方が再婚して親権を放棄し、祖父母が親代わりになった。大学三年の時に最後の身内の祖父も亡くなり、マンションの家賃も払えず、帰る家がなくなったのだ。
薬学科を卒業したちえ子は地方の素封家の次男坊の医者と結婚した。
ちえ子は奨学資金の返済が終わるまで仕事を続けたいので子供をつくらないことにしていたが、その間に夫が勤務先の看護師に妊娠させていた。
そんな時に、夫の故郷へ新盆で帰郷した。
舅や義兄・兄嫁は女に子供ができることを知った上で、夫と一緒に、ちえ子を子供ができないから離縁させたいと思って、悪いようにしないので考えてくれと言う。ちえ子がわかりましたと言ったことで夫以外の三人は承諾したと思ってしまった。
そんな中、迎え火に彩られた煙の中を育ててくれた祖父が歩み寄ってきて、ちえ子の味方になり、夫の実家の人たちと話し合いをしてくれた。
その結果、涙を流しながら理不尽な自分勝手な実家の中の夫なんか此方から追い出したら良いと言って励ましてくれて行ってしまった。
ちえ子は、(理由不明) 突然、心から子供を生みたいと思った。
(離縁も良しとする夫の子供を生みたいと変化したちえ子の気持が解からなかった。)
ろくでなしのサンタ
柏木三太は起訴猶予でクリスマス・イブに釈放された。刑事から年に一度のかき入れ時だとからかわれて警察を後にした。
身柄引受に来た母親から小遣いを貰い先に帰らして、クリスマス・プレゼントを買い、雑居房に残っている友人の家族の家の前に、さっき買ったプレゼントを置きチャイムを押して、メリー・クリスマスと二回ほど叫んで急いで家の前を離れた。
オリヲン座からの招待状
祐次と良枝は高校生の子がいる夫婦だが、現在はどちらも不倫していて別居中だ。二人は中学時代からの友達で、オリヲン座の映画館の映写室で仲良く映画を見ていた仲だった。
西陣で最後の一軒になるまで頑張っていたその映画館が、館主夫婦の老齢からとうとう閉館することになり、祐次夫婦に最後の映写招待状が来た。祐次夫婦は故郷が懐かしくなり日帰りの予定で久し振りに帰郷した。
オリヲン座の館主は、元は真からの映画好きのそこの映写技師だったが、先代が亡くなる間際に、閉館したくないので歳はだいぶ離れているが女房と一緒になって映画館を継続してくれと強く要望されたとのことだった。そのため子供にも安心して見られる映画館で、そんなところから、祐次夫婦も通い続けたところだった。
館主は、最後の映写に先立っての挨拶の最後に、今夜の上映フィルムを一緒に決めたつれあいが今朝亡くなり、通夜の席となったと報告した。
子供の時のように映写室で見終わった祐次夫婦は、館主の見送りを受け、予定を変更して京都に一泊することにした。
以上