T.NのDIARY

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1179話 [ 「五郎治殿御始末」を読み終えて-2/2- ] 10/25・日曜(晴)

2015-10-25 11:07:25 | 読書

[柘榴坂の仇討]

「内容紹介」

 井伊大老が桜田門外の変で斬殺されたのに、駕籠周りの近習・志村金吾は無傷であったことから、御禄預りとなり、罪をそそぎたくば刺客の首級を挙げよといわれた。

 13年間、逃亡者を検索したが見つからず明治の御世になった。元旗本から、廃藩置県や仇討禁止令などの時の流れを感じて、仇討は止めろとの説諭もあり、逃亡者の一人に遇った時に、金吾は仇討はすべきでないと心から感じて、お互いに苦しみを越えようと言う。そして、金吾は、それまで酌婦をして苦労をさせていた妻と新たな人生を歩むといった武士の人情話。

「登場人物」

 志村金吾: 元彦根藩士で、桜田門外の変での大老井伊直弼の駕籠周り近習役。

 直吉:    本名、佐橋十兵衛。桜田門の変の刺客のうちの逃亡者の一人。

「あらすじ」

 雪が降りしきる朝、桜田門外で藩主井伊直弼が斬り殺された。「討ち取ったり」の声に、藩主の傍らを離れていた駕籠周り近習の志村金吾は振り返り、脇差を握った手をだらりと垂らしたまま、やがて腰がくだけ、水たまりに両膝をついた。金吾の魂は天に飛んでしまっていたのだった。

 駕籠の左側を警護していたもう一人の近習は斬り死にした。右側警固の金吾は手傷も負わず、お駕籠を離れた雪の中に呆然と蹲っていた罪は重かった。 詮議の声が甦る。

 『もはや切腹など許さぬぞ。父が腹を切り、母者までもが喉をついたるは、うぬが身代わりじゃ。御禄召し上げのうえ放逐の儀は、父母の衷情に免じて御禄預りとする。罪をそそぎたくば、騒動に関わりたる水戸者の首級の一つも挙げて、掃部頭様の御墓前にお供えせよ』

 おのれのとるべき道は仇討のほかはないと悟っていたから、詮議のあった夜のうちに上屋敷の長屋を出て、刺客一味の探索のため、江戸市中の貧乏長屋に潜むようにして暮らしていた。そして、彼の妻は、場末の酌婦をしながら生活を支えてくれていた。

 どれか一つの首を取ることは決して難しいことではあるまいと思っていたが、本懐を遂げぬままに時は移ろい、明治の御世がやってきて、明治6年、あの桜田門外の変から13年の歳月が流れようとしていた。

 小雪降る2月、金吾は昔の知人の紹介で、あの事件を起こした刺客のその後のあらましを知っているという警視庁を退職した元旗本の秋元和衛を訪ねた。

 秋元は、旧評定所の書付を調べたり、自訴(自首)した者の吟味に立ち会った時の状況を思い出したりして、事件に関わった18名の刺客のその後について話してくれた。

 『その場での斬死が1名、自刃が4名、自訴し切腹を許されたものが8名、逃亡が5名、いずれも国を憂うる無私の心情からでた行為の国士であった』と。

 金吾は、大老を誅した者に切腹を申し付けるとは如何にとか、逃亡者は国士でなく卑怯者だと反論した。

 秋元は、この男はおのれの上にだけ時が止まっていることに気がついていないと思い、『志村殿。彦根藩なるものは、もはやこの世には無いのだぞ。何故仇討にこだわる。家禄も旧に復するはずはなく、汚名が返上されるわけでもあるまい』と説諭した。

 しかし、金吾の心から仇討が消え去っているように見えず、秋元は、先日知り得た逃亡者の一人の消息を教えなかった。

 それから数日たった日、雪で真っ白に染まった夕方の新橋の駅頭で、先ほどまで、数日前の新聞の「仇討禁止令」太政官布告を読んでいた車夫・直吉の前に、散切頭に二本差しの男が立った。事件の逃亡者と見た金吾である。

 人力車に乗った金吾が行き先を言わないので、直吉は、桜田門外の変の警固をしていた元彦根藩士ではないかと思って、「雪見でござんすね」と言って、柘榴坂に向かった。そこは、昔、各藩の屋敷があり、直吉は自訴できず死に遅れた場所である。

 途中の話の中で、お互いの正体をはっきりと知り、名乗り合う。直吉は佐橋十兵衛と名乗る。

 柘榴坂の途中で、金吾は車を止めることを命じた。十兵衛は梶棒を下ろして雪の上に座り頭を出して、『そこもとの執着、頭が下がり申す。存分に本懐を遂げられよ』と声が唇を震わせた。

 しかし、金吾は、『立合わぬか』と言い、わしは脇差でよいからと、自分の太刀を十兵衛に渡した。

 十兵衛は、今さら人殺めるのであれば、おのれが死にたいと思っていたし、雪の中に佇む金吾の姿にも、戦う意思がいささかも感じられなかった。

 十兵衛は、13年もの間、一点の陰りもない魂を持ち続けた侍に本懐を遂げさせようと、先に自らの喉を掻き切って自死しようとした。それを見ぬいた金吾は十兵衛に体当たりをして押し倒し、胸倉を締め上げた。

 そして、金吾は、『あの時、掃部頭様は仰せになった。かりそめにも命を懸けたるものの訴えをおろそかには扱うな。よしんばその訴えが命を奪う刃であっても甘んじて受けるべきだと思われたのじゃ。おぬしら水戸者は命を懸けた。だからわしは、あるじの仇といえども、おぬしを斬るわけには参らぬ。どうか、そなたも今の苦しみ乗り越えてくれまいか。わしもそうするゆえ』と言う。

 やがて、金吾は、苦労をかけた妻が酌婦を務める酒場に行き、仇討禁止令が出たと喜び、この先は、車引きでもすると告げる。腕が千切れ足が折れるまで、この妻に報いていこうと決心していたのである。

                                              

                                     (終)

  

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