T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

「弥勒の月」を読み終えて!ー4/4ー

2012-12-17 13:38:43 | 読書

「第八章 終の月」

 --信次郎は、吉田の姿を長い間、詰め所に見えないので、

                   組屋敷を訪ねることにした。--

 与力からも、吉田敬之進は質の悪い病にかかっているようなので見舞ってやれと言われた。信次郎は吉田の病からだけでなく、おりんの事で確かめたいことがあったからだ。

 『それは、ずっと喉元に引っ掛り、息の出入りに障る様な疑念だった。喉元から上がってこなかったそれが徐々に形になり、今、掴めそうになっているのだ。』

 信次郎は、おりんが自身番に引き上げられた日に、詰め所で吉田と交わした会話をもっと早く思い出すべきだった。遠野屋に振り回されて、周りに気を配れなかった。俺としたことがと思っているのだ。

 途中、伊佐治が調べた源庵のことを話す。

 源庵は里耶家の住込み弟子となり、養子になった。先代は吉田の屋敷の土地を借りていた。

 先代夫婦が相次いで亡くなり、源庵の名と家業を継いだ。今は北の橋の近くに居を構えている。

 先代源庵は、遠野屋の先代が店を構えたころからの付き合いだったようで、清之介の婿入り祝言を上げたころは、今の源庵の代になっており、先代の遠野屋を看取っている。おりんも、母親のおしのの薬を貰いに来ていたので、そんなところから源庵との繋がりができていたと思う。

 そして、朝顔は腹の薬になるとかで、今の源庵の家の庭に夏かなり咲いていたそうで、自分が調べたところ、その庭には人に見咎められずに出入りできる造りになってますんです。

 信次郎が、伊佐治相手に独り言を言って頭の中を整理した。

 吉田さまも弥助も良い医者に出会ったと喜んでいたな。

 源庵は、清之介がまともな商人になってもらっては困る訳があったのだろう。だから、要のおりんを殺すことにした。

 その為、清之介を追いかけてきて、清之介が商いの道を覚えるのに必死なことをいいことに、容易におしのたちを信用させて、遠野屋の掛かりつけ医者という家族の内情を知りうる立場にまんまと収まり、おりんが体の事で悩んでいたことも知ったのだと思う。

 そして、おりんは、源庵から、儂の手だてに従えば子ができる。この朝顔の種を植えておいたら、次の夏には子を抱いて亭主と一緒に朝顔を眺められるとでも、儚い望みを持たされたのかもわからない。その手だては、満月の夜に川に飛び込めば子が授かるとでも、源庵から暗示をかけられたのかもわからないと。

 ーー吉田家を訪ねると、家の小者と老女が殺されていた。

 惣助の斬られ方と同じく、真正面から一太刀で斬り殺されていた。信次郎も吉田から手ほどきを受けたほどの使い手であった。

 惣助は、臨時廻り同心の吉田から、おりんの下駄を持ってこいと命じられたのかもしれない。

 惣助殺しを見られた弥助を生かしておくわけにはいかなかったのだ。

 家の中には、白い猫も胴が真っ二つに断ち切られていた。おりんの片方の下駄が枕元に転がっていた。

 吉田さまは、狂っていたのだ。我慢できないほど人を斬りたくて堪らなかったのだ。源庵は吉田の狂気を凶器として操っている。

 『凶器をさらに深め研ぐために、稲垣屋を殺させた。飢えた獣に少量の肉を与え、さらに飢えを強めるように。』

 --伊佐治、源庵の家を案内しろと信次郎は走った。

 『里耶家の玄関は暗かった。廊下の奥も暗い。そのまま奈落に通じるかと思うほどに暗い。先に姑の薬を取りに来ていた清之助が襖戸に手を掛けて開けると、そこにはどこよりも濃い闇があった。闇から、微かな、しかし、鋭い音が起こる。身を交わした清之介のすぐ傍らの襖戸に簪が突き刺さった。」

 宮原家の庭でお目もじしました。昨夜はお許しくださいと言う。

 清之介は、何故、りんを殺したと問う。

 「忠邦さまは、あなたさまに闇を統べよと仰せになった。しかし、商人の真似事にうつつを抜かしておられる。清弥殿、闇は闇、どう足掻いても光と交わることはできませぬ。我々を統べ、闇に生きてください。」

 清之介は、断る、今の俺の望みは遠野屋を護り通すことだと言い、どうやって、りんを殺したかと再び問うた。

 「りんは、小娘の頃、子を孕んだことがある。三月で流したが、その処置は先代の源庵が引き受けたことを先代を殺す前に聞きだした。おりんは、おまえと夫婦になり子が欲しいと思い、願掛けや祈祷にも回った。儂は薬を処方し、眠るおりんの耳元で、満月の夜に川の水をくぐり身を清めて生まれ直せと幾度も囁いた。刀だけが人を殺す道具ではない。言葉もまた、人を殺せる。」と源庵が答えた。

 吉田が納戸の戸を開けて、抜き身を片手に下げて入ってきて、ぶつぶつ呟いた。

 源庵は、『この男はすでに狂っている。儂が、こやつの狂気を外に出す手助けをしたのよ。弥助の心の臓を儂が薬で止めたのに、死体を切り裂かねば済まないほど狂っているのだ。稲垣屋もその狂気の餌にしてやったのだ。清之介、この男が、救った小娘は自分の好きなようにしてもよいものだと、おりんを手籠めにしたのだ。この男の凶刃が躱せるかな。』と言う。

 清之介は、商人として生き延びねばならないのだと闘う。

 「止めろ、遠野屋。殺しちゃなんねえ。」清之介が振り下ろした刀を止めながら信次郎が叫んだ。

 「殺すな、清弥、殺すな。」兄の言葉が重なる。背後で殺気が燃え立つ。

 信次郎は、清之介の体を押し倒し、前に飛び出した。渾身の力で闇を裂く。どたりと思い音がした。

 吉田さま、何故、このようなことをと、信次郎は吉田の肩を揺する。

 吉田は、『おお、信次郎、励んでおるか。人の一生はつまらぬ。泥のように生きて、泥のように死ぬだけだ。つまらぬ。』と言って、まだ何か呟いていた。

 しかし、信次郎は、吉田の顔が狂人のそれから慈愛を含んだ柔らかな笑みに変るのを感じて泣きたくなった。

 『遠野屋がふわりと立ち上がり、引きずるような足取りで出ていく。外には闇があった。月明かりのない道をずるずると歩く。俺は、どこに帰るつもりなんだ。

 信次郎の何処へ行くの声にも振り向かない。ただ、歩く。』

                                      終り

 

 

 

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