T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

「弥勒の月」を読み終えて!ー3/4ー

2012-12-16 09:26:42 | 読書

「第七章 陰の月」

 『いつの間にか行灯の火が消え、文目も分からぬほどの暗さに包まれている。火鉢の炭も燃え尽きたらしい。自分は幼い時から闇に慣れていたようだ。僅かな星明りで視界の隅に蠢くものが何かを見極めることが出来た。闇を射抜く視力は天性のもので、更に修練を積み磨いてきた。その力が少し衰えた気がする。光に慣れてきたのだ。光に慣れた目は闇を拒む。厭うのだ。闇の視力が衰えたと感じた時、清之介は独り静かに笑った。おりんは、清さんは、よく笑うよねと言った。そのおりんが、今死ねるなら、私本望よと言ったが、俺は、生きて一緒に年をとるんだと言った。俺は確かに弥勒の裳裾を握っていた。』

 手代の信三が呼びに来て、廊下から障子をあけた。

 『肌に痛みが突き刺さった。先鋭な切っ先が掠った様な鋭い痛みが走る。目には捕えられず、形もない刃が襲いかかってくる。月の光さえない暗闇から、殺気が刺さる。視線を、重圧を、鋭利な気配を感じる。清之助はとっさに屈みこむ。戦ってはならぬ。殺気など感じてはならぬ。俺は何処まで商人になりきれるか。抉るように凶器は肉の中で一回転し、引き抜かれた。激痛が身体を真っ直ぐに貫く。

 おまえが俺の女房を手にかけたのか。近くで微かに笑い声が揺らめいていた。』

 清之介は、肩を手で押さえて立ち上がる。足の先に硬い物が触れた。先ほど背中にぶっつけられた物だ。拾い上げると、おりんの下駄だった。

 肩口の疼きが漣のように身体の中に広がり、その痛みは思考を妨げ、気を挫く。清弥どうすると問うてくる。

 --闇の殺し人だった頃のことが頭を巡る。ーー

 清弥は武家の名門・宮原家の三番目の男の子として妾の腹から生まれ、その母はすぐ始末された。

 清弥は闇の殺し屋として幼児から鍛えられた。剣の技だけでなく、一晩中真っ暗の闇を凝視することを強いられた。

 15歳になった時に、父の忠邦から、手始めに自分を育てた老女を斬れと命じられた。

 藩のためだと、次々に要人の殺しを命ぜられ、ある時、儂の闇に動く者達を統べよと言われ、跡継ぎの兄を斬れと告げられた。

 清弥は、兄に打ち明け、兄が父を斬った。そして、兄は、金子と必要な書付を用意して、人として最初から生き直せ、今までの事は全て夢として忘れ、武士を捨てて新たな人生を生きるんだと自分を脱藩させてくれた。

 --信次郎と伊佐治は弥助の長屋で弥助の娘・お絹を見た。ーー

 弥助の行き方知れずの報を聞き、心配して、娘のお絹が長屋に来ていた。

 お絹から父親は癪もちで苦しんでいたが、良い医者から痛み止めの薬を調合してもらい少し良くなったが、今度は、心の臓の具合が悪く息が切れるとぼやいていたと知らせてくれた。

 信次郎たちが、その薬を探していたら、紙包みを見つけた。薬は見つからなかったが、薬草の匂いのする紙には、弥助の字で「あいのふ(藍の斑)」と書いてあって、中には朝顔の種が入っていた。お絹から、父は朝顔が好きで朝顔売りから度々買っていたと涙を流していた。

 --次の朝、夜鷹蕎麦の弥助の死体が北の橋近くの叢で発見された。

 惨たらしい死体だった。両方の肩口から脇腹にかけて交差するように二筋斬られ、真一文字に腹も割かれていた。そして、血の出かたから見て、死んだ後から斬られたのではないかと思われた。

 信次郎は、弥助の死体は何処からか運ばれてきたものだ、朝顔が咲いていた家でおりんや弥助が出入りしても見とがめられないような家を探せと命じた。

 --そこへ、遠野屋がやられた。

    店に出られない怪我を負っていると下っ引から知らせてきた。ーー

 肩口を見る信次郎に簪でやられたようだと遠野屋が言う。店の簪が一本無くなっていた。

 夜鷹蕎麦の親父は見つかりましたかと、弥助のことを聞く遠野屋に、信次郎は、滅多斬りだ、二度殺されていると答えると、遠野屋が、お願いがある、この一件から手を引いてくださいと言う。信次郎は、調べ直せと言ったおまえが指図するのかと鼻で笑った。遠野屋は再度『けりは、それがしが付ける。貴公はこれ以上お手出しめさるな。』と言う。

 --おかみさんが目を開けた。旦那様に会いたいとの知らせがあった。ー

 信次郎たちも病人の座敷に急いだ。

 『おりんに、子を産めと……孫が見たい、診てもらえ。……あのことは気にせずに、子を産めと、…』と涎が糸引く顔で、おしのが言うが、信次郎は、後の意味が解らないと付き添いの女中に聞くもはっきりしない。

 そこへ源庵が到着した。診察後、一生、呆けたようになるだろうと言って、後から薬を届けましょうと言う。

 遠野屋がゆっくりと首を振って、私が戴きに上がると言う。源庵が、「主人が、わざわざお出でになるのですな。」と深みのある声で念を押し、時間まで聞いた。

 

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