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筆者:どんびき(地域によりカエルの意)

戦いの日々へ

2023-04-05 21:35:20 | 日記
会社の会計年度とは別に、世の中的な新年度が始まった。
現場が変わって一か月半が経ち、そろそろ基本的なことはつかめてきた中でギアを一段上げて臨んでいるここ数日ではある。

今日は、当日出荷分はもちろん明日以降の大口出荷の準備もあった。
以前の現場では当然ではあるが当日分を優先するように教えられていたので、意気揚々と伝票をかっさらって出荷作業をしていた。
すると、現場の某ベテラン女史が「まだ量がたまってないから今日の分は後でやれ」と言ってきた。
いやいや、分量が多かろうが少なかろうが当日の分から出していって何が悪いのだと思っていたところ「あんまり早々と作業が終わったらやることがなくなる」と言い出した。
仕事なのだから早く終わって損なことなど何一つないとは思うが、今まで自らがコントロールしていた段取り的な部分に触れられたのが気に障ったということらしい。

その後もあまりにネチネチと言ってくるので、「(私のことが)気に入らないんだったら(以前の現場に)追い出せや!」と言ってやったらそれ以上は何も言い返してこず黙りこくってしまった。
この女史が他人のやり方にしつこく口出しするのは、職場にとっていいか悪いかという次元ではなく単に自分が気に食うか食わないかという次元からであり、指導の名を借りて他人を攻撃することが目的という意地汚いものであることがバレたから何も言えなくなったということであろう。

今の現場に移ってきてからひと月半経ったが、私自身が間違った品種を出してきたとか間違った数を出してきたとかという場面はただの一度もない。
以前の現場も含めて一年半の間にあっても、自分が関わった作業で外に響く間違いをしたことはやはり一度もない。
新しい現場で最初から余裕しゃくしゃくなどということはさすがにあり得ず、出荷作業と直接は関係のないポカはあるものの、仕事そのものではミスはしていない。
新しい人間が来たからと指摘したくてしょうがない人間ばかりの中、これまで指摘されたのは「品種と数を間違わずに出す」という仕事の本質とは別なこと(ラベルの貼り位置やほんのわずかなモノの置き方のズレなど)ばかりである。
仕事の本筋でどうやっても間違ってこないため、何か言ってやろうとささいなことでもをつかまえようとしている姿はいかにも哀れと言わざるを得ない。

新しい人間というのは何らかの洗礼にさらされるのは世の常とは言っても、私自身があまりに材料を出さないために、最近は物理的な嫌がらせを受けるようになった。
私が包装し終わった製品の袋にカッターで穴を開けたり、モノを私の指の上に置いたり、私が作業しているフロアの電気を黙って消されたりなど、いまどき小学生でもやらないような陰湿な行動がここのところ連続して起きていた。
嫌がらせをするしかないのは、新しく来た人間にこれまでの「自分たちの空気」を乱されたくないという意識が強く働いている。
どうかすれば、今までやっていた仕事を昨日今日来た人間に丸ごとさらわれるのではないかという恐怖心がそういった幼稚な行動に搔き立てるのであろう。
いずれにしろこういった行為は私を仲間としては認めない、言い換えれば敵対行為である以上、それなりの対処をさせていただくとしか言えない。
戦うとなれば、私はあきらめが悪すぎる性格ゆえ戦うこと自体を決してやめないから、申し訳ないが彼らは戦う相手を間違えている。
戦いとは、当事者のどちらかが、とある行いを敵対行為とみなせばいとも簡単に始まってしまうので、私自身は人間には争いは付きものという考えであり、争いごとはとにかく良くないことだからやめようなどという偽善はとても口にできない。

私自身は何もかもかっさらってやろうなどという気持ちなどサラサラないが、結果的にそうなるのは、朝一番職場に入って仕事の準備を整えるのが誰よりも早いからである。
準備さえ整えば、伝票が出ていればすぐに作業に取り掛かれる。
商売道具を準備するのに時間をタラタラかけておきながら、私ごときに伝票を持っていかれて不満顔というのは自らの無能ぶりを告白するようなものでまったくお話にならない。

今日の昼にはたまたま事務方を仕切る女性が現場に現れたので、現場の管理者である若い社員さんも同席のうえ、今の現場の異常すぎる実態をひとしきり訴えた。
事情の分からない他人をつかまえて偉そうにふるまっているメンバーばかりだが、今の現場は昨年一年間で間違いをつごう11回も起こしている。
客観的に見ても二つの現場合同で話し合った手順さえ守っていれば間違いは起きないようになっているとは思うのだが、自分がルール、自分が正しいというばかりの我が現場のメンバーは今でもそのルールを守らずに仕事をしている。
結果だけで言うならおよそ考えられないレベルの未熟な現場なのだから、本来は他人にとやかくモノを言えたものではない。

1年半何一つ間違いを起こしていない人間が新しく来ると聞けば、私だったらどういうふうにやって間違わなかったのか聞きに行くと思うのだが、カビの生えたようなプライドばかりの我が現場のメンバーはそういう人間の足を引っ張ることしか考えない。
およそ人間と呼べるだけの理性は備わっておらず、言葉を選ばなくていいならばせいぜい未開人レベルというのが残念ながら現状の我が部署ということである。
未開人に戦いを挑まれて負けるはずもないが、戦いたいというなら大いにやってやろうと思うのである。

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マシはマシ

2023-03-07 20:48:03 | 日記
例月の振り返りをすっ飛ばしてしまうほど、ここ2週は新しい環境に慣れるのに必死だった。
3週目に入った今もそれは変わらないが、以前の現場と比較して明らかにヒマなのと、曲がりなりにも会話があるだけ気分的にはラクである。
それでも3週も経てば最初は見えなかったものがだんだんと見えてくる。
所属する人間についてもそうだし、会社としての今の現場の位置づけのようなものもそうだ。

2つの現場に共通して高齢化が進んでいるので、年齢的な制約から今年限りで終了、もしくはいられてあと2年か3年という人が合わせて3人くらいいる。
今はそういったベテラン勢が中心になって現場を回しているものの、やがてはその人たちもいなくなる。
時間的に急を要するのは今の現場なので、私が急遽移った理由もそこにある。

せっかく現場が2つあるから、1つしか知らないよりはどちらも知っていた方が得である。
以前の現場では、1年あまりの間にさんざん大暴れして誰も近寄ってこなくなったため、半分以上は「厄介払い」的に追い出されたのだとは思うが、どちらの事情も知るとかどちらの現場の作業もできるとかになって損なことは何一つないし、以前の現場はロクな会話もなく暗い雰囲気だったため個人的にはちょうどよかったと言える。

今の現場は何でも話せる雰囲気なのは大変けっこうなことなのだが、会話の中身がお世辞にも品があるとは言えないものも多く、中にはただただウンザリというしかないものもある。
あらかた誰でも知っていそうなことを自分だけの知識のように吹聴するとか、個人の感想に過ぎない事柄を延々と演説するとか、およそ聞くに堪えないので無視するのが一番である。
今までもさんざん出会ってきた「心に穴があいた人」はどこに行ってもいて、手段は違っても本人たちはその穴を埋めるのに必死で周りのことがまったく見えていない。
汗が出るほど熱弁したところで聞いている方には何の影響もないどころか、貴重な休憩・待機時間を不快にさせていることに彼らが気づくことはない。

私という人間のついでにかどうかは知らないが、以前の現場に置ききれなくなりあぶれてしまった製品が大量に今の現場に押し付けられてしまっている。
あくまで管理者氏の考え方ではあるが、私から見て以前の現場が主で今の現場が従のような扱いになっているように見える。
わずかな距離とはいえ、現場どうしは少し離れているのでこちらには偉い人はほとんど来ないからこの点でもラクではある。
私が以前の現場にいた時は今の現場にちょくちょく顔を出していたという管理者氏も、私が移ってきてからは全くと言っていいほど来なくなった。
それはそうだ、何を言っても腹の内を見抜いてその場でひっくり返してくる人間(=私)がいるところに行くのは気が進まないだろう。

モノは一流ヒトは三流と言わざるを得ない会社にあって、アタマを抱えるような事態は毎日のように起きるしこれからも起きるだろう。
しかし、地場優良企業様の正社員様はいわゆる「上級国民」であろうから、私のような下級国民より仕事ができなかったところであまり深刻には考えない。
非正規社員と言い合いになり力ずくで突き飛ばしてケガを負わせてもクビや左遷になるどころか何の処分もされない「正社員天国」ではそれこそ毎日がウンザリの連続であろう。
さりとてまだまだ現役で働きたいし働かなくてはならない身、どこかで折り合いをつけるよりない。
あまり過大な期待をしたところで裏切られるだけなので、これからもあくまで自分が納得いくように日々の仕事に励んでいきたい。

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何とか一週間

2023-02-24 22:52:46 | 日記
月曜から新しい現場に移って、最初の週の仕事が終わった。
木曜が祝日だったため稼働日としては4日間、だからといってラクだったわけではない。
いつもなら木曜に出せばよい大口の送り込みは前倒しで水曜になるなど、一日一日の密度は濃くならざるを得なかった。
そんな状況の場所に新しく行って大丈夫かとは思ったが、伝票のフォームが変わるわけでもなく、手順が変わるわけでもなく、扱う製品が違うというだけで今までの経験はそのまま生きた。
もちろんこれまでと勝手の違うところはたくさんあるが、慣れてしまえば何とかなるレベルの話で、さしあたり今後に関しては大きな心配はない。
事故やケガ、ミスなどもなく順調な滑り出しができて何よりである。

今の現場では、何はともあれ会話がある。
モノが言いにくい人もいないし、仕事ができないクセにいばっている人もいない。
分からないことは聞けば親切に教えてもらえるし、ホッタラカシには決してされない。
当たり前かもしれないが、とにもかくにも仕事に関しては前向きな人ばかりなので居心地はいい。
会話の中身はお世辞にも品がいいとは言えないし、私からすればあらかた知識のある事柄を延々としゃべり続ける人もいるから正直うるさいくらいだが、普段は暑い寒いの話すらなかった前の現場とは大違いだ。

前の現場では、仕事に慣れるにつれいろいろとアイデアもわいて、あれやこれやとウルサイ人間であったからずいぶん恨まれてしまったかもしれない。
管理者氏からすれば厄介払いができてセイセイしているところだろうが、私が抜けた分はそのまま一名減となったため、今週の仕事の進み方は悲惨なものだった。 
その日のうちに出た伝票はすべて片づけるのが当たり前だったのに、今週のさるミーティングの場では先日付のものが未処理のままで分厚く残っていた。
たった1人抜けただけなのにずいぶんとスピードダウンするものである。
今月の在庫カウントでは差数が出たというが我が現場には関係がなさそうだったので、人員減の影響で余裕がなくなっているのだろうと思う。

そもそも現場の指揮監督をする立場の人間が、小売業の店長のごとくに「管理だけ」になっているのが問題だ。
小売の店長は場合によっては距離の離れた4つとか5つの店舗を同時に任されて現場の作業に入るヒマなどなく帳票類に目を通すだけで滞在時間も長くない。
しかし、今の職場は現場は2つで、距離的にもお互いに窓から見えるような位置にあるので実質は同じ場所である。
そんな現場の状況で、いちおうは会社に選ばれて入った社員様が管理だけというのでは、作業もしないでどうやって時間を使うのか逆に疑問である。

我々にはない会議や交渉事があることは理解するがそうひんぱんなものでもなかろう。
毎朝、現場を不在にする言い訳ばかりを聞かされるコチラとしては、イザという時に果たして代わりが務まるのかと思う。
社員はあくまで作業者のバックアップというならそれもよかろう。
しかし、バックアップというからには、日頃作業を任せている人間たちと同じかそれ以上の作業能力がないといけないが残念ながら我が社の社員様にはそれがない。
仕事の指示ひとつにしても、〇〇さんからお達しが…などと上の人の名前を使って言ってくるものが多く、要は自分たちではアタマをひねって考えていない。
アタマをひねることができないということは、申し訳ないがすべてが「やらされ仕事」で自発的なやる気は皆無、言い換えれば後ろ向きで日々にあたっているということであろう。

個人的には、そんなやる気のない人間の顔を見る時間がかなり短くなったので精神衛生上もこれまでよりは良くなった。
今の現場は主に子分の若い社員が管理しているが、上が上だけにやることもそれなりで何ら頼りにならない。
今や会社にも目を付けられ無理難題を押し付けられ放題になっている管理者氏の下となるといわゆる「上司ガチャ」では大外れだ。
しかしこればかりは他人があれこれ言ったところで本人が気づかないとどうにもならない。
管理者氏本人はもはやどうしようもないレベルだが、まだまだ若く未来のある子分君のことは少し心配にはなる。

姿が見えるだけで不快になる人間が立場では上にい続けるのは厄介だが、せっかく新しい現場に行ったのだから、今後は少しでも役に立ちつつ楽しく仕事をしていくことを考えながら日々を乗り切っていきたいと思う。

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節目

2023-02-17 19:52:41 | 日記
今週の仕事もつつがなく終わり、夕食をいただきホッとした気持ちで本欄を書いている。
週末は珍しく両日とも予定があって、またぞろ雑然としてきた自室の整理をするヒマがあるかどうか。
増えすぎたものは減らしていくのが理想だが、いつまでも未練タラタラで眠っているだけのものも多い。
どうせ管理しきれないのだからサッサと片づければいいのに、余計な思い出ばかりが浮かんできて延び延びになっている。
仕事となればトコトン合理的にいけるのに、私的なことは理屈では語れない要素がジャマをしてしまう。

さて、仕事の面では今日でもってひとつの節目を迎えた。
来週のアタマから、一年あまり過ごしてきた現場から同じ部署ではあるが場所が違う現場へ異動する。
話としてはひと月前くらいにはあったが、それからの時間は案外早く過ぎていきアッという間に今日を迎えた感じがする。
仕事をする場所が変わるだけなので特に大きな心配はしていない。
次の現場のメンバーとは数少ない機会にもコミュニケーションは取っており、気性の荒さも含め人物像は伝わっているとは思う。
これまで大きな事故や間違いは起こさないでやってこれたので、引き続き自信を持ってやっていきたい。

季節的な要因であまり出荷量が多くならない中、我が現場は大きく変化した。
変化した、というよりは変化させられたといった方が正しいか。
衛生管理上の問題から他部署の製品も小さくない割合で我が現場のスペースを埋めていて、それだけでも管理者にとっては悩みのタネだったところに、今度は遠隔地で管理していた製品が大量に入り込んでくることになった。
ただでさえ悩んでいたところに輪をかけての悪い流れ、少しは現場の責任者として抵抗したのかと思えばそんな気配はまるでなく、あっという間に製品が搬入されて我が現場を埋め尽くした。
すっかり変わってしまった現場はさながら敗戦後の焼け野原のようでもあった。
物騒なことを書いたが、今回の事態は明らかに部署間の戦いであって、我が現場は戦場の最前線となり結果として無残に敗北しほぼほぼ無条件降伏させられたというわけである。

大量の製品を、他部署の倉庫、それも既存の製品をどかしてでも入れ込むなどという話は、入れ込む側の部署でも思い付きでできることではなく前もって計画はされていたと思う。
それにしてもなぜ、出るものが少なく置き場所に例年苦労していると分かっている冬場にわざわざ「無理難題」にも近いことを言ってきたのか。
春から夏なら出るものが多くて場所繰りにも少しは余裕があると分かってなぜ今の季節なのか。
そんな大事なことが、なぜ我が現場や我が部署の人間にとっては文字通りの「寝耳に水」となったのか。
そこの部分が、今回の事態は「戦い」であったことの裏返しなのだろう。

我が現場の管理者は、ある日「上の方と面談がある」と言った。
聞いてもいないのに名前を言うから会社の組織図を見たら、経営サイドまではいかないが上も上、まさに「ラスボス」のような人だった。
上の人にはからっきし弱い氏のことだから、そんな人と対面で会話して対等に渡り合えるはずはない。
「頼むよ!」とダメ押しを食らって「ハイー!」となったことは容易に想像がつく。

そもそもそんなエライさんとの面談、しかも部署の貴重なスペースを大幅に譲ってくれという大事な話にひとりで放り込まれるというところに我がリーダー氏の致命的な弱点がある。
残念ながら氏は、直属の課長さんや、その上の部長さんに「助けてやろう」と思ってもらえてはいない。
これではサラリーマンとしてはもはや先がない。
今回の事態は、極論、会社総出で我が現場のリーダー氏を孤立させ追い詰める工作であったのではないか。

こんなことを書けば「なんてひどい会社」などという反応があるかもしれない。
しかし、これは会社がひどいのではなく、リーダー氏の日頃の行いが招いたと言える。
面倒なことは他人に任せ自らは向上しようとせず、何か事が起きれば周囲を人間の盾にしてでも、バレバレのウソをついてでも逃げ回ることしかしてこなかった。
作業レベルが低いから、他部署の応援はおろか、自分の担当部署の作業でも満足な戦力にはなっていない。
どこに行っても疎んじられるので社内に居場所がなく、仕事のフリだけして社内をウロウロするか、子飼いの後輩君を命令して動かすかくらいしかやれることがない。
それでも時間が余って、時にはトイレにこもって何十分も出てこないことさえある。

さすがにここまでの社員を置いておく余裕は会社にはないので、時期的な要因で弱っているタイミングを狙いすまして、仕掛ける方とすれば絶対に負けない戦いを仕掛けてきたと考えるのが自然である。
結果は、リーダー氏からすれば大敗北となり、社内での発言力は無に等しくなってしまった。
今日も誰もいないところで「こんな会社…」と吐き捨てていたが、いまだに自らの「現在地」が分かっていないのではないか。
ここまでの仕打ちを受けてなお、こんな会社と口では言いながらも袂を分かつ決心ができないというなら、この先は「つらいことだけ」しか待っていない。
目先の苦難はあるかもしれないが、いても何の実りもない環境から思い切って離れる決心が氏には必要ではないか。
私自身の単なる部署異動なんかよりはよほど大きな節目が氏に迫っていると見た方がよさそうである。

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開設記念日

2023-02-07 20:25:18 | 日記
2月7日は当ブログの開設記念日になる。
2007年2月7日開設だから、今日で16周年となった。

無名の小ブログに少なくはないアクセスを毎日いただきありがたい限りである。
記事をひとつ上げればこれまた少なくはない反応をいただける。
今日もそうだったが週の初めは一日中動き詰めになってバタンキューになる日も多く、そうそう毎日は更新できない中でも楽しみにしてくれている方々がいる。
それだけでも続けてきてよかったと思える。

書いている本人からすると、あくまでも当ブログは安全な場所である必要があり、コメントはされないように設定してある。
どんなに言葉を選んで誤解が生じないように気を付けたところで、どうやったらそんな解釈になるのかと思うようなコメントが来る。
残念ながら悪意の読者というものは確実にいて、避けられないのならば最初から遮断した方がいい。
発信そのものは他のSNSでもやっているから、わざわざ当ブログまでを「危険」にさらすこともない。
書く中身がほとんどは日々のウザウザで、書き散らすことでアタマの整理もでき少しは冷静にもなれるから、一種の精神安定剤のようなものだ。

16年分すべてを読み返すことは書いている私でも無理だし時間的にも不可能に近い。
ただこの期間だけ取っても、いろいろな人に出会い,、いろいろな思いを抱えながら、いろいろと悩んだり怒ったりしてきたことは確かである。
良く言えば試行錯誤、悪く言えばドタバタの期間を経て、今は何とか自分の足で立ち、ゼイタクはできないが普通の生活ができ、健康上の大きな問題もない。

もちろん自分だけでは今日まで生きてこれなかったこともまた確かで、何度期待を裏切っても決して見放されなかったことには感謝以外の言葉が見つからない。
せめてせめてそういう人たちを二度と泣かせないで生きていくことが残された人生の唯一絶対の目標ではなかろうか。

命あることに感謝し日々を悔いなく、これさえできれば残りのはその積み重ね、年齢的には折り返しはとうに過ぎたがこれから見える景色が見たこともないような素晴らしいものになると信じて開設記念日の記事を閉じたい。

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裏目を引き続ける人生

2023-01-20 22:13:30 | 日記
今年に入ってはや20日、我が現場の動きは至っておとなしい。
取り扱う物量は週によって前後はあるが、夏場の繁忙期とは比較にはならない。
週の後半にある大口の送り込みを首尾よく完了できれば金曜はほぼタダもらいとなる。
単発的に起こる作業を片づけたり、それでも時間があれば月曜火曜の大口対応で使う空箱を作ったりする。
週の終わりは冒険はせず、事故やケガをなるべく回避することも気持ちよく休みを迎えるためには必要なことだ。

二つの現場を抱える我が部署では、これまであまり人の入れ替えは行われていなかった。
それがここに来て唐突に「作業者の多能化」というお題目の下、私が今の現場からもうひとつの現場に移ることになった。
今の現場での経験も一年以上が経過し、あらかたのことは事細かな指示を受けることもなく整えられるようになり、しかしもうひとつの現場の仕事も知っておいて損なことは何一つないので、私自身が移ることに関しては何の抵抗もない。
部署全体としては高齢化が進んでいて、間もなく私が行く現場の複数名が年齢的なリミットが近づいているため、どうしてもひとりは移らなくてはいけなかった事情もある。

人の動きがからむ話だから、管理者たる社員としては折り入ってという形で全員集合の上で伝達があった。
それ自体は何の問題もないが、いたずらに「(正社員以外の)スタッフの多能化」ばかりを言い募るので、当然のごとくに「社員のレベルアップはどうなるんだ」との質問が飛んだ。

振り返れば昨年の夏場あたりから、正社員のレベルアップを名目に祝日の大口対応は社員だけでやらせてもらいたいとお願いがあり、しかしその数回の機会は見事なまでの段取りの悪さに加え、ある月は出荷されたはずのものが出荷されてなく後日現場から見つかるという信じられないような失態を演じている。
旗だけ掲げて、比較的ヒマな秋冬にレベルアップにつながる活動をしたのかと言えばそんな気配も毛頭なく、著しい低レベルから今の今まで一向に進歩は見られないままである。

そんな人間が上段から振りかぶって我々の多能化を求めてくるなど冗談もほどほどにしろと言いたくもなる。
他人にレベルアップを求めるより、まずは自分の担当現場ですら間に合わない能力を改善する方が先だろう。
自分たちの向上を当初掲げておいて何もしないまま他人の向上にすがるという、議論のすり替えも甚だしいことを平気でやれる人間が我が現場のリーダーということである。

当然の疑問が提示された中で、言葉の上では正社員のレベルアップも一応は約束されたので、必要以上に荒れることはなく話し合いは終わった。
もちろん、彼らの言葉や約束はこれまで幾度となく破られているので誰も本気で信じてなどいない。
それでも彼らとしては話し合いが何とか収まったことで「とりあえずの危機」は乗り越え安心したように見えた。

しかし、彼らのそんな青写真も絶対に実現しないことを私は知っている。
なぜなら、私が別現場に移るという計画がトリガーとなり、私と今一緒に動いてくれているもうひとりの作業スタッフが現場を去ることを心に決めてしまったからだ。

それを知ったら彼らはどうするか。
まず当人を必死で引き留めにかかるだろう。
それでもダメなら、今ある計画を白紙に戻して私が引き続き今の現場で続けてもらえないかと求めてくるだろう。
彼らにとって作業者と一緒になって汗をかくことはプライドが許さないところにもってきて、一緒に汗をかける能力すら持ち合わせていないので日々の現場を回すそもそもの自信がないからである。

もし彼らが求めてきても私は言われた通りに別現場に移ることを主張する。
違う現場の仕事も覚えたら自分がレベルアップできるのだから、行かされる感覚もなくむしろ行きたいくらいだ。
彼らは適当な言い訳をつけながら「やってくれる人間」を確保したいだけで、確保さえできれば後は知らん顔である。
だから彼らの自立を促す意味でも私が残ってはいけない。

彼らは今まで他人を頼り切って向上を怠り続けてきたので、今のままならどこかで破綻する。
実力を付けないまま仕事を続ければ、当然失敗続きになる。
失敗ばかりの毎日の中から何かをつかむ、彼らが進歩するにはそれしかない。
目の前の壁から逃げてばかりだから、何をやっても裏目を引き続ける、二分の一の確率すらことごとく外す人生になっているのだと思う。

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便利な時代

2022-12-14 22:42:17 | 日記
メディアはまたぞろ、第8波の到来を待ち望んでいたかのように騒いでいる。
感染者数がいつまで経っても減らないのは、減ったら減ったでメディアが煽り、心配になって検査を受ける人が増え、その結果引っかかる人も増える、ただそれだけのことである。
我が富山県を例に取れば、新コロによる死者はコロナ禍3年足らずの累計で215人であるが、毎年約3,500人がガンで亡くなっており、残念なことだが200人余りという数字は我が県の1年間の自殺者にほぼ等しい。
単純に考えて今となっては恐ろしい病気でもなんでもないことが分かろうというものだが、今の状況が続いてくれた方がトクをする層がこの騒動を終わらせようとしないために終わらないのである。

我が職場でも実際に感染したり濃厚接触者となったりで休む人が出て、ただでさえ人手が少ない中では日々の仕事を回すことも大変になっている。
実際に感染してしまった人はお気の毒というほかないし人員不足はいる人間で補うしかない。
だが、中にはこの世の中を姑息にも利用しようという輩も現れる。

自らが主催者として開催されるはずだった技能講習会を直前に控えていたある社員は、その3日か4日前くらいに急に会社を休み出てこなくなった。
休んだ理由はいつまで経っても説明されることはなく、当の講習会が過ぎた後でようやく濃厚接触者になったため休んだとの報告があった。
他人の感染もしくは濃厚接触は人前で朗々と発表するのに自分のこととなると途端に口を閉ざして事後報告となったこと、また別ルートから本人がその講習会がプレッシャーになっていたという情報も得ていたので、これはいよいよ心の重荷となっていた会が近づいてきて何とかこれを回避しよう、つまりはズル休みという結論に至った。
新コロに限らず従来のインフルエンザでも判明以後一週間はお休みというのが相場だから、重要な役割であったはずの会から逃げるには絶好の言い訳であったというわけである。

今月に入っては、別の社員がやはり濃厚接触で今はお休み中である。
休む前日には当人の担当部署にとってはかなり痛い事態が判明している。
日頃から製品の保管場所には頭を悩ませていた様子は知っていたが、いよいよ社外に頼むにも限界が来てしまい切羽詰まった様子で相談をする姿が確認できた。
邪推ばかりも良くないが、これまたいよいよメンタルが持ちこたえられる限界が来てしまい、差し当たりの回避策として濃厚接触を言い訳に使った可能性が高い。
人員不足がより深刻な部署を仕切る立場の人間にして、簡単に、しかも一週間も職場を空けてしまうことの意味が果たして理解されているのかどうか。
コロナの世の中を自分に有利に便利に使ってはいないか。

もう冬に入り気温も下がり初雪も観測された我が県だから体調管理については毎朝のように注意喚起はされるのだが、注意喚起している立場の人間が感染したり休んだりすることの方が多いのはいかがなものか。
派遣スタッフの中には、親御さんがそろそろ危ないという段になっても職場の人員を気にして悩んでいた人がいる。
そんな真面目で誠実な人の話を、講習会の司会ひとつがイヤでズル休みをする社員が分かったような顔で聞いている。

我々の立場から何を言っても、我が社の社員は聞いたフリだけして実際は何も聞かない。
上からモノを言われた時だけとたんに低姿勢になり時には鼻水を垂らして泣きじゃくる。
感情に訴えるのは理屈がない証拠であり信用に値しないし、その場限りの反省とやらは3日もすれば忘れられる。
我々のことなどイヌなりサルなりどう思っていようと構わないが、イヌやサルに頼らなくては現場が回せない社員にイヌやサル以上の価値はあるか。
私がしかるべき立場ならこの社員の査定ランクは最低だ。
それでも冬のボーナスがもらえることに感謝くらいはしてほしいものだ。

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どろぼー!

2022-12-07 21:05:51 | 日記
異例の秋期、また初の中東開催となったワールドカップ。
我が国の大健闘はもちろん喜ばしいことだが、スペインとドイツがいるグループリーグと聞いた当初は「死の組」で本当に死んでしまうのがドイツだとは予想できなかった。
この3週間足らずであらためて大舞台の怖さを思い知ったし、今後の8強以降の試合も大いに楽しみたい。

12月に入っても我が現場は平穏に過ぎている。
これまでさんざん社内のあれやこれやを書いてはきたが、ネタの主となるリーダー氏も最近は朝いちばんから掃除で時間をつぶすしかないというありさまでいよいよ社内ニートとなる日も近い。
死者に鞭打つようなことはしたくないので、今後彼についてはあまり書かないことにする。
 
大変残念なことだが、我が課(だけと思いたいが)は極端な社員天国となっていて、パートや派遣などいわゆる非正規にとっては地獄そのものである。
ひとたびミスがあれば我々の立場はガチガチに詰められる一方、社員どうしはまあまあで流される。
何が楽しいのかは知らないが、全体的にヘラヘラとした緩い空気感があって気持ち悪いし、自分たちがラクをするためなら行き先も告げずに現場からこっそりいなくなることもしょっちゅうである。

待遇ということで言えば、同一労働同一賃金は社〇党あたりが好んで口にしてきてはいるが、そんなものは夢のまた夢である。
それでも、同一労働・非同一賃金くらいは、立場の違いがあるからまだ許せる。
今は、社員が非正規よりも明らかに働かないか非正規と同等の作業スキルを持ち合わせていないのに高給を取るいびつな「非同一労働・非同一賃金」がまかり通っている。
働かない者、戦力として不足している者が高給にあずかるのは、どろぼーと言われても仕方がない。

こんな体質だから、派遣で入っていくら顕著な働きを見せたとしても社員に登用されるなどという期待はしない方がいい。
よどんだ組織というのは新しい血なり新しい風なりは決して好まず、これまで培ってきた「自分たちの空気」の中で仕事をしていきたいと考える。
新しい者に自分たちの空気を変えられては困るなどと思っているようでは、自分たちも進歩しない。
ずっと同じ仕事をしていていくら慣れてはいても、日々積み上げるものがゼロであれば何十年やっても進歩はゼロである。
そこのところが分からずただただ立場だけを振りかざして、時には気に入らない人間を排除しようと下手な工作に走ったりするから起こるはずのない揉め事が起きる。

私もすでに若いとは言えない年齢だが、現場で働く人の大部分は私よりさらに上の60前後で入ってきた人が多いから、いくらまじめな働き者でも正社員にはしたくてもできないとは思う。
それなら、比較的若い人が多い事務方の女性の中には年数も十分に重ねて業務にも習熟した人がいるが、その人が社員登用まで行けるかと言われるとそんな気配はないように見える。
ハケンはハケンのままでいてくれという態度の会社と分かれば、今いる当事者たちがすぐにどうこうというよりは、長い目で見ていい人材が残っていかず結果的に先細りを招いてもおかしくはないと言える。

それでも、長く我が現場に君臨(?)してきたリーダー氏の化けの皮がついに剥がれてきて社内的な立場が危うくなってきているあたり、自浄作用としてはまだ残っているのではと思われる。
あまり他人のことでイライラしすぎることなく、ひとりの作業者としてできることを日々誠実に積み上げていき、今年の大大目標である「一年間健康で乗り切る」が達成できたら素晴らしい。

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私の上司はサイコパス

2022-11-22 22:35:07 | 日記
明日水曜が祝日のため、職場は世の中と同じく休みとなる。
当然ながら作業は二日分とまでは行かないが結構な分量となった。
しばらくはなかった細かなミスもあって悔しい思いもしたが引きずることはなく、やるべきことはしっかり片づけ、残りの時間は現場を納得いくまで整理整頓をして何とかスッキリした思いで会社を後にした。

我が現場のリーダー氏は、仕事が始まる前は掃除用のホウキを持ったままリーダー陣で何やら話し込んでいることが多い。
話の中身にはまったく興味はないが、いつも同じ場所でたむろしているのが気持ち悪いので会社の大ベテラン氏にそのことを話した。
すると「時間帯でやるべきことはあってさ…」との反応があった。
管理する立場として下を見ているつもりかもしれないが、それ以上に周りから見られる存在であることをどうやら分かっていないようだ。

本日は、午前こそ多少手伝い程度作業に入ったが午後からは例によって自分の現場からはいなくなり、我々のいない場所で好き放題に振る舞っていたようである。
午後から我が現場でしたことといえば、年末年始の対応日に協力ができるかどうかというロクでもない話だった。
マトモに協力しては本人が働かないのは分かっているので、特に手間のかかる年末の在庫カウントだけは協力することにして正月は断った。
我が職場の社員のレベルは残念ながら高くない。
高くないから10月の祝日のように大ポカをやらかす。

同じ人間が、大ポカをやっても言い訳ばかりで反省もせず同じ過ちを繰り返すさまを見て、これは氏はどう考えても何かが欠落している人間なのではないかと思い始めている。
下は「刑事事件弁護士ナビ」という物々しいサイトから拝借させていただいた。
表題だけ紹介する。(詳しくはさらに下のリンクからどうぞ)

<サイコパスの10の特徴>
・表面上は口達者
・利己的・自己中心的
・自慢話をする
・自分の非を認めない
・結果至上主義
・平然と嘘をつく
・共感ができない
・他人を操ろうとする
・良心の欠如
・刺激を求める

https://keiji-pro.com/magazine/10/

サイトの中身を読み込んでみて、予感は的中した。
我々は日々、サイコパスと付き合っているのだと。
まだ人をあやめたりしていないのが救いだが、ギリギリまで追い詰めたらあるいは、とも思わされる。
今後もなかなか面白い日常が続くことになりそうだ。

80年代を席巻したBOΦWYの最後のアルバムの名前は「PSYCHOPATH」である。
出会ってから一貫してBOΦWYを壁紙にしたPCで仕事をしている氏自身がサイコパスだったとは、笑っていいのか悪いのか、悩ましいところではある。

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転落

2022-11-16 21:09:29 | 日記
本欄の更新に使っているネットブックだが、購入当時から比べるとずいぶん反応が良くなった。
電源を入れた直後に必ず一回「落ちる」症状もなくなったし、起動に行くまでもずいぶん速くなった。
速くなったとはいうものの、とてつもない時間がかかっていた当初に比べると、という意味でしかないが、改善したのはありがたいことだし、いきおい使う機会も増えている。
原因はシロウトなので分からないが、モノにも心があるという言説を信じるとすれば、最初のひどい段階であきらめずに無理やりでも使い込んだのが良かったのかもしれない。

本日は、昨年秋に発覚した糖尿病の経過観察のため午前休を取っていた。
経過観察とはいっても今は3か月に一度のペースになっていて、数値的にもほぼほぼ正常値に近いところまで来てずっと安定しているし、その他の悪玉コレステロールやらも改善しているようだ。
今スグに何か健康上の心配が起きる状態ではないのは何よりだし、3か月に一度、自分の体を客観的に観察してもらえるのだから、せっかくの機会を有効に使いたいものだ。

午後から出ていった会社では、明日の大口出荷の準備も終わっていて、やったことといえば現場がモノであふれそうになっている状態を何とかやりくりすべく動いた程度だった。
今は戦力もアップして協力しながら進められるので負担は感じないどころか、分かりやすさを前提に好きなように現場をいじらせてもらえて半分は楽しみながらやれているのは何よりである。

毎日がネタの宝庫とも言える我が職場だが、今日もマンガのような話が飛び込んできた。
同じ部署ではあるが場所が異なる現場のとある人間が、日頃から私用の宅配物の受け取りをなぜか会社の住所にしていた。
今日はあろうことかその宅配物が本人がいる現場ではなく会社の事務方に届いてしまい、加えてこの時代に代引き決済という古典的な方法にしていたため会社の人が本人に代わっていったん立て替え払いをしたというのである。
当然ながら何だこれはという話になり、当該の現場を管理する社員さんが呼び出しを食らってお金を返しに行くハメになった。
私物のケイタイの充電も堂々と会社のコンセントを使っているらしいのでもはやつけるクスリもないほどの低レベルな人間であることは間違いがないが、このような犯罪的な行為がこれ以上ない恥ずかしい形で明らかになって果たして今後会社に籍を置き続けることができるのだろうかと心配になる。

多くの日でネタ元になってくれる我が現場のリーダー氏にも大きな変化が訪れている。
ここのところの当人の午後は、別部署の応援というよりはその部署の中のとあるセクションの仕事を「習得中」ということらしい。
そこは通常派遣スタッフさんが二名で回しているところで、やや隔絶された環境ということもあり社員さんの出入りもあまり多くないようだ。
そういう現場に、いちおうはリーダーの肩書を持った社員さんが仕事をおぼえにやってくる。
ということは、つまり「そういうこと」なのであろう。

もちろん会社の中に不必要な部署やセクションなどはないわけだが、そのセクションでは特にフォークリフトに乗るとかの場面はなくもっぱら手作業で成り立っている。
全体でみればフォークリフト10台ほどが忙しく稼働する現場のリーダーを名乗る人間が、手作業中心の作業場に缶詰めにされるという事態は、間違いなく「アレ」としか思えない。
決して公にはならない人事異動という形で、氏の今までの言動に会社として組織として一定の判断が下ったものと思われる。

今この時点で、我が現場のリーダー氏は実質すでに我が現場の人間ではなく違う部署の人間になっている。
身の自由を与えると子飼いの後輩くんを連れて平気で社外に遊びに行ってしまう人間だから、絶対に社外に出られないように隔絶した環境に置いて管理するしかないとなったのだとしたら、サラリーマンとしてこれほど屈辱的なことがあるか。
屈辱を本人が感じているかどうかも定かではないし、感じていたとて当人の口からそれが語られることは絶対にないのはこれまでの言動から明らかだ。

11月には面白いことが起きるかもと10月の終わりに書いたが、私が思う以上のことが今まさに起きている。
ひとりの人間が組織の中で転落していくのをリアルタイムで見ている。
当人には悪いが、そうなったのは誰のせいでもない。
身近な人間への感謝を忘れ、ウソにウソ、裏切りに裏切りを重ね続けた結果が今の現実を呼び込んだのだから、そのツケは当人が払っていくよりないのである。

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