漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

空壜の中から宇宙が

2008年03月03日 | 汀の画帳 (散文的文体演習)
 空壜の中から宇宙が出て来ようとしている。誰かが栓を抜いたまま、ずっとそのまま放置していたせいだ。少しの時間くらいなら、用心深いからきっとそのままでいただろうに、もうすっかりと増長してしまっていて、簡単には壜の中には戻ってくれそうにない。宇宙に触れるのも嫌だから、手近にある団扇だとかスプーンだとかを使って何とかなだめすかすように壜の中に戻そうとするのだが、するりと交わしながら、じりじりと出てこようとする。じっと見詰めていると目が痛くなるような漆黒の宇宙には、光塵のような星々が散っている。
 壜は深い緑色である。或いは、深い緑色がかった藍色である。壜には沢山の気泡があるが、それが本当に気泡なのか、それとも星なのか、あるいはもっと別の何かなのか、わからない。だがそれが壜であることだけは、どうしたって確かなのだ。
 王冠を手にして、ちょっとだけ宇宙に触れると、宇宙は少しピクリと揺れて、まるで軟体動物の触手のように壜の中に戻ろうとする。だが、すぐにまた伸びてくる。
 私は壜を手にして、それをテーブルの上に置く。そして電気を消すと、闇の中にぼんやりとした淡い緑色の輝きが見えてくる。それは壜の中の宇宙であり、この宇宙の最も遠い端でもある。この宇宙の最も遠い場所がこの壜の口からこの宇宙の中に生まれようとしているのだ。
 そんなことを考えながら、私は王冠で何とか宇宙を壜の中に押し戻そうと、また小さな努力を続けた。


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