漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

2008年07月29日 | 汀の画帳 (散文的文体演習)
 自動車に乗り込み、エンジンを掛けようとするのだが、掛からない。掛からないばかりか、クスンとも言わない。訳が分からず、何度もキーを捻る。だが無駄である。何の手ごたえもない。しばらく呆けてみるが、何も起こるはずもない。車から出て、無駄だろうと思いながらもボンネットを開けてみる。
 するといきなりボンネットを跳ね上げるようにして、何か黄色いものが、ポンっとボンネットの中で立ち上がった。勢い付いたボンネットが鼻先をかすめ、驚いたが、落ち着いたところでよく見るとそれは立派なヒマワリである。ボンネットの中で、ヒマワリが生育していたのだ。驚きながらも、そっと覗き込むと、ボンネットの中には一面に草が生い茂っている。あれほどぎっしりとあった機械類は、すっかりと草の中に埋もれてしまっている。まるでボンネットの中を使って前衛的な生け花でもしたみたいだった。
 伸び上がったヒマワリは、幸せそうに太陽の方に向かって頭を上げた。茎も葉も立派である。困惑を忘れてしばらく感心するが、そうもしていられないとすぐに我に返り、ヒマワリと草を引っこ抜こうとした。だが、ちょっと草やヒマワリを引っ張るだけで、切なそうにクラクションが鳴る。どうしてクラクションのくせにこんなに切なそうな音が出るんだと思うくらいに、哀切に満ちた音である。その音に、通りすがりの人々は皆顔をしかめてこちらを見る。その目は、非難するような目である。すると、力が入らなくなる。自分が、酷いことをしているような気分になる。それで、困り果てる。
 困り果てていると、すぐに脇の道を、ボンネットからアサガオの花を咲かせた車が通り過ぎてゆくのを目にする。呆然となるが、はたと思い至る。もしかしたらこれは、ソーラーシステムというものなのではないか、と。私は車に乗り込み、キーを回す。
 果たして車は動き出す。ヒマワリの咲いた車だが、軽やかである。さすがにソーラーシステムだと感心する。ちょっとヒマワリのせいで視界は悪いが、これで燃料もいらないし、有難い。
 それでもちょっとだけ心配なこともあって、夜になったらきっと車は走らなくなるのだろうし、冬になってヒマワリが枯れてしまうと、やはり走らなくなるのだろう、と思う。やはりこれはこれでいろいろと工夫は必要なのだろう。冬でも元気な草木とか、色々と調べなければいけないなと思いながら、とりあえずは仕事に急ぐことにした。

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2 コメント

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Unknown (Mercedes)
2008-07-31 07:13:24
このお話、大好きです。

梅佳代さんの写真と同じ、すごくイイですね!
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Mercedesさんへ (shigeyuki)
2008-08-01 21:51:23
どうもありがとう。

梅佳代さんの写真、本当に面白くて、でも味わいがありますよね。
そう、これだよ、って感じです。
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