漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

花影

2008年01月28日 | 読書録

「花影」 大岡昇平著 
新潮文庫 新潮社刊

を読む。

 去年、長い電車の旅の最中に妻が読んで、面白いから読んでみたらと言っていた小説。
 現実感を欠いていて、しかもそれに本人が気付いていない、葉子という女性の死を描いた作品で、ストーリーそのものはメロドラマ。だが、さすがに大岡昇平だけあって、異様な説得力がある。まさに文学作品という感想。こういう、葉子のような女性は今でもいくらでもいるし、これから先もまだ増えそうだ。あるひとつの典型であるということだろう。そういう意味でも、古びない作品だと思う。文体も、抑制が効いていて、とてもよい。
 こうして感想を書きかけて、ちょっとネットで調べてみると、どうやらこれはモデル小説だということだ。なるほど、登場人物が皆、いかにもいそうな人物ばかりで、流れにも不自然さがないのは、当然だったのか。それにしても、やはりそれを小説に写し取る筆力はさすがに文豪。
 大岡昇平の作品は、これまで「野火」しか読んでいなかったが、もう少し読んでみようかと思った。
 そう、「野火」だが、あれは反戦文学の名作だった。野坂昭如の「火垂の墓」と並んで、誰でも一度くらいは読むべき作品だと思うが、この「花影」にも同じような視点が貫かれていた。同じような視点とは、人間の愚かさ、あるいはどうしようもなさ、そうしたものに対する醒めた視点である。大岡昇平は、それを淡々と写し取ってゆくのだ。