goo blog サービス終了のお知らせ 

老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

沖縄県知事選に対する海外ニュースの反応

2018-10-11 05:38:36 | 沖縄
沖縄県知事選での玉城デニー候補の勝利は、海外でも大きな関心を持って迎えられている。海外ニュースの反応と日本メディアの反応の違いに、日本メディアの閉塞状況が見て取れる。

例えば、NYタイムズ(電子版)は、9月30日、「アメリカ海兵隊の息子が基地に反対して沖縄知事選に勝利」と題して大きく紹介している。そして、「玉城氏の勝利は、日本での人種の多様性への扉が開かれつつあることを示唆している」と書いた。この時、日本でも大ニュースになったテニスの大阪なおみを引き合いに出している。

さらに、特筆すべきは、NYタイムズ紙は、オピニオン面で沖縄の米軍基地問題を取り上げた。「日本で最も貧しい市民に、不公平で不必要で危険な負担を押し付けることはできない。安倍首相と米軍の司令官は公平な解決策を見いだすべきだ」と書いた。

この意見は貴重である。本来なら、日本のメディアが率先してこういう意見を書くべきなのだが、ほとんど聞かれない。日本メディアの腰の引けた姿勢が際立っている。

ル・モンド電子版では、玉城氏の勝利が三選した安倍首相の敗北を意味している、と報道。「小さなアリは象の足を動かすこともできる」という玉城氏の言葉も紹介している。

海外メディアは玉城氏勝利の政治的意味を大変良く理解し、ストレートにその意義を書いている。明らかに日本メディアの腰の引けた姿勢とは違う。

実は海外メディアの視点は、翁長知事死去の時に明確に示されている。

AP通信は、翁長知事を「小さな島に過重な米軍基地を抱え、基地移設に反対する人たちに応えるために職務を遂行しようとした」と紹介。知事の命を削った戦いを紹介している。アメリカ各紙もこの記事を引用して翁長知事の功績を紹介している。

ル・モンド紙は、安倍首相が翁長知事への哀悼の意を表するコメントを出し渋ったのを取り上げ、安倍首相を名指しして「米国が哀悼の意を示したのに後れを取った」と書いた。

ゴルバチョフ元ソ連大統領は、琉球新報に〈彼の活動の基本方針は、平和のための戦いであり、軍事基地拡大への反対と生活環境向上が両輪だった〉と、翁長知事への“熱い”思いをつづった追悼文を寄せた。

日本の一知事に過ぎない翁長知事の死去に際し、これだけの海外メディアがコメントや解説記事を載せるのは異例である。日本のメディア、日本人が、いかに沖縄県の基地問題に対して、世界的に見ても納得できない、非常識な態度を採っているかをこれらの記事は証明している。

県民の過半数が基地移転に対して反対で、多くの県民が米軍の非法行為にどれだけ泣かされ続けてきたか。この民意が選挙で示されたにも関わらず、その民意を一顧だにもしないのが安倍政権。それを後押しするかのような本土メディアと日本国民の冷淡さ。

民主主義のシステムに習熟した海外メディアには、このような日本や日本国民のありようが信じられない。だから、病魔を押して、一歩も引かず、断固として県民の意思を実現しようとした翁長知事の生き様が本当に鮮やかなものに映じたのであろう。ゴルバチョフ氏の追悼文がその事を如実に物語っている。

今回の玉城氏の勝利。NYタイムズ紙まで、過剰な基地負担に対する沖縄県民の戦いに理解を示しているのである。日本政府は、このような絶好の機会を逃すべきではない。

日米同盟の深化を語るのなら、せめて【地位協定】の不平等さを解消するくらいの気概を見せてほしい。こういう絶好の機会をむざむざ逃がすようなセンスの持ち主では、【外交の安倍】の看板を下ろすべきであろう。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
流水

沖縄県知事選、玉城デニー氏勝利

2018-10-02 00:24:29 | 沖縄
沖縄県知事選挙は、連日の激しい攻防戦の末、玉城デニーさんが史上最多得票を獲得。佐喜眞淳候補に8万票以上の差をつけて見事に勝利を果たした。

投開票当日の昨日(9/30)は、私も投票締め切りの午後8時から玉城陣営の様子をネット中継で見ていた。NHKが「当確」を出した9時半過ぎまでの長いことに、会場に集まる支援者同様に、私もじりじりした思いだったが、結果が出てみればデニーさんの圧倒的な勝利。

歓喜に湧き立つ支援者と、若者と共にカチャーシーを踊って全身で喜びを表すデニーさんの姿を見ながら、「本当に良かった!」という安堵と心からの喜びが私の中にも湧き上がった。

今回の選挙戦では、佐喜眞候補を勝たせたい政権側は、業界団体に期日前投票のノルマを課し、菅官房長官や小泉進次郎議員など主力議員を応援に投入して政府と候補者のパイプの大きさをアピールするなど、総力戦の体勢で臨み、公明党も創価学会の組織力を使った動員で集票を図る戦術を展開した。

更に、ネット上には、玉城候補に対する悪質なデマや誹謗中傷が繰り広げられ、拡散し続けて、一定の影響力を及ぼしているように見えた。

こうした政権による力ずくの戦術を前に、「沖縄のアイデンティティ」、「沖縄の誇り」というソフトパワーで勝負に挑む玉城陣営=「オール沖縄」の間には、最後まで勝敗は分からないという危機感が付きまとっていたことは、外から見守る私にもヒシヒシと伝わり、私もずっと不安を拭えないでいた。

しかし、結果的に、個人の意志を押さえつける自公の強硬策は、多くの沖縄県民の反発を買い、信頼と誠実で闘う玉城陣営の明るさの前に、あえなく敗退することになった。

今回の勝因のひとつは、デニーさん自身の大らかで誠実な、魅力あふれる個性にあったと思う。しかし何より、自分たちの歴史としっかり向き合い、平和で穏やかな暮らしを希求し続ける沖縄県民の不屈の精神が本物であること、その強さが、今回の選挙結果を生んだのだろう。

しかし、大変なのはこれからだ。これから繰り広げられる、デニーさんと沖縄県民の日本政府とのし烈な闘いが並大抵なものではないことは、殉職ともいえる亡くなられ方をした翁長前知事の壮絶な闘いからも容易に想像できる。

沖縄県民が何度も何度も示す「沖縄にこれ以上基地を作らせない」という意志は、どうしたら実現するのだろうか。

デニーさんは、勝利後のインタビューで「私は誰一人取り残さない政治を訴えてきました。佐喜眞さんに投票された方々も、佐喜眞さんに対しても、出来るなら一緒に沖縄をつくっていきましょう、と伝えたい」と語ったが、平和で豊かな沖縄を作るために、分断を乗り越えて心をひとつに合わせることができたら、それは沖縄にとって大きな力になるだろう。

しかし、米軍基地の負担も、基地をなくす闘いもこれ以上沖縄だけに押し付けておくわけにはいかない。沖縄県外に暮らす私たちも、沖縄県知事選の感動を胸に、「民主主義」や「生活者の誇り」を手放さない闘いを自らの暮らしの場で実践し続けることで、まずは沖縄に連帯していきたい。

そしてそれに止まらず、沖縄米軍基地問題は沖縄だけの問題ではないことを認識し、日米安保条約の見直しや、普天間飛行場代替施設の要不要、県外移設の可能性についての国民的議論、あるいは国際社会への訴え掛けなど、辺野古基地を作らせないために自分たちに何ができるか、私たちも具体的に考え提案していく必要があると思う。

とまれ、民主主義の本当の在り様を見せてくれた玉城デニーさんと沖縄県民の皆さんに、心からの祝意と敬意を表したい。おめでとうございます。そして有難うございました。

「護憲+コラム」より
笹井明子

沖縄県知事選に見る県民の誇り(希望は沖縄から!)

2018-10-01 22:37:14 | 沖縄
沖縄県知事選が終わった。

台風と重なり、ほとんどの報道機関が、玉城デニー氏の当選確定を報道しなかった。今日(10/1)の報道でも、沖縄県知事選の意味を丁寧に解説する局はほとんどなかった。

これが日本メデイアの現状。最近のメデイアは、政権に「不都合な真実」は蓋をする、という報道姿勢が目に余る。戦前の大本営発表と同じ。【横並びの大政翼賛会】報道。以前からその傾向が強まっていたが、安倍三選前後から、今は「戦前か」と見まがうばかりの「翼賛報道」一色になりはじめた。

今回の沖縄県知事選挙。自公や維新・希望が推薦した佐喜眞候補陣営の選挙運動はまさに物量作戦そのものだった。玉城陣営が「アリと象の戦い」と評するほど、TVCMはジャックするは、全国から動員するわ。湯水のごとく選挙資金を使っている。

同時に、その締め付けは、ここは民主主義の国なのかを疑わせるに十分な激しさ。佐喜眞陣営は、期日前投票をさせる選挙作戦を採り、業界団体には「期日前実績調査票」を提出させるなど、常識では考えられない強権的手法を採った。

おまけに、SNSなどを使った玉城候補に対するデマ攻撃などまさにやりたい放題。それこそ警察の捜査が必要なほど酷かった。(※特に上念司、公明党代議士遠山は酷かった)

さらに、自公両党の党幹部が沖縄に常駐。かってない規模の総力戦を展開した。菅官房長官、人寄せパンダの小泉進次郎などは何度も沖縄入りし、てこ入れを図った。

しかも、佐喜眞候補陣営は辺野古基地建設の是非には一言も触れない争点隠しの選挙を徹底した。これは新潟知事選挙で、原発再稼働を隠し続けた戦術と同じ。さらに付け加えれば、安倍と石破の自民党総裁選で安倍が徹底して争点隠しの選挙を行ったのと相通じる。

要するに、争点を議論するような面倒なことはしない。選挙に勝てば、どんな政策を採っても、住民の意思を得ていると強弁する、という典型的ファシズム手法を行っている。

以前から何度も指摘したが、【権力維持】そのものが自己目的化した典型的ファッショ政党に自・公・維新・希望などの政党が転落している証左である。

このような本土の上から目線の傲慢政党に沖縄県民は、明確にNOを突きつけた。本土の差別視線に、ウチナンチュウの誇りをかけてNOを突きつけた。

腑抜けの本土国民や自民党の政治家連中の腰抜けぶりに比べると見事な腰の据わり方である。

圧倒的武力を持つ占領軍に「非暴力」で抵抗するには、相手の力を利用する以外ない。沖縄県民は、この【巴投げ】発想をわがものにしている。その代表が、翁長知事である。

彼は自民党員でありながら、【イデオロギーよりアイデンティティ】という見事な【巴投げ】発想で辺野古建設に粘り強く抵抗した。

安室奈美恵や沖縄の音楽の素晴らしさは、占領という悲劇や本土の差別などという苦しみを見事に【巴投げ】した沖縄県民の誇り高き精神の象徴である。

わたしたちはこの沖縄県民の誇り高き生き方に学ばなければならない。わたしたちは、「希望は沖縄から」を合言葉にしたらどうだろう。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水

「普天間、必要なら本土移転」 東京・小金井市議会が陳情採択

2018-09-27 11:54:11 | 沖縄
きのうの沖縄タイムスの記事です。

「東京都小金井市議会(五十嵐京子議長)は25日、9月定例会の本会議で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の代替施設が必要かどうかを広く国民的に議論し、必要となれば本土で民主的に建設地を決めるよう求める陳情を賛成多数で採択した。」

「陳情は、8割を超える国民が日米安全保障条約を支持しておきながら、沖縄にのみその負担を強いるのは『差別』ではないか」と提起。普天間問題を解決する手順を描く。

 (1)辺野古新基地建設を中止し、普天間飛行場の運用を停止する
 (2)本土の全自治体を普天間代替施設の候補地にする
 (3)米軍基地や代替施設の必要性を国民的に議論する
 (4)必要という結論なら、公正で民主的な手続きで決定 」


「『沖縄発 新しい提案』という本に基づく取り組みで、中心になって執筆した司法書士の安里長従さん(46)は「安保や基地に対する賛否両方の意見を尊重した上で、沖縄に対する差別をやめ、民主的に解決する方法を探った。」

というものです。

私はこのことをフェイスブックで知りました。
本土の新聞にも載っているのでしょうか?

このことは鳩山さんが「最低でも県外」と言っていたときから、私が考えていたことと重なります。
もしも基地が必要と考えているならば、自分の住んでいるところでも引き受けようと行動するべきではないか、と。
機会があれば、議員さんやまわりの人々にもそう投げかけたいと思っています。

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/320293

「護憲+BBS」「 新聞記事などの紹介」より
コナシ&コブシ

沖縄県知事選:辺野古新基地「絶対造らせない」 玉城デニー氏が総決起大会

2018-09-23 21:34:53 | 沖縄
『30日の沖縄県知事選に立候補した「オール沖縄」勢力が推す玉城デニー氏(58)は22日、那覇市の新都心公園で総決起大会を開いた。玉城氏は「みんなで一つになれば大きな力を発揮することができる。翁長雄志知事の理念を全うし、貫いていく」と決意を述べた。
(略)
ひやみかちうまんちゅの会の呉屋守將会長は「ウチナーンチュ一人一人は弱いが、集まれば万人の矢となって、さらに大きな力となる」と訴えた。富川盛武副知事は「玉城氏は沖縄を誇りある豊かさに間違いなく導く」と主張。翁長氏の妻樹子さんも登壇し「翁長が心の底から愛して、140万人県民を本当に命掛けで守ろうとした沖縄。ぬちかじり(命の限り)頑張りましょう」と呼び掛けた。』
沖縄タイムス+ニュース9/23
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/318842

沖縄県知事選に向けて、佐喜真淳氏と玉城デニー氏が現在激しい選挙戦を繰り広げていますが、昨日のデニー氏の決起集会「玉城デニーうまんちゅ大集会」には、ネット上にも映像と共に感動のコメントがたくさん流れてきました。

下記は、デニー氏と翁長樹子さんのスピーチ部分の映像ですが、どちらも沖縄の心をまっすぐに語り、翁長前知事の遺志を継いで沖縄を守るという力強い決意が語られた、感動的な映像です。
https://www.youtube.com/watch?v=kRb56vS1hDc&feature=youtu.be

デニー氏は、自分の生い立ちを紹介しながら、自分のよって立つ「沖縄のアイデンティティ」を、「とぅーぬいびーや いぬたきーやねーらん (10本の指は同じ高さではない)」「いーまーる(結)」「ちむぐくる(肝心)」、すなわち「多様性」「相互扶助」「優しさ、心の底から相手を思う気持ち」だと語りました。

デニー氏はその上で、子供を大切にし誰一人として取り残されることのない優しい社会を作る具体的な構想を語り、なおかつ、平和と経済を両立させる、平和であることを希求するとして、辺野古基地は作らせない決意を訴えました。

集会の最後にスピーチをした故翁長氏の妻樹子さんは、涙に言葉を詰まらせながら、
「県民の心に1ミリも寄り添おうとしない相手の方に、悪いけど、私は譲りたくありません。ウチの人の心をデニーさんが継いでくれるのかと思ったら涙が止まりませんでした。残り1週間、マグマを噴出させてでも必ず勝利を勝ち取りましょう。 簡単には勝てない 簡単には負けない。 必ず勝利を勝ち取りましょう。 」
と言って、大きな拍手の中、デニーさんと固い握手を交わしました。

安倍自民党は、自民党総裁選同様、この沖縄県知事選でも、争点隠しや、怪情報の流布、権力・組織による締め付けと、沖縄の大らかなアイデンティティとは真逆の手法で、形振り構わない選挙戦を繰り広げています。

デニーさんもスピーチで言っていましたが、沖縄県知事選での勝利は、日本政府やアメリカから沖縄を取り戻すだけでなく、人と人を分断する政府の悪政と対峙する全国の人々の勝利に繋がります。その意味からも、何としてもこの選挙戦に勝ってもらいたい。沖縄県外に暮らす私は外から見守るしかありませんが、心から応援したいとの思いを新たにしました。

結果まであと一週間。「ぬちかじり、ちばらなやーさい!」(命の限り頑張りましょう!)

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
笹井明子

「沖縄・辺野古共同声明2018」に賛同署名を!

2018-09-11 20:33:22 | 沖縄
内田 樹氏、上野千鶴子氏、川崎 哲(ピースボート共同代表)氏ら有識者が作る「普天間・辺野古問題を考える会」が、辺野古の海への土砂投入計画並びに新基地建設計画の白紙撤回を求める「沖縄・辺野古共同声明2018」を発表し、現在賛同署名を募っています。

***(声明文より)***
私たちは、沖縄の辺野古米軍基地建設をめぐる問題に重大な関心を寄せ、一昨年(2016年)9月9日付けで「沖縄の人権・自治・環境・平和を侵害する不法な強権発動を直ちに中止せよ!」を公表し、内閣府に直接提出した。以来、2年が経過しているが、その後も安倍政権は、私たちの要請を完全に無視したまま、辺野古新基地建設に向け強権的な対応をとり、辺野古の海への土砂投入を強行しようとしている。本年8月31日、沖縄県の謝花副知事は故翁長知事の遺志を継ぎ辺野古新基地建設に必要な埋立承認を撤回した。工事は現在停止されているものの、安倍政権は建設強行のため「法的措置を取る」と明言している。私たちは、安倍政権のこれらの暴挙に改めて強く抗議し、土砂投入を許さず、さらに辺野古新基地建設そのものの断念を強く求める。(以下略)
***

沖縄では、今も辺野古新基地建設を巡り、し烈な戦いが続いています。直近の名護市議選では、新基地建設反対が賛成を上回りました。そして、沖縄県知事選では、田城デニーさんが翁長さんの遺志を継いで知事候補に名乗りを上げ、中央政府による基地建設強行に対し「沖縄のアイデンティティ」を掛けて阻止しようとの、強い意思を示しています。

こうした状況下、本土に暮らす私たちも自分にできることとして、この声明への賛同署名によって自らの意思を示し、沖縄にエールを送りませんか。

声明文詳細及び署名要領以下をご覧ください。

http://unite-for-henoko.strikingly.com/

「護憲+BBS」「イベントの紹介」より
笹井明子

翁長知事の憤死

2018-08-10 16:29:09 | 沖縄
翁長沖縄県知事が亡くなった。享年67歳。早すぎる死だった。

今年の沖縄の慰霊の日。翁長知事の痩せ方が気になった。立っているのも苦しそうに見えた。相当、病魔が進行していると感じていたが、やはり持たなかった。

翁長知事は、保守政治家の家に生まれ、保守政治家として生きてきた。ただ、沖縄辺野古基地の移設に関しては、断固反対の姿勢を貫いてこられた。

「イデオロギーよりアイデンティティの問題だ」という翁長知事の主張は、多くの沖縄の人々や心ある本土の人々の心を捉えた。

わたしは、翁長知事の主張を一番重く受け止めなければならないのは、リベラルを自称する本土の政党や組合、文化人ではないかと考えている。

イデオロギーの問題を考えるとき、そのイデオロギーを血肉とするためには、自らのアイデンティティを掘り下げなければ決して本物にはならない。自らのアイデンティティを真剣に見詰め、掘り下げれば堀り下げるほど、その実現のための方策が見えてくる。そこで初めてその実現の一手段としての「イデオロギー」が浮かび上がってくる。

この順序を間違ってはならない。「逆もまた真なり」は成立しない。

巷間、左派の退潮は、ソ連の敗北による冷戦終了のためだ、と言うのが定説のようだが、わたしは左派の多くの人が、自らのアイデンティティに真剣に向き合うという当たり前の思想の手続きをおろそかにしたのが最大の要因だと考えている。だから、その時々の政治課題にアクロバティックに飛び移り、気が付いた時には、自分たちの足場が完全に崩壊していたのである。

翁長知事は違った。沖縄県が辿った苦難の歴史を踏まえ、辺野古基地建設を進める国(安倍政権)の不合理、不条理を厳しく指弾し、自らの命を賭して戦った。このような不条理を認めることは、「沖縄のアイデンティティを捨て去ることだ。それは決して許されることではない。ありとあらゆる手段を駆使して反対する」という姿勢を貫いた。

翁長知事の奥さんが、「高校時代、これほど勉強していたら、俺は東大に入った」と翁長知事が語っていた、と笑い話のように話していた。知事は帰宅してもそれほど懸命に勉強し、ありとあらゆる手段を尽くして、沖縄県のために戦っていた。知事の頭は沖縄の事で一杯であり、休まる暇はなかったはずである。

●「東アジアをめぐる安全保障環境は大きく変化し、緊張緩和に向けた動きが始まっている」
●「20年以上も前に合意した辺野古移設が普天間問題の唯一の解決策と言えるのか」
●「辺野古に新基地を造らせないという私の決意は県民とともにあり、微塵も揺らぐことはない」

「慰霊の日」に語られた翁長知事の言葉である。すい臓がんに冒され、やせ衰えた姿になりながら、自らの命を削るように語られた翁長知事の信念が滲み出ている言葉である。

同じ日に読まれ、全国の心ある人々を感動させた中学生相良さんの詩とともに、長く人々の心に刻み込まれていくであろう。

この「慰霊の日」に見られた姿が、人間の歴史継承の正しいありようだろう。

翁長知事のご冥福を心よりお祈りいたします。 合掌。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水

沖縄の魂

2018-07-02 10:21:17 | 沖縄
先日、わたしは、相良倫子さんの「生きる」という詩を紹介した。沖縄の苦難が、あのような「豊饒の言葉」を生み出したのだろうと想像した。

戦争というものは、残酷なもので、もし戦争がなかったら一生出合う事すらなかった人間が、憎しみ合い、殺し合う。人類は、数千年、このような残酷な営みをやり続けてきた。

これは人類の宿命とも言うべきもので、人が集団や組織の中で生きなければ、生き抜くことが大変難しい動物であるという本質に起因している。集団と集団、組織と組織の利害対立や抗争が、人類を太古の昔から闘争や戦争へと駆り立ててきたのである。

国民国家成立以降は、この争いが、国家間の争い=戦争へと発展し、規模が拡大すると同時に、その被害も甚大なものになっていった。

ところが、この集団と集団との争い、組織と組織との争い、国家と国家の争いには、その争いを担う個人の存在がある。戦争を遂行するのも個人、その惨禍の犠牲になるのも個人である。

人という生き物が、本質的に他者を支配したいという「権力欲」という厄介な欲望にとらわれている点にも戦争の多くの原因がある。

時代が進歩し、人類が強力な武器を手に入れるようになるにつれ、その犠牲は大きくなった。

日本の歴史で言えば、平安末期の「保元の乱」の参加人数は、両軍合わせて千人に満たなかった。時代が下がって「大阪の陣」当時は、両軍合わせて数十万規模に拡大している。それだけ、戦死者も増え、庶民の犠牲も増えてきた。

戦争が軍人だけでなく、国民を巻き込み、多大な犠牲者を生み出し始めたのは、第一次世界大戦以降である。

特に、航空技術が発達し、国家挙げての総力戦になった第二次世界大戦の犠牲者は、5000万人以上と言われている。

・・・第二次世界大戦における連合国・枢軸国および中立国の軍人・民間人の被害者数の総計は5000万〜8000万人とされる[1]。8500万人とする統計もある。当時の世界の人口の2.5%以上が被害者となった。また、これらには飢饉や病気の被害者数も含まれる。
•民間人の被害者数:3800万〜5500万(飢饉病気によるものは1300万〜2000万)。
•軍人の被害者数:2200万〜2500万。捕虜としての死者数も含む。
・・・ウィキペディア 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E6%88%A6%E3%81%AE%E7%8A%A0%E7%89%B2%E8%80%85

日本では、厚生労働省によると戦没者の数は、約240万人以上とされている。

しかし、多くの人は、一体全体どのような惨状があったのかはあまり理解できない。

例えば、長崎・広島の平和記念資料館を訪れた人は、その惨状を目のあたりにされたと思う。そして、これは、どう見ても人間のする事ではないと思う。アメリカ人で訪れた人のほとんどが異口同音にその事を語っている。しかし、訪れた経験のない人は、なかなか理解できない。

だから、人は、良心の呵責に悩まされずにそんな残酷な事ができるのである。原爆を投下した兵士は、その下でどんな阿鼻叫喚の地獄が展開されていても、空の上から、それを見る事がない。従って、良心の呵責に悩まない。

人間というものは、困った存在で、他の人の苦難を我が苦難と感じ取れるのは、「想像力」以外ない。だから、「想像力」の欠落した人間には、沖縄の人々の「苦難」は理解できない。

沖縄での、安倍首相の演説の凡庸さに比べ、相良倫子さんの言葉の重いこと。これが「想像力」豊かな人間と「想像力」の欠落した人間の差である。

沖縄の有名な歌に「島唄」というのがある。The Boom という沖縄のバンドのヒット作で、多くの人が知っている歌である。

2005年、朝日新聞に「宮沢和史の旅する音楽」というシリーズの中で以下のように創作秘話が「語られている。

・・ 朝日新聞 「宮沢和史の旅する音楽」  引用

『島唄』は、本当はたった一人のおばあさんに聴いてもらいたくて作った歌だ。
91年冬、沖縄音楽にのめりこんでいたぼくは、沖縄の『ひめゆり平和記念資料館』を初めて訪れた。
そこで『ひめゆり学徒隊』の生き残りのおばあさんに出会い、本土決戦を引き延ばすための『捨て石』とされた激しい沖縄地上戦で、大勢の住民が犠牲になった事を知った。
捕虜になる事を恐れた肉親同士が互いに殺し合う極限状況の話を聞くうちにぼくは、そんな事実も知らずに生きてきた無知な自分に怒りさえ覚えた。
資料館は自分があたかもガマ(自然洞窟)の中にいるような造りになっている。
このような場所で集団自決した人々のことを思うと涙が止まらなかった。
だが、その資料館から一歩外に出ると、ウージ(さとうきび)が静かに風に揺れている。
この対比を曲にして、おばあさんに聴いてもらいたいと思った。
歌詞の中に、ガマの中で自決した2人を歌った部分がある。
『ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら』という下りだ。
『島唄』はレとラがない沖縄音階で作ったが、この部分は本土で使われている音階に戻した。
2人は本土の犠牲になったのだから。

2005年8月22日 朝日新聞(朝刊)・・・

この歌の裏の意味が書かれた「島唄」は以下で聞ける。
https://search.yahoo.co.jp/video/search?p=%E5%B3%B6%E5%94%84&tid=df60cc75a37e1aa1c1c2ae03754c90c2&ei=UTF-8&rkf=2&dd=1&st=youtube

ここには、沖縄の人々の戦争に対する憎しみや悲しみが描かれているが、同時に沖縄の自然に対する愛情や人間に対する「やさしさ」に溢れている。

沖縄の歴史は、多くの苦難に満ちているが、彼らは常に「非暴力」で生きてきた。沖縄空手の精神は、人を攻撃するものでなく、あくまで護身術にある。

沖縄の人に対する「やさしさ」の伝統は、相良倫子さんの「生きる」の中にも脈々と生きている。

島唄に秘められた人の苦難に対する満腔の同情と、それを伝え戦後の困難を生き抜いた先人に対する畏敬の念が、歌詞一つ一つに込められている。これは相良倫子さんの詩にも共通している。

これが、本土の人間がとっくの昔に忘れ去った、【沖縄の魂】なのだと思う。

「護憲+コラム」より
流水

苦難から生まれる【豊饒の言語】!権力欲から生まれる【空虚の言語】!沖縄「慰霊の日」に思う

2018-06-24 11:12:47 | 沖縄
6月23日は「沖縄慰霊の日。摩文の丘は、朝早くから鎮魂の祈りに包まれた。

今年の式典での翁長知事の挨拶。ガン手術を終えたばかりの知事の表情はさすがにやつれて見えた。しかし、辺野古基地建設反対の信念は、微動だにしていなかった。自らの命の火を燃やし尽くしても、沖縄県民の未来のために基地建設に反対するという翁長知事の言葉には、知事の魂がこもっていた。まさに、「言霊」と呼ぶにふさわしい演説だった。

それに比べて安倍首相の挨拶の薄ぺらっで凡庸な事。これでは、沖縄県民の心に届くはずがないと思われる。

今回の「慰霊の日」で最も感動的だったのは、沖縄県浦添市立港川中学校3年 相良倫子さんが朗読した「生きる」という詩だった。沖縄県平和祈念資料館が募集した「児童・生徒の平和メッセージ」の最優秀賞受賞作品。中学教師だったわたしの経験から見ても、これだけの「詩」を中学生が書いた、というのはにわかにはと信じられなかった。

沖縄タイムスが「「悲惨な戦争によって奪われた『生きる』ことへの思いは、過去から現在、そして未来・世界へと時間と国境を超えて発信された平和へのメッセージであり、その重厚さが審査員をうならせた」と書いていたが、むべなるかなと思う。

*****

生きる

私は、生きている。
マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、
心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、
草の匂いを鼻孔に感じ、
遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。
私は今、生きている。

私の生きるこの島は、
何と美しい島だろう。
青く輝く海、
岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、
山羊の嘶き、
小川のせせらぎ、
畑に続く小道、
萌え出づる山の緑、
優しい三線の響き、
照りつける太陽の光。
私はなんと美しい島に、
生まれ育ったのだろう。
ありったけの私の感覚器で、感受性で、
島を感じる。心がじわりと熱くなる。
私はこの瞬間を、生きている。
この瞬間の素晴らしさが
この瞬間の愛おしさが
今と言う安らぎとなり
私の中に広がりゆく。
たまらなく込み上げるこの気持ちを
どう表現しよう。

大切な今よ
かけがえのない今よ
私の生きる、この今よ。

七十三年前、
私の愛する島が、死の島と化したあの日。
小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。
優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。
青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。
草の匂いは死臭で濁り、
光り輝いていた海の水面は、
戦艦で埋め尽くされた。
火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、
燃えつくされた民家、火薬の匂い。
着弾に揺れる大地。血に染まった海。
魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。
阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。
みんな、生きていたのだ。
私と何も変わらない、
懸命に生きる命だったのだ。
彼らの人生を、それぞれの未来を。
疑うことなく、思い描いていたんだ。
家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。
仕事があった。生きがいがあった。
日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。
それなのに。
壊されて、奪われた。
生きた時代が違う。ただ、それだけで。
無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。
摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。
悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。

私は手を強く握り、誓う。
奪われた命に想いを馳せて、
心から、誓う。

私が生きている限り、
こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。
もう二度と過去を未来にしないこと。
全ての人間が、国境を越え、人種を越え、
宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。
生きる事、命を大切にできることを、
誰からも侵されない世界を創ること。
平和を創造する努力を、厭わないことを。

あなたも、感じるだろう。
この島の美しさを。
あなたも、知っているだろう。
この島の悲しみを。
そして、あなたも、
私と同じこの瞬間を
一緒に生きているのだ。
今を一緒に、生きているのだ。
だから、きっとわかるはずなんだ。
戦争の無意味さを。本当の平和を。
頭じゃなくて、その心で。
戦力という愚かな力を持つことで、
得られる平和など、本当は無いことを。
平和とは、あたり前に生きること。
その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

私は、今を生きている。
みんなと一緒に。
そして、これからも生きていく。
一日一日を大切に。
平和を想って。平和を祈って。
なぜなら、未来は、
この瞬間の延長線上にあるからだ。
つまり、未来は、今なんだ。

大好きな、私の島。
誇り高き、みんなの島。
そして、この島に生きる、すべての命。
私と共に今を生きる、私の友。私の家族。
これからも、共に生きてゆこう。
この青に囲まれた美しい故郷から。
真の平和を発進しよう。
一人一人が立ち上がって、
みんなで未来を歩んでいこう。

摩文仁の丘の風に吹かれ、
私の命が鳴っている。
過去と現在、未来の共鳴。
鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。
命よ響け。生きゆく未来に。
私は今を、生きていく。

*****

この詩の朗読を聞いた時、そしてこの詩を正確に読んだ時、不覚にも涙があふれた。「負うた子に教えられ」とはよく言ったもので、相良倫子さんの瑞々しく、素直な感性から紡ぎだされた言葉がまっすぐわたしの心に突き刺さってきた。

それだけではない。彼女の物事をまっすぐ捉える感性が、大方の日本人が忘れてしまった「平凡な真実」の大切さを指摘していた。

*****
あなたも、知っているだろう。
この島の悲しみを。
そして、あなたも、
私と同じこの瞬間を
一緒に生きているのだ。
今を一緒に、生きているのだ。
だから、きっとわかるはずなんだ。
戦争の無意味さを。本当の平和を。
頭じゃなくて、その心で。
戦力という愚かな力を持つことで、
得られる平和など、本当は無いことを。
平和とは、あたり前に生きること。
その命を精一杯輝かせて生きることだということを。
*****

審査員たちが、その「重厚さ」にうなったのも無理はない。安倍首相がどう聞いたかは知らないが、「戦力という愚かな力を持つことで、得られる平和など、本当は無いことを/平和とは、あたり前に生きること/その命を精一杯輝かせて生きることだということを/」という言葉に込められた思想の深さに驚かされる。

戦争大好き人間が増殖している本土の政治家や人々に、彼女の深さは理解できないだろう。

人は困難や苦難の中で鍛えられる。「艱難汝を玉にする」という仏教の言葉があるが、相良さんの感性はそれを思い起こされる。

しかも相良倫子さん自身が体験したものではない戦争の悲惨さや、その後の苦難を生き抜いてきた沖縄の人々の思いを、見事に引き継いでいる。彼女の想像力や感性の素晴らしさもあるが、沖縄県民の戦争体験を引き継ごうという強い意志があったからこそ、このような素晴らしい後継者が生まれたのであろう。

TBSの金平記者が。「この国の指導者の言葉が荒廃している」と嘆いていたが、今回の沖縄「慰霊の日」での翁長知事の挨拶、相良倫子さんの朗読に象徴される「豊饒の言語」に比べて安倍首相の貧しく貧相な「空虚な言語」の虚々しい事。これが現在の日本の置かれている状況だと見なければならない。

「豊饒な言語」の持ち主たちが圧迫され、「空虚な言語」の持ち主たちが権力を振るう。ファッシズム政治とはそういうものだ、と考えなくてはならない。

※相良倫子さんの朗読は以下で聞くことができます。
https://mainichi.jp/articles/20180623/k00/00e/040/310000c

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水

保育園上空を米軍機が飛ばないように求める緊急署名

2017-12-27 10:59:04 | 沖縄
沖縄県宜野湾市にある緑ヶ丘保育園の父母会が取り組んでいる「園上空を米軍機が飛ばないように求める緊急署名」の呼びかけが回ってきました。12月7日、同保育園に米軍ヘリの部品が落下したことを受けてのものです。

『私達は、子ども達を守るため、下記の事を米軍、国、県、市に対し強く要望します。
 ・事故の原因究明及び再発防止
 ・原因究明までの飛行禁止
 ・普天間基地に離発着する米軍ヘリの保育園上空の飛行禁止』
(署名用紙より)

賛同下さる方は以下の署名用紙に記入し、至急、緑ヶ丘保育園にお送りください。

第一期(12月12日~21日)の署名数は26,372名だったそうです。
第二期は、2018年1月31日(水)までです。

■署名用紙(ダウンロード)
 www.futenmabap-church.com/nursery/pdf/syomei_3.pdf

■送付先
 〒901ー2203
 沖縄県宜野湾市野嵩2-23-1  緑ヶ丘保育園

■緑ヶ丘保育園のホームぺージ
 http://www.futenmabap-church.com/nursery/index.html

署名、拡散のご協力をよろしくお願いします。

「護憲+BBS」「イベントの紹介」より
笹井明子