心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

61歳の夏

2011-08-14 08:52:46 | 旅行

 暑い暑い「夏」に生まれて、ことし61回目の誕生日を迎えます。ひと昔前なら隠居の世代なのでしょうが、いましばらく最後の御奉公に汗を流します。それにしても今夏の暑さは尋常ではありません。例年ならクーラーなしでひと夏を過ごしますが、さすがに寄る年波には勝てません。部屋のクーラーがフル稼働です。
 そんな夏の夜のこと、愛犬ゴンタと夜のお散歩を楽しんでいると、お隣の石垣付近でうろうろしている小動物に出会いました。野良猫かと思って目を凝らして、目と目が合ってびっくり。その滑稽なお姿は、紛れもなく狸さんでした。すごすごとお隣の庭の奥に入っていきました。さすがの狸さんも、この夏の暑さには、ほとほと困り果てたご様子でした。

 さて、長期休暇の前半は、予定どおり家内と九州へ温泉旅行に出かけました。阿蘇・内牧温泉、湯布院、別府と回ってきました。途中、宮崎県西臼杵郡高千穂町にも足を伸ばし、神話の舞台となった高千穂峡や天岩戸神社、天安河原など古事記の世界を訪ね歩きました。........

 炎天下、青い稲穂が揺れる田圃、ツクツクボウシが鳴く檜や杉の林。小川には透き通った清水が流れ小魚が戯れている。そんな空間(景色)に身を置いていると、61年間のうち田舎での生活はたかだか18年に過ぎないのに、夏蝉の声で現実と幻想の垣根が掻き消され、古き良き時代を追う自分の姿に気づきます。一方では、我が人生の、その後の3分の2を、時代の激流に流されないよう必死に踏ん張って生きてきた。もちろん独りで生きてきたわけではないけれど、そんな生き様が目の前に浮かんでは消えていきます。......63歳にして他界した母の、「もう そろそろ ゆっくりしたらどう?」と耳元で優しく囁く声が聴こえてきそうでした。

 旅行中、ずうっと多田富雄先生の著書を読み続けました。昨夜は、NHKオンデマンドで「NHKスペシャル 脳梗塞からの“再生” ~免疫学者・多田富雄の闘い~」も視聴しました。リハビリに励みながら精力的に仕事をこなす生前のお姿に、身の引き締まる思いがしました。
 著書「寡黙なる巨人」の中で多田先生は、理学療法、作業療法の現状にふれ「単なる運動機能を回復させる療法ではなく、リハビリテーション医学の視点からマニュアルに頼らない人材育成の努力が足りない」と記しています。「リハビリテーションは、人間の尊厳の回復という意味だそうだが、私には生命力の回復、生きる実感の回復だと思う」とも言います。機能の回復は困難と判ってはいても、自分の足で立ち、一歩でも歩くことで人間存在を意識された。理屈ではない、実際に障害者の立場に立たないと判らない言葉、言えない言葉でした。我が国の医療保険制度がどこまで理解しているのかどうか。
 日本の将来推計人口統計によれば、2005年の総人口が1億2,700万人、うち65歳以上の人口が2,567万人(20%)に対して、25年後の2030年には1億1,522万人、うち65歳以上の人口が3,667万人(32%)、50年後の2055年には総人口が1億人を割って8,993万人となり、うち3,646万人(41%)が65歳以上の人口で占められるとか。逆に言えば、労働人口が全体の半分になってしまうということですが、50年後の日本の姿を具体的にどうイメージしたらよいのでしょうか。
 稲作農耕文化の中で培われてきた家族や地域への幻想が崩れ、それらに求めていた機能が発揮できずに機能不全に陥っている。それを人は「無縁社会」と言って警鐘を鳴らします。そのことの意味を、私たち日本人は東北大震災を通じてぼんやりと気づき始めていますが、工業化社会の先を見据えて、私たちに課せられた時代的課題はあまりにも大きい。残された仕事人生に重たいテーマをいただきました。
 そんなことをつらつら考えながら、夏の休暇を過ごしています。一昨日は、多田富雄先生と鶴見和子先生の往復書簡「邂逅」を読み終えました。お互いに病と闘いながら不屈の精神をもって「自己と非自己」「創造性」「自己と他者」「異なる階層間の接点」など、極めてハイレベルな議論を展開されました。時には南方熊楠まで引用しての論もあり、ついつい時間を忘れて読み耽りました。と同時に、自らの思考の拙さを改めて実感したものです。

 そうそう、11日には、京都・下鴨神社糺の森で開催された京都古書研究会主催の第24回「下鴨納涼古本まつり」(8月16日まで)に出かけました。外の暑さとは別世界、境内のひんやりとした木立の中に出店された古書店を見て回りました。今回は独りでしたから気兼ねすることもなく3時間あまりをかけて一軒一軒じっくり品定めすることができました。この日、手にしたのは、鶴見和子曼荼羅Ⅵ「魂の巻~水俣・アニミズム・エコロジー」、もう一冊は日比野秀男著「渡辺崋山~秘められた海防思想」でした。帰路、寄り道をしてこっそりいただいた冷たいビールのなんと美味しかったことか。

 お盆に次男君が帰ってきました。前夜8時過ぎまで仕事をしたあと、そのまま富士山頂に登り、その足で大阪に帰ってきたのだと。「若い」の一言に尽きます。さあて、きょうは次男君と孫君を連れて義父のお墓参りです。

【写真説明】
上 段:内牧温泉で早朝散歩中に発見した夏目漱石「二百十日」起稿の宿「山王閣」。漱石の胸像が目印です。
中上段:神秘的な高千穂峡
中下段:古い民家の奥座敷に置かれた神楽のお面
下 段:第24回下鴨納涼古本まつり。老若男女おおぜいの人で賑わいました。 

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