■■ ピアノの楽譜を選ぶ際、基準をどこに置くか? ■■
09.6.27 中村洋子
★一昨日、ご紹介いたしました Alfred Cortot
アルフレッド・コルトーの校訂した
ブラームスの 「3つの間奏曲 Drei Intermezzi Op.117」
「 Edizioni Curci-Milano 」社(クルチ社)は、
大変に、すぐれた楽譜です。
その理由は、二つあります。
★一つは、コルトーの校訂の素晴らしさです。
もう一つは、コルトーが書きました解説が、
(おそらく母国語のフランス語が、原文であると思いますが)、
フランス語と、イタリア語(クルチ社がある国)、さらに、
英語の3種類で、並べて、掲載されていることです。
★一般的には、英語が読みやすいと思いますが、
細かいニュアンスや、原文の味わいを知りたい時には、
気になる箇所だけ、フランス語で調べることも、できます。
これは、行き届いた配慮であると、思います。
★楽譜を、購入する際の基準として、このような編集姿勢の、
楽譜を選ぶことが、とても、大切です。
★なぜ、そのようなことを申しますか、といいますと、
日本の一部の「ライセンス楽譜」は、
解説が、「日本語」しかなく、校訂者の原文が、
どのようなものであり、それが、どのように
日本語に訳されたのか、
さっぱり、分からないものがあるからです。
★そのような楽譜を、購入しますと、
いまひとつ日本語の意味が、よく分からなかったり、
曖昧な表現に行き当たることが、よくあります。
そうしますと、もう一度、原著の輸入楽譜を、
買わざるを得ない、ことになります。
そのようなライセンス楽譜に限って、明らかに、
誤訳が存在していることが、あります。
★逆に、日本のライセンス楽譜でも、ドイツ語、
英語、日本語などが、きちんと、並べられているものは、
日本語も、安心して読めるものが、多いものです。
訳者が自信をもって、世に問うという姿勢が、うかがわれます。
★ラフマニノフの「ヴォカリーズ」を、このブログで、
取り上げました際、≪作曲家の母語が何語であるか≫を知り、
≪その母語で書かれた歌曲を知ること≫が、
その作曲家を知ることでもある、と書きました。
コルトーのような巨匠が、校訂者である場合、彼が、
どのような言葉を使って、彼の思想を伝えようとしたか、
辞書を引きながら、直接読む、ということは、楽しいことです。
★一つの単語を、辞書で引くだけで、その言葉のもつ、
さまざまなイメージが、喚起されます。
例えば、シューベルト Schubertの「冬の旅」の、
第5曲「菩提樹」での、有名な句、
「 Und seine Zweige rauschten 」
「すると、菩提樹の枝がざわめいた」、
「 Und immer hoer' ich's rauschen 」
「そして いつも、あのざわめきが聞こえる」に、あります
「 rauschen 」という動詞は、日本語訳だけを読みますと、
木の葉のざわめきしか、イメージできません。
★しかし、この「 rauschen 」という語は、木だけでなく、
小川や風などが、波立つように、音を立てている様を、
表現しています。
ドイツ人のお友達に「 rauschen 」という語について、
うかがいましたら、木の枝のざわめきではなく、
≪“ザワザワザワ”と、湖や海が波立つ≫、
そのようなイメージが、真っ先に、思い浮かぶそうです。
日本語のザワザワからは、そこまでのイメージは、広がりません。
さらに、奥深く、理解できます。
★例として、詩を上げましたが、楽譜の解説の話に戻りますと、
コルトーのような巨匠が、全霊を傾けて書いた解説を、
その原語で、一語一語調べるだけでも、
伝えたかったイメージが、豊かに、明確になってくると、思います。
そして、それが、演奏にもきっと、反映されることでしょう。
★それは、コルトーのような、巨匠の校訂版に限らず、
その他の、海外の優れた Urtext や、
校訂版楽譜の序文、脚注などの文章についても、
全く、同じことがいえると、思います。
★これは、私が楽譜を選ぶ際の、判断基準の一つです。
(雑草の花)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
09.6.27 中村洋子
★一昨日、ご紹介いたしました Alfred Cortot
アルフレッド・コルトーの校訂した
ブラームスの 「3つの間奏曲 Drei Intermezzi Op.117」
「 Edizioni Curci-Milano 」社(クルチ社)は、
大変に、すぐれた楽譜です。
その理由は、二つあります。
★一つは、コルトーの校訂の素晴らしさです。
もう一つは、コルトーが書きました解説が、
(おそらく母国語のフランス語が、原文であると思いますが)、
フランス語と、イタリア語(クルチ社がある国)、さらに、
英語の3種類で、並べて、掲載されていることです。
★一般的には、英語が読みやすいと思いますが、
細かいニュアンスや、原文の味わいを知りたい時には、
気になる箇所だけ、フランス語で調べることも、できます。
これは、行き届いた配慮であると、思います。
★楽譜を、購入する際の基準として、このような編集姿勢の、
楽譜を選ぶことが、とても、大切です。
★なぜ、そのようなことを申しますか、といいますと、
日本の一部の「ライセンス楽譜」は、
解説が、「日本語」しかなく、校訂者の原文が、
どのようなものであり、それが、どのように
日本語に訳されたのか、
さっぱり、分からないものがあるからです。
★そのような楽譜を、購入しますと、
いまひとつ日本語の意味が、よく分からなかったり、
曖昧な表現に行き当たることが、よくあります。
そうしますと、もう一度、原著の輸入楽譜を、
買わざるを得ない、ことになります。
そのようなライセンス楽譜に限って、明らかに、
誤訳が存在していることが、あります。
★逆に、日本のライセンス楽譜でも、ドイツ語、
英語、日本語などが、きちんと、並べられているものは、
日本語も、安心して読めるものが、多いものです。
訳者が自信をもって、世に問うという姿勢が、うかがわれます。
★ラフマニノフの「ヴォカリーズ」を、このブログで、
取り上げました際、≪作曲家の母語が何語であるか≫を知り、
≪その母語で書かれた歌曲を知ること≫が、
その作曲家を知ることでもある、と書きました。
コルトーのような巨匠が、校訂者である場合、彼が、
どのような言葉を使って、彼の思想を伝えようとしたか、
辞書を引きながら、直接読む、ということは、楽しいことです。
★一つの単語を、辞書で引くだけで、その言葉のもつ、
さまざまなイメージが、喚起されます。
例えば、シューベルト Schubertの「冬の旅」の、
第5曲「菩提樹」での、有名な句、
「 Und seine Zweige rauschten 」
「すると、菩提樹の枝がざわめいた」、
「 Und immer hoer' ich's rauschen 」
「そして いつも、あのざわめきが聞こえる」に、あります
「 rauschen 」という動詞は、日本語訳だけを読みますと、
木の葉のざわめきしか、イメージできません。
★しかし、この「 rauschen 」という語は、木だけでなく、
小川や風などが、波立つように、音を立てている様を、
表現しています。
ドイツ人のお友達に「 rauschen 」という語について、
うかがいましたら、木の枝のざわめきではなく、
≪“ザワザワザワ”と、湖や海が波立つ≫、
そのようなイメージが、真っ先に、思い浮かぶそうです。
日本語のザワザワからは、そこまでのイメージは、広がりません。
さらに、奥深く、理解できます。
★例として、詩を上げましたが、楽譜の解説の話に戻りますと、
コルトーのような巨匠が、全霊を傾けて書いた解説を、
その原語で、一語一語調べるだけでも、
伝えたかったイメージが、豊かに、明確になってくると、思います。
そして、それが、演奏にもきっと、反映されることでしょう。
★それは、コルトーのような、巨匠の校訂版に限らず、
その他の、海外の優れた Urtext や、
校訂版楽譜の序文、脚注などの文章についても、
全く、同じことがいえると、思います。
★これは、私が楽譜を選ぶ際の、判断基準の一つです。
(雑草の花)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲