音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■お能の出版社「檜書店」相談役、椙杜茂正さまを悼む■

2011-04-27 12:25:36 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■

■お能の出版社「檜書店」相談役、椙杜茂正さまを悼む■
                   2011.4.27  中村洋子

 

 


★「 お能 」 謡本の出版社 「 檜書店 」 相談役、

Shigemasa Suginomori 椙杜茂正さまが、

4月22日に、突然、逝去されました。

まだ、71歳でした。

椙杜は、 「 すぎのも り 」 とお読みし、

「 近松門左衛門 」 の本名と、同姓です。


★「 お能 」 のために、これからも末永く、

尽くしていただきたい方でしたが、

今回の東日本震災による、ストレスと過労が重なったのか、

大動脈解離で、急に逝ってしまわれました。


★突然の旅立ちに、ご子息の社長・檜常正さまは、

「 父が亡くなる数時間前まで、一緒に会社で仕事をしていたので、

いまだに信じられない気持ちです 」 と、おっしゃっていられました。


★私が、椙杜さまと、お近づきになりましたのは、

日本の至宝 「 観世寿夫 」 さんの、二十三回忌が済んだころ、

千駄ヶ谷 「 国立能楽堂 」 で、友枝昭世さんの名演 「 道成寺 」 を、

観賞したときでした。

ロビーに出ますと、一角に机が置かれ、たくさんの能楽本や、

ヴィデオ、CDが並べられ、ブラウン管からは、

寿夫さんの 歴史的名演「 井筒 」 が、流れていました。

その傍らで、にこやかに、たたずんでいらっしゃったのが、

椙杜さんでした。

 


★DVD版の 「 井筒 」 が、まだ作られておらず、

VHS版で、とても高価でしたが、

寿夫さんの名演に魅せられ、思わず、求めました。

自宅でじっくり拝見し、心より感動しました。

「 お能 」 の真髄が、これで初めて分かった、と思います。

それ以来、能楽堂に行くたび、

椙杜さまとお話をするのが、とても、楽しみになりました。


★腰が低く、優しい方でしたので、

「 若いときから、お能の世界にどっぷり漬かった、

“ 叩き上げ ” の方かしら? 」 と、勝手に思い込んでいました。


★「 是非、お店に来てくださいよ 」 と、お誘いを受けました。

神田小川町の会社をお尋ねして、びっくり。

一番奥の社長室、重厚な机の前で、

  「 やあ、いらっしゃい! 」 と、にっこり微笑む椙杜さん。


★奥様の椙杜久子さまは、350年続く 「 檜書店 」 の、

お一人だけのお嬢様。

椙杜ご夫妻のご子息・檜常正様が、 「 檜 」 を継承し、

社長を務められていました。

椙杜さんは、米国コロンビア大・大学院を終えた後、

商社マンとなり、定年まで、

世界を、飛び回っていらっしゃっいました。


★愛好家が高齢化して、裾野が縮まり始めている「お能」の世界。

「 衰退への途を、なんとか止めたい 」 と、

定年後、 「 お能 」 の世界に、分け入られました。


★まず、従来の発想にはなかった “ 行商 ” を、始めました。

人に任せるのではなく、自ら、ご自身で始められました。

千駄ヶ谷 「 国立能楽堂 」 や、主要な能楽堂のロビーに出没、

“ 鴨獲り権兵衛 ” と称して、ロビーで出店を開き、

さまざまな方に、声を掛け、

お能に関心をもたれる方々に、より広く、深い情報を提供し、

真の愛好家やファンとなるよう、その手助けをされていました。

「 お能 」 の裾野を広げるためには、欠かせない仕事であると、

自覚して、なさっていたことです。

 

 


★当時、私は、歌舞伎俳優 ・故 「 中村富十郎 」 さんの長女、

ピアニスト・渡辺純子さんから、

ピアノ独奏曲 「 道成寺物語 」 の作曲を、依頼されていました。

道成寺に関する資料集めを、椙杜さまに、献身的に助けていただき、

国内のみならず、フランスや、アメリカでの出版本を、

彼独特のアンテナで、集めていただきました。


★さらに、 「 観世寿夫 」  さんをはじめとする、

過去の歴史的名演が、DVDで、再び世に出るよう、

働きかけ、それを売りさばき、

発行部数が少なくても、価値がある本なども、

赤字覚悟で臆せず、出版され続けました。

現在活躍中の演者の記録を、次々と、

DVDやCDに残す作業も、献身的になさっていました。


★ 「 お能 」 といいますと、舞台上での演者のみに、

関心が注がれ勝ちですが、このように、

縁の下の力持ちとして、能の檜舞台を支えていたのが、

椙杜さんでした。


★月刊誌 「 観世 」 の巻頭随筆に、

私のような畑違いの音楽家にも、執筆するよう、

強く、薦めてくださいました。

※(巻末参照)

「 お能 」  を、狭い専門家だけの枠にとどめない、

そうした努力の、一環でした。

奥様や、社長の常正様とも、親しくさせていただき、

楽しい食事会や、私のお能のお稽古など、思い出が尽きません。

お通夜は4月27日(水)、告別式は28日(木)です。


★お酒は全く駄目、無類の甘いもの好きだった椙杜さん。

最近は、痩身がいっそう細く感じられ、

さぞストレスの多い、毎日だったと思われますが、

軽妙洒脱、粋なお人柄、

そして、人間として最も大事な、

誠実さ、優しさ、思いやりに満ち溢れた方でした。


★檜書店の近くの、イタリアレストランがお気に入りでした。

2月中旬、

「 フキノトウのスパゲッティーを、食べに行きましょうよ 」 と、

お電話を頂き、楽しく歓談しました。

それが、お別れとなってしまいました。

きっと、椙杜さんの謦咳に接した、

たくさんの方が、愛惜の涙を流されていることでしょう。

心より、お悼み申し上げます。

 

■檜書店ホームページ

 http://www.hinoki-shoten.co.jp/

 

 

※ 当ブログ http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/m/200901

 

 新春 能狂言 山本東次郎 能 バッハ 
       09.1.2  中村洋子 ≫ を、ご覧ください。

 

 

 

▼▲▽無断での転載、引用は固くお断りいたします△▼▲

 

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1 コメント

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椙杜さまについて (犬丸治)
2011-05-08 19:59:42
中村さま

初めてお便り差し上げます。
椙杜さまの訃報は、迂闊にもきょう知り、
検索の末中村さまのブログを拝読しました。

小生のHPにも訃報についてUPしました。
お読み頂ければ幸いです。
http://homepage3.nifty.com/inumaru/

              犬丸治
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