■お能の出版社「檜書店」相談役、椙杜茂正さまを悼む■
2011.4.27 中村洋子
★「 お能 」 謡本の出版社 「 檜書店 」 相談役、
Shigemasa Suginomori 椙杜茂正さまが、
4月22日に、突然、逝去されました。
まだ、71歳でした。
椙杜は、 「 すぎのも り 」 とお読みし、
「 近松門左衛門 」 の本名と、同姓です。
★「 お能 」 のために、これからも末永く、
尽くしていただきたい方でしたが、
今回の東日本震災による、ストレスと過労が重なったのか、
大動脈解離で、急に逝ってしまわれました。
★突然の旅立ちに、ご子息の社長・檜常正さまは、
「 父が亡くなる数時間前まで、一緒に会社で仕事をしていたので、
いまだに信じられない気持ちです 」 と、おっしゃっていられました。
★私が、椙杜さまと、お近づきになりましたのは、
日本の至宝 「 観世寿夫 」 さんの、二十三回忌が済んだころ、
千駄ヶ谷 「 国立能楽堂 」 で、友枝昭世さんの名演 「 道成寺 」 を、
観賞したときでした。
ロビーに出ますと、一角に机が置かれ、たくさんの能楽本や、
ヴィデオ、CDが並べられ、ブラウン管からは、
寿夫さんの 歴史的名演「 井筒 」 が、流れていました。
その傍らで、にこやかに、たたずんでいらっしゃったのが、
椙杜さんでした。
★DVD版の 「 井筒 」 が、まだ作られておらず、
VHS版で、とても高価でしたが、
寿夫さんの名演に魅せられ、思わず、求めました。
自宅でじっくり拝見し、心より感動しました。
「 お能 」 の真髄が、これで初めて分かった、と思います。
それ以来、能楽堂に行くたび、
椙杜さまとお話をするのが、とても、楽しみになりました。
★腰が低く、優しい方でしたので、
「 若いときから、お能の世界にどっぷり漬かった、
“ 叩き上げ ” の方かしら? 」 と、勝手に思い込んでいました。
★「 是非、お店に来てくださいよ 」 と、お誘いを受けました。
神田小川町の会社をお尋ねして、びっくり。
一番奥の社長室、重厚な机の前で、
「 やあ、いらっしゃい! 」 と、にっこり微笑む椙杜さん。
★奥様の椙杜久子さまは、350年続く 「 檜書店 」 の、
お一人だけのお嬢様。
椙杜ご夫妻のご子息・檜常正様が、 「 檜 」 を継承し、
社長を務められていました。
椙杜さんは、米国コロンビア大・大学院を終えた後、
商社マンとなり、定年まで、
世界を、飛び回っていらっしゃっいました。
★愛好家が高齢化して、裾野が縮まり始めている「お能」の世界。
「 衰退への途を、なんとか止めたい 」 と、
定年後、 「 お能 」 の世界に、分け入られました。
★まず、従来の発想にはなかった “ 行商 ” を、始めました。
人に任せるのではなく、自ら、ご自身で始められました。
千駄ヶ谷 「 国立能楽堂 」 や、主要な能楽堂のロビーに出没、
“ 鴨獲り権兵衛 ” と称して、ロビーで出店を開き、
さまざまな方に、声を掛け、
お能に関心をもたれる方々に、より広く、深い情報を提供し、
真の愛好家やファンとなるよう、その手助けをされていました。
「 お能 」 の裾野を広げるためには、欠かせない仕事であると、
自覚して、なさっていたことです。
★当時、私は、歌舞伎俳優 ・故 「 中村富十郎 」 さんの長女、
ピアニスト・渡辺純子さんから、
ピアノ独奏曲 「 道成寺物語 」 の作曲を、依頼されていました。
道成寺に関する資料集めを、椙杜さまに、献身的に助けていただき、
国内のみならず、フランスや、アメリカでの出版本を、
彼独特のアンテナで、集めていただきました。
★さらに、 「 観世寿夫 」 さんをはじめとする、
過去の歴史的名演が、DVDで、再び世に出るよう、
働きかけ、それを売りさばき、
発行部数が少なくても、価値がある本なども、
赤字覚悟で臆せず、出版され続けました。
現在活躍中の演者の記録を、次々と、
DVDやCDに残す作業も、献身的になさっていました。
★ 「 お能 」 といいますと、舞台上での演者のみに、
関心が注がれ勝ちですが、このように、
縁の下の力持ちとして、能の檜舞台を支えていたのが、
椙杜さんでした。
★月刊誌 「 観世 」 の巻頭随筆に、
私のような畑違いの音楽家にも、執筆するよう、
強く、薦めてくださいました。
※(巻末参照)
「 お能 」 を、狭い専門家だけの枠にとどめない、
そうした努力の、一環でした。
奥様や、社長の常正様とも、親しくさせていただき、
楽しい食事会や、私のお能のお稽古など、思い出が尽きません。
お通夜は4月27日(水)、告別式は28日(木)です。
★お酒は全く駄目、無類の甘いもの好きだった椙杜さん。
最近は、痩身がいっそう細く感じられ、
さぞストレスの多い、毎日だったと思われますが、
軽妙洒脱、粋なお人柄、
そして、人間として最も大事な、
誠実さ、優しさ、思いやりに満ち溢れた方でした。
★檜書店の近くの、イタリアレストランがお気に入りでした。
2月中旬、
「 フキノトウのスパゲッティーを、食べに行きましょうよ 」 と、
お電話を頂き、楽しく歓談しました。
それが、お別れとなってしまいました。
きっと、椙杜さんの謦咳に接した、
たくさんの方が、愛惜の涙を流されていることでしょう。
心より、お悼み申し上げます。
■檜書店ホームページ
http://www.hinoki-shoten.co.jp/
※ 当ブログ http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/m/200901
≪ 新春 能狂言 山本東次郎 能 バッハ
09.1.2 中村洋子 ≫ を、ご覧ください。
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初めてお便り差し上げます。
椙杜さまの訃報は、迂闊にもきょう知り、
検索の末中村さまのブログを拝読しました。
小生のHPにも訃報についてUPしました。
お読み頂ければ幸いです。
http://homepage3.nifty.com/inumaru/
犬丸治