■バッハ「イタリア協奏曲」第 2楽章は、なぜ、大譜表で記譜されていないか■
2011.4.24 中村洋子
★東日本大震災は、その後も連日、余震が続き、心が休まりません。
FUKUSHIMA第1原発の、冷却化作業も停滞しています。
これから事態がどうなるか、依然、予断を許しません。
★4月25日に、 「 横浜みなとみらい 」 で、
開催を、予定しておりました、
バッハ 「 インヴェンション・アナリーゼ講座 」 は、
お集まりの皆さまに、万一のことがあってはなりませんので、
延期とさせていただきます。
事態が早く安定、沈静化して、講座を再開できることを、
願っております。
★≪ バッハ 「 イタリア協奏曲 」 を読み解く ≫ の、続きです。
「 インヴェンション 」 の記譜は、直筆譜を見ますと、
上声が「 ソプラノ記号 」 、
下声は、 「 バス記号( ヘ音記号 )」 を主として、
「 アルト記号 」 も補助的に、使っています。
★これに対し、 「 イタリア協奏曲 」 の初版譜は、
上声がほとんど 「 ト音記号( ごく一部でアルト記号 )」 、
下声が、「 バス記号 」 と 「 アルト記号 」 となっています。
★この両者を比較しますと、楽譜の 「 風景 」 が、
大きく、異なっています。
バッハは、なぜ 「 イタリア協奏曲 」 で、
上声を、 「ト音記号」 で記譜したのでしょうか。
★まず、「 ト音記号 」 の意味から、ご説明いたします。
「 ト音記号 」 は、ドイツ語で 「 G Schlussel 」 または、
「 Violin-Schlussel 」 と、いいます。
「 Schlussel 」 は、英語の 「 key 」 に相当します、
鍵の意味です。
つまり、 「 G Schlussel 」 は、
G( ソの音 ) が、五線の第二線に位置することを、
示すための、記号です。
★別名の「 Violin-Schlussel 」 は、
「 ヴァイオリン記号 」 と、訳されます。
これは、ヴァイオリンやフルートなど、高い音域の楽器の、
記譜用に使われる、という意味です。
「 高音部記号 」 とも、訳されます。
★ここで、何かお気づきになるかもしれません。
「 イタリア協奏曲 」 の上声は、
ほとんど、ヴァイオリン記号で記譜されており
ヴァイオリンやフルートなど、オーケストラ高音域の楽器を、
バッハは、イメージしながら作曲していた、ということです。
★「 インヴェンション 」 の、
ソプラノ記号で、記譜された上声とは、
ずいぶん、意味が違っています。
★現代のピアノ実用譜では、ほとんど、上声は 「 ト音記号 」、
下声は 「 ヘ音記号 」 ( バス記号 ) を組み合わせた、
「 大譜表」 で、記譜されていますので、
上記のような、バッハ時代の人が、
感じていた微妙なニュアンスを、
楽譜から、汲み取ることは、できません。
★こんなことからも、手稿譜や、初版譜に目を通す必要性、
大切さが、お分かりになると、思います。
★さて、「 イタリア協奏曲 」 の第 2楽章ですが、
「 下声 」 の記譜が、大変に特徴的なのです。
8小節目の第 1拍目までは、すべて 「 アルト記号 」 で、
書かれています。
8小節目の 1拍目 「 カタカナ ニ音 」 直後の、
二つの 「 ひらがな に音 」 のみ、
「 バス記号 」 ( ヘ音記号 ) で、記譜され、
その後は、また 「 アルト記号 」 に、戻ります。
★この 8小節目の低い 「 ひらがな に音 」 を、
記譜するために使われた 「 バス記号 」 は、
17小節目まで、全く使われず、
すべて 「 アルト記号 」 と、なっています。
★それを、念頭において、第 1小節目に戻ります。
「 ト音記号 」 による 「 上声 」 は、全休止です。
「 アルト記号 」 による下声は、詳しく見ますと、
二声に、分離できます。
★その二声の上の声部は、 「 アルト 」 の声部、
下の声部は、 「 テノール 」 の声部と、とらえることが、
音域から見て、妥当です。
そして、1拍目 「 1点ニ音 」 のすぐ後に続く、
二つの 「 カタカナ ニ音 」 が、
「 テノール 」 の声部であることが、明確に、
第 8小節目と比較することにより、認識できます。
★このように、どの声部に属しているか、それを理解したうえで、
バッハの管弦楽作品の、オーケストレーションを参考にしますと、
どの楽器に相当する部分であるか、どんな音色やタッチで、
弾くべきか、自然に導き出されます。
★第 18小節目からは、第 28小節 2拍目まで、バッハは、
下声を、すべて 「 バス記号 」 で、書いています。
これも、先ほどの分析をいたしますと、演奏法が容易に、
導き出されます。
★ここを、エドウィン・フィッシャーは、どう考えていたか・・・、
19小節目から、その後の 8小節間は、
ノーブレスで弾くべきである、と書いています。
「 The next 8 bars to be played in one breath,without a break ,
4 bars always growing in intensity and in best legatissimo.
As if curving a high arch.」
★バッハが、 「 バス記号 」 を使っている部分と、
フィッシャーが 「 ノーブレス 」 としている部分は、
開始するところが、1小節ずれていますが、
ほぼ、一致しています。
★バッハの傑作 「 イタリア協奏曲 」 の源流が、
イタリアのヴィヴァルディーや、マルチェッロにまで、
遡ることができることは、以前、書きましたが、
私には、バッハの 「 無伴奏チェロ組曲第 6番 」 の、
「 アルマンド 」 の響きが、遠くから、
聞こえてくるようにも、思えます。
※copyright ©Yoko Nakamura
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