■フォーレ最晩年の「ピアノ三重奏」、Trio George Sandoの名演■
~11月18日、カワイ金沢でイタリア協奏曲第2楽章・アナリーゼ講座~
2016.11.13 中村洋子
★先週11月7日は、東邦音楽大学での公開講座でした。
Bach「Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集」、
「Inventionen und Sinfonien インヴェンションとシンフォニア」、
「Clavierbüchlein für Anna Magdalena Bach
アンナ・マグダレーナ・バッハのクラヴィア小曲集」、
それに、Beethoven ベートーヴェン(1770-1827)の
「Piano Sonata No. 14 Cis-Moll Op. 27-2, "Moonlight"
嬰ハ短調 月光」 などについて、
参加者の皆さまに、「Manuscript Autograph 自筆譜」facsimile を、
見て頂きながら、お話をいたしました。
★実用譜のみでの演奏と、
自筆譜によって得られるものを活かした演奏が、どのように違うか、
実際にピアノの音で体験していただきました。
★実用譜のみによる演奏を“お茶漬け”のように、
サラサラした演奏と名付け、一方、
自筆譜を基にした演奏、つまり、
各 motif モティーフががっちりと手を結び、引っ張り合う途方もない力で
構成されている演奏を、“杵で搗いた、グーンとよく伸びるお餅”に譬え、
解説しました。
★参加者のお一人が「私の演奏はお茶漬けね・・・」と、
おっしゃっていたようです。
自筆譜facsimileをお見せした時の、若い方々のキラキラと輝く目が
印象的でした。
余談ですが、最近の若い世代は、
お茶漬けをほとんど、召し上がらないそうです。
お餅も、機械搗きはギューとは伸びず、
比喩としては分かりづらかったかもしれません。
時代を感じます。
★11月18日は、KAWAI金沢で、
「Italienisches Konzert イタリア協奏曲」の、
第4回目アナリーゼ講座です。
今回は、第2楽章を勉強いたします。
★その準備で忙しいのですが、逆にいい演奏のCDを聴きたくなります。
銀座「山野楽器」のクラシックCDフロアーに、
「女性作曲家コーナー」があります。
私の「無伴奏チェロ組曲全6曲」
(Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー演奏)や、
http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/90dba19dc2add7098619b7d971f74fb7
ギター作品「Mars 夏日星」(斎藤明子、尾尻雅弘演奏)も、
http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/1e78896e6562f681fa405d88fb1fae60
置いていただいております。
★そのコーナーで求めましたCDがいま、お気に入りで、
何度も聴いております。
「RAVEL FAURE BONIS」 Trio avec piano / Trio George Sando
ラヴェル フォーレ メル・ボニス 近代フランスのピアノ三重奏作品」
トリオ / ジョルジュ・サンド
(ZZT 120101)
★このうちMel Bonis メル・ボニス(1858-1937)の小品二曲:
「Soir Op.76」、「Matin Op.76」 (1907年)が、大変に美しく、
気に入りました。
★この Bonis ボニスの作品を挟んで、最初の曲は、
Maurice Ravel モーリス・ラヴェル(1875-1937)の
「Trio pour piano,violon,violoncelle」Op.76 (1914年)、
そして最後は、 Gabriel Fauré ガブリエル・フォーレ(1845-1924)の、
「Trio pour piano,violon,violoncelle」Op.120 (1923年)です。
この曲は、大変に素晴らしい演奏です。
★Fauré後期の作品の演奏につきましては、
どこか“構え”て、サラサラと流れるような、
やや色彩感に乏しい演奏が多いように、見受けられます。
しかし、フォーレ後期の和声は、万華鏡のように、次から次へと、
新鮮で豊かな響きを湛えています。
それを臆することなく、歌っていけばいいと思います。
その点で、このTrio George Sandoの演奏は生命力が溢れ、
優れていると思います。
★Ravelのトリオは、以前ご紹介しましたように、
Arthur Rubinstein アルトゥール・ルービンシュタイン(1887-1982)、
Piatigorsky ピアティゴルスキー(1903-1976)、
Heifetz ハイフェッツ (1901-1987)による“王道を往く”ような
良い演奏が、数多くあります。
★しかし、Fauré の最後期のこの作品は、なかなか良い演奏には
巡り会いません。
大昔のことですが、NHKの第1放送で、声楽家の故河本喜介先生が、
Fauré 最後期の「 L'horizon chimerique 幻想の水平線 Op. 118」を、
何度か取りあげ、詳しく解説されていたのを思い出します。
★この曲は、誰もが好きになるフォーレの若い頃の作品
「Lydia リディア Op.4-2」、「Après un rêve 夢のあとに Op.7-1」
などとは異なり、極限まで切り詰めた少ない音で作曲され、
聴く人の胸をかきむしるように迫ってくる・・・、
優しい語り口の名解説が、いまでも耳に残っています。
そして、やはり、この曲の名演奏が少ないと、
河本先生は、嘆いていらっしゃいました。
私はこの曲を、Gérard Souzay ジェラール・スゼー(1918–2004)で、
愛聴しております。
★このフォーレ「Trio Op.120」の、第1楽章は、d-Moll 二短調で、
書かれています。
最初の2小節はピアノソロで「mezzo p」と指定され、
密やかな「a¹」と「f¹」のトレモロです。
★3小節目から、そのピアノを伴奏として、Celloが「mezzo p」と
「cantando(歌うように)」で、声をひそめるように、
歌い始めます。
そして、このCelloの“歌”は、22小節目まで続きます。
★23小節目からは、同じメロディーをこんどはViolinが
「mezzo p」と「cantando」で同様に、
密やかに歌います。
★フォーレの晩年の作品は、「創作力が枯渇した」と、
よく誤解され勝ちですが、決してそうではありません。
全く新しい世界へと踏み出していった、といえます。
内面に尽きぬ火を灯しつつ、遥かかなたを凝視しているような、
静かで美しい世界です。
★この時期、フォーレは、Beethovenと同じように、耳の疾患に
悩まされていたのですが、作品に影響を与えているとは
全く言えないでしょう。
★3~6小節目のCelloの旋律を見ますと、
冒頭の「d」と6小節目の「d」により、この4小節目が、
双方から、あたかも万力によりギュッと締められているような、
イメージが浮かびます。
★Celloの旋律から始まる3小節目からは、
Celloの旋律の上方の音域に、さざ波のようなピアノの8分音符が
続きます。
★3小節目Celloは、「d」で始まり、
(d - a - b - g - f - d)を経て、
6小節目の付点2分音符「d」で、4小節から成るフレーズを閉じます。
★3小節目と6小節目の「d」で、両方から強い力がかかり、
圧縮されたようなフレーズです。
お餅のイメージです。
★7、8小節目の2分音符を「1単位」として、
9、10小節目は、それを5度上行で同型反復します。
★12小節目から始まる上行形は、13、14小節目で
半音階上行形となります。
物凄いエネルギーで、15小節目の頂点へと、向かいます。
まさに、お餅をグーンと伸ばしたようです。
★15小節目の頂点から、フォーレは、テノール記号で記譜しています。
それだけ、Celloにとっては高音域である、ということです。
★19小節目から、徐々に静まり、21小節目はバス記号(ヘ音記号)に
復帰します。
★23小節目からは、また、「mezzo p」「cantando」に戻り、
こんとはViolinが、Celloの3小節目からの旋律を引き継ぎます。
★以前は、Fauré の楽譜は選択肢が限られていましたが、
現在、この「Trio pour piano,violon,violoncelle」Op.120
の楽譜につきましては、
ベーレンライターの楽譜がベストと、思います。
https://www.academia-music.com/academia/search.php?mode=detail&id=1501647965
★私はいつも、古い録音をご紹介していますが、
それは、古いものに良い演奏があるという、単純な理由に過ぎません。
しかし、このCDを録音した女性奏者のトリオ「George Sand」のように、
現代でも、素晴らしい奏者は当然、いらっしゃいます。
★古い録音でいまでも残っているのは、淘汰された結果、
良い演奏のゆえに残った、ということです。
現代でも、コマーシャリズムに毒されていない演奏家を、
じっくりと探しますと、
このような素晴らしい演奏に巡り会うことができる、とも言えます。
★このCDは、解説も分かりやすいいい解説です。
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