音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■リヒテルは、平均律 第 2巻 をどう見ていたか■

2013-08-18 15:14:58 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■

■リヒテルは、平均律 第 2巻 をどう見ていたか■
                 ~ 平均律 第 2巻は、調性の大崩壊 ~
                        2013.8.18   中村洋子

 

 


★溶けてしまいそうな炎暑が、延々と続いています。

8月 30日 (金 )  KAWAI表参道での

「 平均律クラヴィーア曲集 第 2巻・アナリーゼ講座 」 は、

第 6番 d-Moll です。

その勉強で、忙しい毎日です。

前回は、3番 Cis-Dur でしたが、 4番 cis - Moll 、5番 D-Dur は、

Bach の London Manuscript 自筆譜 で、欠落しておりますので、

3番から、一気に 6番へと飛びます。


★平均律クラヴィーア曲集 第 1巻では、このようなことはなく、

すべて順番に、講座を進めてきました。

第 2巻 は、 4、 5番の自筆譜がないため、

Bach がどのようなレイアウトで記譜したか、

永遠の謎なのですが、いくつかの部分につきましては、

“ 多分、このようにしていたのでは・・・ ” という、

勘が、働くようになりました。


★それは、「 Inventionen und Sinfonien 

インヴェンションとシンフォニア 」、

 「 Wohltemperirte Clavier Ⅰ 

平均律クラヴィーア曲集 第 1巻 」 の、すべての曲について、

Bach 自筆譜を、忠実に書き写してきたからです。

Bach がレイアウトによって伝えたいことが、段々と、

理解できるようになったからです。

 

 


★第 2巻で存在するBach 自筆譜と、Anna Magdalena Bach

アンナ・マグダレーナ(1701~ 1760) による

いくつかの写譜を、すべて写譜し終えた後の段階で、

4、 5番につきましても、ある程度、自信をもって、皆さまに、

Bach が意図した構造などを、お伝えできると思います。

それが、Bach 先生からの、忠実に自筆譜を学んだことに対する、

ご褒美かも、しれません。


★勉強の合間に、以前、読みました本、

「 リヒテルは語る 人とピアノ 芸術と夢 」

ユーリー・ボリソフ著 宮澤淳一訳 = 音楽之友社 に、

目を、通しています。


Sviatoslav  Richter 

スヴャトスラフ・リヒテル ( 1915- 1997 ) は、

この本で、 Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集

についても、語っています。


★≪ 第 1巻については、純然たる音楽で、高度な数学的世界であり、

分け入る隙が、まったくない≫。

( 「 分け入る隙 」 という語が、どのような語の訳か分かりませんので、

妥当かどうかは不明です。

たぶん、極めて緊密である、という意味でしょう)

≪ ところが、 第 2巻は、3つに、分断できた。8曲ずつに・・・≫


★第 1巻について、 「 分け入る隙が、まったくない 」 と、

Richter リヒテルが言ったのは、私も、分かるような気がします。

第1巻は、 「 調性 」 とは何か ― 、という命題に、

解答を与える曲集であったと、私は、思います。

これについては、すでに、表参道での

「 平均律クラヴィーア曲集 第 1巻 全24回 」 のアナリーゼ講座で、

詳しく、ご説明しました。

 

 


第 2巻は、どのような曲集か

それにつきましては、第 2巻のアナリーゼ講座を通して、

探求しているわけですが、

Bach は、 ≪ 調性の崩壊までを、見据えている ≫ ように、

感じております


★この 6番の fugueフーガ でも、強く、

調性の崩壊を、予知できます。

それは、この fugue フーガの subject 主題に、

半音階が含まれているからでは、ありません。

「 半音階 」 は、 「 調性 」 の中に含有されていて、

半音階が多用されているから、

調性から逸脱する、ということではないのです。


6番 fugueフーガで、 ≪ どのような和声がつけられ、

その和声と和声との関係がどうであるか ≫ を、詳細に検討してこそ、

何が調性の崩壊へと繋がっていくのかが、分かってくるのです。


★それを、 30日の講座では、各和音をピアノの音で実際に聴きながら、

ご理解していただきます。

6番の 前奏曲&フーガは、この 「 和声 」 を理解いたしませんと、

本当には演奏できないと、思います。


★4、 5番の失われた Bach 自筆譜のレイアウトについて、

「 想像できる 」 と、冒頭に書きましたのは、

4、 5番が 、6番に対応する形で、作曲されているためです。


5番  fugue フーガ  D-Dur  は、

6番  fugue フーガ d-Moll  とは、正反対に、

調性の根幹である  「 主和音 - トニック 」 と、

「 属和音 - ドミナント 」 の関係を、

むき出しにした 「 Subject - 主題 」 で、展開されています。


この正反対の曲を配置することで、 「 Wohltemperirte Clavier Ⅱ

平均律クラヴィーア曲集 第 2巻 」 の、複雑な世界が構成されます。

Richter リヒテルは、 5番について、 fugueフーガを 、

「 ダモクレスの剣 」 と、 「 マックス・エルンストの絵画 」 に、譬えています。


「 fugueフーガ・・・運命の主題として、

私たちの上にぶら下がったダモクレスの剣 」

天井から髪の毛1本で吊り下げられた剣の、緊迫感。

「(シュールレアリスムの画家)エルンストの作品に、

小さな家がはめこまれた絵がある。たいへんに有名な絵だ。

屋根の上には、ブザーのボタンに手を伸ばす人間がいる。

いまにも音が鳴りそうだー

すると私たちの生活のすべてが一変するのだ 」

 

 


★ Richter リヒテルは、 「 ダモクレスの剣 」 = 緊迫感 と、

「 すべてが一変する 」 という言葉で、

5番から 6番への、大転換を意味しているのだと、思います。


5番 fugueフーガが、 ≪ 調性の極み ≫ 、

6番 fugueフーガが、 ≪ 調性の大崩壊 ≫ であるとしますと、

5番と 6番は、両極端の曲である、といえます。

両極端を、行きつ戻りつするのが、

「 Wohltemperirte Clavier Ⅱ 平均律クラヴィーア曲集 第 2巻 」 の、

巨大な世界なのかも、しれません。


★ Richter リヒテルは、第 2巻を、 8曲ずつに分けていますが、

8番 嬰ニ短調 dis-Moll の fugueフーガを、

「 私が、一番好きな fugueフーガだ 」 と、語っています。


この本の訳では、この曲を 「 変ホ短調 es-Moll 」 と、記しています。

 しかし、 「 変ホ短調 es-Moll 」 は、決定的な誤りです。

「 嬰ニ短調 dis-Moll 」 でなくては、ならないのです。


7番は 変ホ長調 Es-Dur 、

8番は 嬰ニ短調 dis-Moll 、

9番は ホ長調 E-Dur  が、正しいのです。


★Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集の根幹にかかわる、

最も、大切なことです。

 嬰ニ短調 dis-Moll は、 変ホ短調 es-Moll  の、

異名同音  ( enharmonic エンハーモニック ) 調 です。


8番を、 変ホ短調 es-Moll としますと、

一見  「 7番  Es-Dur 、 8番 es-Moll 、  9番 E-Dur   」  と、

きれいに、整って見えます。 

しかし、Bach が ≪ es-Moll ≫ ではなく、

≪ dis-Moll≫ を、選びましたのは、

深い意味が、あるためです。

訳者の勝手な改竄は、厳に慎むべきでしょう。

Wohltemperirte Clavier を、理解していないのでしょう。


★ちなみに、

 「 Wohltemperirte Clavier Ⅰ  平均律クラヴィーア曲集 第 1巻 」 の 、

8番は、≪ 前奏曲 prelude が  es-Moll  ≫、

≪  fugueフーガが  dis-Moll ≫ で、作曲されています。

prelude と fugue の調性を、 enharmonic エンハーモニック 調にするほど、

Bach は、深く深く、考えています

 

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ■限りない優しさがにじみ出る... | トップ | ■「 Ries & Erler」 から、私の「Suite f... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

■ 感動のCD、論文、追憶等■」カテゴリの最新記事