音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ BACH 「 無伴奏チェロ組曲 全 6曲」 の調性がもつ、本当の意味 ■

2011-10-05 00:49:46 | ■私のアナリーゼ講座■

■ BACH 「 無伴奏チェロ組曲 全 6曲」 の調性がもつ、本当の意味 ■
           2011.10.5  中村洋子  Yoko Nakamura

 

 

★「 人類の宝 」 ともいうべき、

Johann Sebastian Bach  バッハ  ( 1685~1750 ) の

「 Suiten für Violoncello solo 無伴奏チェロ組曲 全 6曲 」  。


★この 「 無伴奏チェロ組曲 」 を、いろいろな角度から、

分析していきたい、と思います。

まずは、大きな要素である 「 調性 」 について、

今回は、考えてみます。


Pablo Casals パブロ・カザルス(1876~1973) の

幼少年時代、世の中で、このチェロ組曲の価値は、

まだ、全く理解されていませんでした。

コンサートで、メインのプログラムの間に、

組曲の中から、 1曲か 2曲が単独で、

彩りを添えるように、演奏されていたようです。

オードブルか、つまみのようなものでした。


★“ カザルスが、この組曲の楽譜を発見するまでは、

忘れ去られ、埋もれていた ” とするのは、誤解のようです。

全く、弾かれていなかった訳では、ありません。


★Prelude プレリュード 、 

Allmande アルマンド 、 

Courante クーラント、

Menuett メヌエット  ( または、 Bourrée ブーレ か Gavotte ガボット )、

Sarabande サラバンド、 

Gigue ジーグ 

という、6種の舞曲が組み合わされ、一つの曲が、出来ています。

その舞曲で、踊る訳ではありません。


★カザルスは、この組曲を、10数年かけて、研究しました。

その結果、 いくつかの小曲を、脈絡なく組み合わせた

 「曲集 」 ではなく、まるで宇宙全体を司るような、

緊密な構成により、 1曲ができていると、分析しました

そして、それを、実演で示し、

後の  「全 6曲の録音 」 という偉業に、つながっていくのです。

 

 


★さらに、全 6曲を一つの 「 壮大な楽曲 」 として、

構成するのが、バッハの意図でもあったのです

全 6曲を束ねていくために、使った工夫とは何か?

その大きな要素の一つが、 「 調性 」 です。

・組曲 1番  =  G - Dur        ト長調
・組曲 2番  =   d - Moll      ニ短調   
・組曲 3番  =   C - Dur      ハ長調
・組曲 4番  =   Es - Dur   変ホ長調
・組曲 5番  =   c - Moll      ハ短調
・組曲 6番  =   D - Dur          ニ長調


1番の ト長調を 「 主調  」 としますと、

6番の ニ長調は、 「 属調 」 です。

この  ≪ 主調 と 属調 ≫ の関係は、

調性上、 「 最強の関係 」 です。


★音階の一番大事な音は、 「 主音 」 ですが、

次に重要な音は、主音から 5度上の 「 属音 」 です。

主音の上に形成される 3和音が 「 主和音 」 、

属音の上に形成される 3和音が、 「 属和音 」 です。

主和音が、属和音を志向し、属和音は主和音を志向するのです。

属和音から主和音に連結することを、 「 完全終止 」 といい、

最も、安定し、強力な和音の連結になります。

「 主和音と属和音の関係 」 は、

音階の主音を、主音とする 「 主調 」 と、

音階の属音を、主音とする  「 属調 」 にも、同様のことがいえます。

「 最強 」 ということの意味は、このことを指します。


 
Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集のように、 

「 1番 」 の調を、 「 C-dur  ハ長調 」 としなかったのは、

以下の理由からでしょう


★チェロの 4弦は、 「 C - G - d - a  」 と調弦されます。

2番目に低い開放弦が、 「 G 」 です。

この 「 G 音 」 を、主音とするのが 「 G-Dur  ト長調  」 、

つまり、組曲 1番の調性です。


★1番プレリュードは、 G - Dur の主和音 ( ソ シ レ ) から、

始まりますが、実際には

 G = ひらがなト音    d = かたかなニ音    h = かたかなロ音、

という、開離配置です。 

G と d は、開放弦と同じ高さです。

主和音の次に、重要な属和音  ( レ ファ♯ ラ )  の  「 D音 」 を、

バッハは、25、 26、 29小節の 第 1拍で、見られるように、

「 D = ひらがなニ音 」 の位置、すなわち、

曲頭の「 G音 」 の、4度下に、置くことができたのです。


★もし、この曲を 「 C-dur 」 にしますと、

冒頭の主和音 ( ド ミ ソ ) の  「 ド 」 を、

現在の G より、 4度高い 「 カタカナ ハ音 ( c ) 」 で、始めるか、

5度高い 「 ひらがな は音 ( C ) 」 で、始めることになります。

 「 カタカナ ハ音 ( c ) 」 で始めますと、G音で始めるのに比べ、

音域が高く、6曲のチクルスの最初の曲としては、

少し、軽い感じとなってしまいます。


★逆に、 「 ひらがな は音 ( C ) 」 で、始めますと、

重厚な感じになりますが、上記のように、

主音の 4度下の属音から、主音に 「 返り咲く 」 という

調性の、最も美しい進行が、不可能となってしまいます。

「 最強の進行 」 は、音楽の自然な流れに適うため、

美しいのです。


★このようにみていきますと、

 「 組曲 1番 」  は、 「 G - Dur  ト長調 」 でしか、

あり得ないのです。

 

 


★一方、終曲の 「 組曲 6番 」  は、

 「 G - Dur 」 の、最も重要な音である 属音 「 レ 」 を、

主音とする 「  D - Dur  ニ長調 」  です。

つまり、  ≪ 1番と 6番は、最強の組合せ ≫ なのです。

この 2曲が、 6曲全体を

 ≪ 調性の枠組 ≫  で、揺るぎなく、強固に支配しています。


★「 組曲 2番   d - Moll ニ短調 」 は、 1番 「 G - Dur 」 の、

属調  D - Dur の同主短調 ( 主音が、同じ長調と短調 ) です。

この点から、みましても、

 ≪ 1、2番は、強い絆で 6番と、手を結んでいる ≫

ことが、分かります。

音楽的な内容についても、同様です。


★「 3番  C - dur  ハ長調 」 は、

1番 「 G - Dur 」 から見ますと、「 下属調 」 です。

音階の 「 下属音 」 を、主音とする調です。

「 下属音 」 は、 英語では subdominant  、

仏語では sous - dominante 、

( 属音が、主音の 5度上の音であるのに対し )

「 主音から 5度下 」 の音です。

( 通常、属音という場合は、上属音のこと )

下属調は、属調に次いで、主調に対し、

強固な結び付きを、もっています。


★この結果、 ≪ 上属音 の調 D- Dur( 6番 ) と 、

下属音の調 C-Dur  ( 3番 ) と が、 5度の関係で

 「 G-Dur ( 1番 ) 」 を、挟み込んでいる ≫

というのが、組曲全 6曲の、大きな構図、

つまり、調性の実体なのです。

 

 


組曲 4番は、 「  Es - Dur 変ホ長調 」 です。

この調は、 「c - Moll 」  の平行調です。

「 3番  C - Dur 」 の同主短調が、 「c - Moll 」  でもあるのです。

その平行調が、 「  Es - Dur 変ホ長調 」 という関係です。


★余談ながら、この 2つの調の主音 「 C 」 と 「 Es 」 の、

≪ 短 3度の関係 ≫ を、徹底的に学び、活かしたのが、

Franz  Schubertシューベルト(1797~1828)

Frédéric  Chopin ショパン (1810~1849)、

Johannes Brahms ブラームス(1833~1897) です。


★これらのことから、分かりますのは、

≪ 1、  3、  6 番が、極めて強い関係で結ばれている ≫

のに対し、 2、 4番は、同じ近親調 ( related keys ) とはいえ、

やや、距離を置いた近親調であり、

曲の内容も、柔らかな印象です。


★そして、残るのは 「 組曲 5番   c - Moll  ハ短調 」  です。

4番 「  Es - Dur 変ホ長調 」 の平行調であり、

3番 「  C - Dur  ハ長調 」 の同主短調と、なります。

3番、 4番の調が、 5番の「 c - Moll 」 を目指し、

収斂していくのです。

バッハは、この ≪ 5番 ≫ を全 6曲の、

頂点 High Point  ( Höhepunkt ) として、作曲したことは、

間違いのないことでしょう。

そして、その5番の中での頂点が、 「 サラバンド 」 です。
 
バッハの作品の頂点の一つである、ともいえます。


バッハは、この 「 組曲 5番 」 を、

 「  c - Moll  ハ短調 」 とすることに、

異例といえるほどの、工夫を凝らしています。

「 c - Moll 」 での 5番を、円滑に、演奏できるよう、

チェロの最も高い 「 A 」 の弦を、2度低い 「 G 」 に、

変則的な調弦とするよう、指定しています。


★調弦を変えるのは、演奏者にとって、面倒で厄介なことです。

通常の調弦がベストであることは、当然です。

しかし、バッハはあえて、調弦を変えることまでしてこだわり、

欲したのが、 「 c - Moll  ハ短調 」  です。

 ≪ c - Moll  ハ短調 ≫  でなくては、ならなかったのです。

3番、 4番の調が、 5番の 「 c - Moll 」  へと収斂し、

3番の調は、1番、6番と緊密に結び付き、

1、2番は、表裏一体の関係にある調だからです。

 

 


★最後の 6番 「 D - dur   ニ長調  」 は、

まるで、天上の高みのような、美しい音楽です。

成就し遂げた後の、喜びの曲である、ともいえます。

M G G によりますと、

「 バッハが、4弦のほかに、さらに高い 1弦を加えた 

“ Violoncello piccolo ” という楽器 ( C - G - d - a - e1 ) を、

ライプツィッヒの Johann Christian Hoffmann  (1683~1750 )

 という製作者に依頼した 」 ということです。

(よく解説書に書かれている「 5弦の viola pomposa 」

という楽器と、混同されているようです。

バッハは、 viola pomposa  という言葉は、一度も、

使っていないそうで、本当のことは、よく分かりません。)
 
6番は、この “ Violoncello piccolo ” で、

演奏されたのかも、しれません。


弦の調弦を変えたり、さらには、

通常のチェロとは異なる ≪ 5弦のチェロ ≫ を、

使用するまでして、バッハは、

この「 無伴奏チェロ組曲 全 6曲 」 で、

何を、追究したのでしょうか?


それは、6曲が、個々にバラバラではなく、

6曲全体で、一つの宇宙を構成し、

惑星どうしが、互いに引き合い、支え合うかのように、

微塵たりとも、動かすことのできない ≪ 究極の秩序 ≫

つまり、調性という ≪ 秩序の天空 ≫ を構築し、

美しい音楽が、恒久に奏でられることだったのでしょう。


★逆にいえば、 ≪ 調性とは何か ≫ を終生、追究したバッハが、

その解答として、人類に贈ったのが、

「 Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集 」 であり、

「 Suiten für Violoncello solo 無伴奏チェロ組曲  」

であるのです。


★そして、その追究の行き着いたところが、

最後の未完の作品 「 Die Kunst der Fuge フーガの技法 」 です。

ここでは、楽器の指定がもはや、必要とされない世界へと、

昇華しているのです。

 

 


★最近では、この 「 無伴奏チェロ組曲 」 を、

チェロ以外の楽器で演奏するため、安易に、

調性を変え、移調して演奏することが、

よく、見受けられるようです。


★アマチュアの方が、バッハに親しむための手段としては、

致し方ない面も、あります。

それにより、バッハの世界を、より深く知ろうという、

動機になりうるためです。

しかし、プロの音楽家が、安易に、移調をするのは、

バッハの意図した調性による構図を、棄損することにつながり、

すべきではないと、私は思います。

さらに、音を一音でも、削除したり、追加すると、

バッハが構築した counterpoint  と harmony の、

完璧な音の美の世界が、無残にも、

ガラガラと音を立てて、崩れ落ちるのです。

 

 


 




 

 

 

  ★私の作品の CD 「 無伴奏チェロ組曲 4、 5、 6番 」

 Wolfgang  Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー演奏は、

 全国の主要CDショップや amazon でも、ご注文できます。

http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/90dba19dc2add7098619b7d971f74fb7

http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/m/201412

 

 

★私の著書≪クラシック音楽の真実は大作曲家の自筆譜にあり≫に、

このBach 「無伴奏チェロ組曲」の調性について、

さらに詳しく書いてあります。

 

http://diskunion.net/dubooks/ct/detail/1006948955

http://diskunion.net/classic/ct/detail/1006437633
http://diskunion.net/diw/ct/detail/1006437641

 

私の作品「無伴奏チェロ組曲全6曲」の楽譜:

https://www.academia-music.com/html/page1.html?s1=Nakamura%2CY.&sort=number3,number4,number5

 http://shop.rieserler.de/index.php?cat=c90_Violoncello-solo-Violoncello-solo.html&sort=&XTCsid=11cca6fd760771a2588ec077d00e6266&filter_id=729

                     ※copyright©Yoko Nakamura

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