■リヒテルは、平均律 第 2巻 をどう見ていたか■
~ 平均律 第 2巻は、調性の大崩壊 ~
2013.8.18 中村洋子
★溶けてしまいそうな炎暑が、延々と続いています。
8月 30日 (金 ) KAWAI表参道での
「 平均律クラヴィーア曲集 第 2巻・アナリーゼ講座 」 は、
第 6番 d-Moll です。
その勉強で、忙しい毎日です。
前回は、3番 Cis-Dur でしたが、 4番 cis - Moll 、5番 D-Dur は、
Bach の London Manuscript 自筆譜 で、欠落しておりますので、
3番から、一気に 6番へと飛びます。
★平均律クラヴィーア曲集 第 1巻では、このようなことはなく、
すべて順番に、講座を進めてきました。
第 2巻 は、 4、 5番の自筆譜がないため、
Bach がどのようなレイアウトで記譜したか、
永遠の謎なのですが、いくつかの部分につきましては、
“ 多分、このようにしていたのでは・・・ ” という、
勘が、働くようになりました。
★それは、「 Inventionen und Sinfonien
インヴェンションとシンフォニア 」、
「 Wohltemperirte Clavier Ⅰ
平均律クラヴィーア曲集 第 1巻 」 の、すべての曲について、
Bach 自筆譜を、忠実に書き写してきたからです。
Bach がレイアウトによって伝えたいことが、段々と、
理解できるようになったからです。
★第 2巻で存在するBach 自筆譜と、Anna Magdalena Bach
アンナ・マグダレーナ(1701~ 1760) による
いくつかの写譜を、すべて写譜し終えた後の段階で、
4、 5番につきましても、ある程度、自信をもって、皆さまに、
Bach が意図した構造などを、お伝えできると思います。
それが、Bach 先生からの、忠実に自筆譜を学んだことに対する、
ご褒美かも、しれません。
★勉強の合間に、以前、読みました本、
「 リヒテルは語る 人とピアノ 芸術と夢 」
ユーリー・ボリソフ著 宮澤淳一訳 = 音楽之友社 に、
目を、通しています。
★Sviatoslav Richter
スヴャトスラフ・リヒテル ( 1915- 1997 ) は、
この本で、 Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集
についても、語っています。
★≪ 第 1巻については、純然たる音楽で、高度な数学的世界であり、
分け入る隙が、まったくない≫。
( 「 分け入る隙 」 という語が、どのような語の訳か分かりませんので、
妥当かどうかは不明です。
たぶん、極めて緊密である、という意味でしょう)
≪ ところが、 第 2巻は、3つに、分断できた。8曲ずつに・・・≫
★第 1巻について、 「 分け入る隙が、まったくない 」 と、
Richter リヒテルが言ったのは、私も、分かるような気がします。
第1巻は、 「 調性 」 とは何か ― 、という命題に、
解答を与える曲集であったと、私は、思います。
これについては、すでに、表参道での
「 平均律クラヴィーア曲集 第 1巻 全24回 」 のアナリーゼ講座で、
詳しく、ご説明しました。
★第 2巻は、どのような曲集か?
それにつきましては、第 2巻のアナリーゼ講座を通して、
探求しているわけですが、
Bach は、 ≪ 調性の崩壊までを、見据えている ≫ ように、
感じております。
★この 6番の fugueフーガ でも、強く、
調性の崩壊を、予知できます。
それは、この fugue フーガの subject 主題に、
半音階が含まれているからでは、ありません。
「 半音階 」 は、 「 調性 」 の中に含有されていて、
半音階が多用されているから、
調性から逸脱する、ということではないのです。
★6番 fugueフーガで、 ≪ どのような和声がつけられ、
その和声と和声との関係がどうであるか ≫ を、詳細に検討してこそ、
何が調性の崩壊へと繋がっていくのかが、分かってくるのです。
★それを、 30日の講座では、各和音をピアノの音で実際に聴きながら、
ご理解していただきます。
6番の 前奏曲&フーガは、この 「 和声 」 を理解いたしませんと、
本当には演奏できないと、思います。
★4、 5番の失われた Bach 自筆譜のレイアウトについて、
「 想像できる 」 と、冒頭に書きましたのは、
4、 5番が 、6番に対応する形で、作曲されているためです。
★5番 fugue フーガ D-Dur は、
6番 fugue フーガ d-Moll とは、正反対に、
調性の根幹である 「 主和音 - トニック 」 と、
「 属和音 - ドミナント 」 の関係を、
むき出しにした 「 Subject - 主題 」 で、展開されています。
★この正反対の曲を配置することで、 「 Wohltemperirte Clavier Ⅱ
平均律クラヴィーア曲集 第 2巻 」 の、複雑な世界が構成されます。
Richter リヒテルは、 5番について、 fugueフーガを 、
「 ダモクレスの剣 」 と、 「 マックス・エルンストの絵画 」 に、譬えています。
★ 「 fugueフーガ・・・運命の主題として、
私たちの上にぶら下がったダモクレスの剣 」
天井から髪の毛1本で吊り下げられた剣の、緊迫感。
「(シュールレアリスムの画家)エルンストの作品に、
小さな家がはめこまれた絵がある。たいへんに有名な絵だ。
屋根の上には、ブザーのボタンに手を伸ばす人間がいる。
いまにも音が鳴りそうだー
すると私たちの生活のすべてが一変するのだ 」
★ Richter リヒテルは、 「 ダモクレスの剣 」 = 緊迫感 と、
「 すべてが一変する 」 という言葉で、
5番から 6番への、大転換を意味しているのだと、思います。
★5番 fugueフーガが、 ≪ 調性の極み ≫ 、
6番 fugueフーガが、 ≪ 調性の大崩壊 ≫ であるとしますと、
5番と 6番は、両極端の曲である、といえます。
両極端を、行きつ戻りつするのが、
「 Wohltemperirte Clavier Ⅱ 平均律クラヴィーア曲集 第 2巻 」 の、
巨大な世界なのかも、しれません。
★ Richter リヒテルは、第 2巻を、 8曲ずつに分けていますが、
8番 嬰ニ短調 dis-Moll の fugueフーガを、
「 私が、一番好きな fugueフーガだ 」 と、語っています。
★この本の訳では、この曲を 「 変ホ短調 es-Moll 」 と、記しています。
しかし、 「 変ホ短調 es-Moll 」 は、決定的な誤りです。
「 嬰ニ短調 dis-Moll 」 でなくては、ならないのです。
★7番は 変ホ長調 Es-Dur 、
8番は 嬰ニ短調 dis-Moll 、
9番は ホ長調 E-Dur が、正しいのです。
★Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集の根幹にかかわる、
最も、大切なことです。
嬰ニ短調 dis-Moll は、 変ホ短調 es-Moll の、
異名同音 ( enharmonic エンハーモニック ) 調 です。
★8番を、 変ホ短調 es-Moll としますと、
一見 「 7番 Es-Dur 、 8番 es-Moll 、 9番 E-Dur 」 と、
きれいに、整って見えます。
しかし、Bach が ≪ es-Moll ≫ ではなく、
≪ dis-Moll≫ を、選びましたのは、
深い意味が、あるためです。
訳者の勝手な改竄は、厳に慎むべきでしょう。
Wohltemperirte Clavier を、理解していないのでしょう。
★ちなみに、
「 Wohltemperirte Clavier Ⅰ 平均律クラヴィーア曲集 第 1巻 」 の 、
8番は、≪ 前奏曲 prelude が es-Moll ≫、
≪ fugueフーガが dis-Moll ≫ で、作曲されています。
prelude と fugue の調性を、 enharmonic エンハーモニック 調にするほど、
Bach は、深く深く、考えています。
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