音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■新しく出版されたラヴェルのピアノ小品と、楽譜の「解説」について■

2009-07-09 20:56:08 | ■私のアナリーゼ講座■
■新しく出版されたラヴェルのピアノ小品と、楽譜の「解説」について■
                  09.7.9  中村洋子


★ラヴェル作曲「 Menuet en ut diese mineur 」pour Piano 

「 メヌエット 嬰ハ短調 」~ピアノのための~ の楽譜は、

「フランス国立図書館」la Biblioteque nationale de France に、

保存されていましたが、2007年に初めて、出版されました。

自筆譜に基づいた、出版です。


★添付の解説には「この作品は、1904年の作曲

(音楽学者のマルセル・マルナMarcel Marnatの説)」

と、書かれています。

ラヴェルが、29歳のときの作品です。

1904~5年にかけては、ピアノ曲集「鏡」

(第4曲目が、有名な「道化師の朝の歌」)が、

作曲されています。


★ラヴェル(1875~1937)は、それまでに、

「古風なメヌエット」20歳、

「クレマン・マロの墓碑銘」(独唱とピアノ) 21~24歳、

「亡き王女のためのパヴァーヌ」 24歳、

「水の戯れ」 26歳、「弦楽四重奏曲」 27~28歳など、

今日でも愛され続けている名曲を、たくさん、書いています。

歌曲「クレマン・マロの墓碑銘」は、私も大好きで、

完璧な、非の打ち所のない作品と、思います。


★≪ドビュッシーは、「ひらめき」の天才、

ラヴェルは、「努力」の天才≫という、誤ったイメージが、

ありますが、どちらも見当はずれな「誤解」です。

天才は、若いときから、天才で、

20歳のころから、傑作を、たくさん書いているのです。


★ラヴェル(1875~1937)は、生涯で、いくつかの、

重要なメヌエットを、書いています。

「古風なメヌエット」(1895)、

「ソナチネ」(1903~05)の第2楽章、

「ハイドンの名前によるメヌエット」(1909)、

「クープランの墓」(1914~17)の第5曲目、などです。


★今回出版された、嬰ハ短調のメヌエットは、

「ソナチネ」と同時代の作品です。

曲は、アウフタクト1拍 + 23小節の短い曲ですが、

実に、精緻で、ドビュッシーの「前奏曲集」の短さを思えば、

決して、侮ることのできない曲、といえます。


★3部構成の第2部に当たる、9小節目から16小節目まで、

バスの部分に、属音の嬰ト音が、保続音として置かれています。

これは、私が「前奏曲とは何か」で、お話ししました

スタイルの、変形です。


★「ソナチネ」や、「ハイドンの名前によるメヌエット」に似た、

響きをもちながら、7小節目から8小節目にかけての、カデンツは、

ラヴェル20歳の作品「古風なメヌエット」

「 Menuet Antique 」の7小節目から8小節目のカデンツに、

酷似しています。


★日本で出版された、「古風なメヌエット」の、

とある楽譜の解説で、「<古風>、というより生硬な音造り、

教会旋法の使用は、ラヴェル生涯の手法だが、それを、潤色する

非和声音が倚音、経過音、刺繍音に限られ、ラヴェル特有の

多彩で精緻な非和声音の合成に至っていない」と、書かれています。


★「古風なメヌエット」は、決して、<生硬な音造り>の、

曲ではない、と思います。

ラヴェルが狙ったのは、「 Antique 」、即ち、

メヌエットが踊られていた、古い時代の宮廷を、

懐かしく、思い起こすような曲です。

ラヴェル自身がこの曲を、オーケストラ用に直した曲を、

聴きますと、どのようなイメージであったか、

手にとるように、分かります。


★上記の、日本で出版された楽譜の解説には、

“ラヴェルが20歳で書いた、若書きの作品”、

“作曲技法は、年とともに上達する”という、

2つの思い込みが、あるようです。


★しかし、以前、書きましたように、

ショパンは、20歳になるかならないかで、

「エチュード」Op.10 という大傑作を、書いています。

リヒャルト・シュトラウスは、16~19歳で、

名曲の「チェロソナタ」を、作曲しました。

(6月28日のブログ<ベルリンでのコンサートのアンコールは、                  
「荒城の月幻想」>を参照)

“ミューズの神”に選ばれた大作曲家は、年とともに、

作風が変化することは、ありましても、

若年時代だから、「生硬」であるということは、

決して、ないと思います。


★ラヴェルは、この20歳の作品「古風なメヌエット」を、

54歳になった1929年になって、オーケストラ用に編曲し、

1930年に出版しました。

ラヴェル自身の指揮で、1930年1月11日に、

ラムルー管弦楽団が、初演しています。

よほど、愛着があったのでしょう。

自信をもって、2回にわたって、世に問うたのです。


★私が一番危惧しますのは、この曲を練習しようとして、

この日本の楽譜を手にした、若い人が、

この解説により、ラヴェルを誤解することです。


★「非和声音が倚音、経過音、刺繍音に限られ、

ラヴェル特有の多彩で精緻な非和声音の合成に

至っていない」と書かれていますが、

その意味が、よく分かりません。

非和声音の主なものは、上記の「倚音、経過音、刺繍音」であり、

それ以外には、「逸音、掛留音、先取音」くらいしかありません。

しかも、その三つは、上記の主要な非和声音が変化したものです。


★「倚音、経過音、刺繍音」のみの名曲は、あまた、あります。

さらに、「古風なメヌエット」を、よく見てみますと、

4小節目の1拍目「嬰ト音」は、3小節目から、

タイで結ばれており、「7の和音」の7音、つまり、

通常の和声音と、とらえることも可能ですが、同時に、

3小節目からのタイによる、「掛留音」としてとらえ、

直後の「嬰へ音」で、解決したようにも、聴こえます。


★これは、和声音でもあり、同時に、非和声音でもあり、

両方にとることができる、大変に綺麗な和声です。

演奏する場合は、非和声音の「掛留音」と、

意識したほうが、効果的です。

とても、“老獪な”和声と、いうことができます。


★このような和声進行が、「古風なメヌエット」の魅力の一つです。

アウフタクトの曲頭の「嬰ホ音」は、嬰へ短調の導音ですが、

1小節目1拍目で、主音の「嬰へ音」に解決しません。

なぜなら、アウフタクト曲頭で、既に、

主音の「嬰へ音」が、奏され、

1小節目1拍目まで、タイで結ばれているからです。

即ち、導音は、解決すべき主音と同時に、奏され、

そのまま、解決しない、という、

とても前衛的で、複雑な見事な和声進行です。


★音楽に熱心な真面目な方ほど、「解説」をじっくり読み、

その通りに、理解しようと努めます。

自分の解釈と、「解説」とが異なる場合、

“自分の方がおかしい、自分の理解が足りない、

自分は、勉強不足なのであろう”と、

自分を、責めてしまいます。

しかし、そうではなく、「解説」より、なによりも、

ご自身の「感動」が、大切です。

その感動や直感、印象を信じ、絶えず演奏し、

「楽譜」を自分で、読み解くことが、第一です。


★新しく出版された、このラヴェルの小品

「 Menuet en ut diese mineur 」pour Piano は、

「古風なメヌエット」と同様に、

美しい「対位法」が、絶妙に、駆使されています。

この曲を勉強することにより、「古風なメヌエット」など、

ラヴェルの舞曲を、より深く理解できる、と思います。

ただし、それには、大作曲家と真摯に向き合い、何度も弾き、

“どこにカノンがある、拡大形がある、ここで声部が増えている、

ここが頂点だ”など、ラヴェルが、この曲に隠した

“宝物”を、自分で見つけ出そうとする努力が、必要です。 


★出版社は、Editions Salabert です。


                      (紫式部の花)
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