音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■■大バッハは、本当に“古い”対位法だけで作曲していたか?■■

2009-07-05 16:46:35 | ■私のアナリーゼ講座■
■■大バッハは、本当に“古い”対位法だけで作曲していたか?■■
                      09.7.5 中村洋子


★私のブログを、お読みいただいている皆さまには、

お分かりと思いますが、「ドビュッシー」と

「ラヴェル」の音楽は、一般にイメージされるような

「印象派的」な音楽では、ありません。

同様に、「ショパン」、「シューマン」には、

「ロマン派的」な要素は、ほとんど、入っていません。


★名曲といわれるもので、音楽史上、一般的に使われる

「・・・派」や、「・・・様式」、「・・・学派」

という形で、作曲されたものは、ほとんどありません。

音楽史の「論文」や、「解説」を書く上では、

大変に便利な、区別法ですが、そのように区分できるほど、

芸術は、単純なものでは、ないのです。

ましてや、当事者の作曲家たちは、

自分が“・・・派”であるとは、意識していません。


★次回のブログでも、取り上げますが、

ショパンの「自筆手稿譜」から、うかがえる、

本当の作曲の意図を、後世や現代の校訂者や原典版が、

いかに、たわめているか、ということと、

根本は同じであると、言えそうです。



★バッハについて、「テレマンが≪第一期ギャラント様式≫で、

書いていたのに対し、バッハは、それより古い時代の、

対位法のスタイルで、書き続け、それがため、

バッハはテレマンほど、もてはやされなかった」という、

誤解が、昔から伝わっています。


★しかし、前回のブログで書きましたように、

あの大バッハが、≪第一期ギャラント様式≫を、

知らなかったはずはありません。


★バッハの「フルートソナタ 変ホ長調」(シチリアーノを含む)は、

1720年ごろに作曲された、とされています。

そのときに、二男のエマニュエル・バッハは、まだ6歳ぐらい、

長男のフリーデマンですら、10歳ころです。

この年齢を見ても、エマヌエルの作品とするには、

齟齬を、きたしそうです。


★1723年に序文が書かれた「Invensionen & Sinfonien」の、

「シンフォニア12番 イ長調」は、明らかに、

「ギャラント様式」で、書かれています。

フルートソナタに限らず、バッハは、ここでも、

「ギャラント」で、書いているのが分かります。


★1744年に完成した「平均律クラヴィーア曲集2巻」の

「12番 前奏曲 ヘ短調」も、「ギャラント」な曲です。


★前回のブログで、「ギャラント様式」について、

音楽書から、要約して以下のように書きました。

≪すべてが明澄で、簡素で明確な和音、

同じリズムを続けるバス、優雅なセンチメンタリズム、

三和音と短いフレーズに基づく旋律、これらが主な特徴です≫。


★定義は、かなり曖昧です。

言えることは、大バッハは、このような、

“レッテル付け”に対し、彼の大きな翼でもって、

そのレッテルを、“意味がない”と、

吹き飛ばしている、ということです。


★ショパンを、≪ロマン派の作曲家≫とした時点から、既に、

ショパンを、正しく理解する方法が閉ざされかねない、のと同様、

テレマンやエマヌエル・バッハを、理解するうえでも、

このような用語の束縛から、逃れたほうがいいと思います。


★さらに、「ギャラントな音楽」、つまり、

≪簡素で明確な和音、三和音と短いフレーズに基づく旋律≫は、

実は、新しいものではないのです。

バッハが若いころ、イタリアのヴィヴァルディや、

マルチェッルロの編曲をし、それらを、

自分の音楽に、結実させていった経緯があり、

イタリアの巨匠たちの音楽に、「ギャラント」は、

見え隠れしており、当然、

バッハにも、宿っているのです。

有名なバッハ「イタリア協奏曲」(1735年出版)も、広義では、

世に言う「ギャラント」と、言えなくもないでしょう。


★奇しくも同じ番号ですが、平均律2巻の「12番 前奏曲」と、

「シンフォニア 12番」も、ギャラントな曲です。

特に、「平均律第 2巻」は、バッバの集大成で、

あらゆる様式の曲が、全24曲に込められていますので、

当然、ギャラント的な曲も、含まれます。


★ここでは、平均律2巻の「12番 前奏曲」について、触れます。

“天才を理解できるのは、天才しかいない”と言われますので、

バルトークの校訂した、平均律の楽譜を見てみましょう。

バルトークは、「平均律 1、2巻」の全48曲を、

独自の配列で、並べ変えています。

この「12番 前奏曲」は、26番目に配置されています。


★最初の4小節間の、4分音符のバスに、

「テヌート」記号を、付け加えています。

室内楽の、バスのイメージでしょう。

1小節目の上2声の最初の8分音符二つを、

スラーで、つないでいます。

同様に、2小節目、3小節目の上2声の、

最初の8分音符二つも、スラーで、つないでいます。

スラーでつながれた、二つの8分音符の、

初めの音は、この3ヶ所とも、「倚音」です。

この「倚音」は、次の音に、解決されますので、

「倚音」のほうに、音の重みが加わります。


★この「12番 前奏曲」は、アウフタクトの

メゾフォルテによって、始まっています。

アウフタクトから、1小節目の前半を、一つのまとまりとし、

1小節目後半から、2小節目前半を、次のまとまりとしています。

2小節目後半から、3小節目、さらに、4小節目の前半までを、

三つ目のまとまりとし、バルトークは、この三つ目のまとまりに、

大きなディミヌエンドを、付けています。


★同型反復3回の原則(3回目は、大きく変化させる)に則り、

彼は、上記のような演奏法を提示することで、

自分の解釈、としています。

4小節目後半から、8小節目前半にかけては、

ピアノ記号が付され、1拍ごとに、

スラーで、まとめられています。

「曲頭から、4小節目前半」と、

「4小節目後半から8小節目前半」が、

えもいわれぬ、美しい好対照をなしています。

「Andante sosutenuto (4分音符=76)」の

指示も、付けています。


★「シンフォニア 12番」につきましては、7月28日午前10時からの

「第12回 カワイ・インヴェンション アナリーゼ講座」で、

詳しく、お話いたします。


                       (唐辛子の花)
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