■■大バッハは、本当に“古い”対位法だけで作曲していたか?■■
09.7.5 中村洋子
★私のブログを、お読みいただいている皆さまには、
お分かりと思いますが、「ドビュッシー」と
「ラヴェル」の音楽は、一般にイメージされるような
「印象派的」な音楽では、ありません。
同様に、「ショパン」、「シューマン」には、
「ロマン派的」な要素は、ほとんど、入っていません。
★名曲といわれるもので、音楽史上、一般的に使われる
「・・・派」や、「・・・様式」、「・・・学派」
という形で、作曲されたものは、ほとんどありません。
音楽史の「論文」や、「解説」を書く上では、
大変に便利な、区別法ですが、そのように区分できるほど、
芸術は、単純なものでは、ないのです。
ましてや、当事者の作曲家たちは、
自分が“・・・派”であるとは、意識していません。
★次回のブログでも、取り上げますが、
ショパンの「自筆手稿譜」から、うかがえる、
本当の作曲の意図を、後世や現代の校訂者や原典版が、
いかに、たわめているか、ということと、
根本は同じであると、言えそうです。
★バッハについて、「テレマンが≪第一期ギャラント様式≫で、
書いていたのに対し、バッハは、それより古い時代の、
対位法のスタイルで、書き続け、それがため、
バッハはテレマンほど、もてはやされなかった」という、
誤解が、昔から伝わっています。
★しかし、前回のブログで書きましたように、
あの大バッハが、≪第一期ギャラント様式≫を、
知らなかったはずはありません。
★バッハの「フルートソナタ 変ホ長調」(シチリアーノを含む)は、
1720年ごろに作曲された、とされています。
そのときに、二男のエマニュエル・バッハは、まだ6歳ぐらい、
長男のフリーデマンですら、10歳ころです。
この年齢を見ても、エマヌエルの作品とするには、
齟齬を、きたしそうです。
★1723年に序文が書かれた「Invensionen & Sinfonien」の、
「シンフォニア12番 イ長調」は、明らかに、
「ギャラント様式」で、書かれています。
フルートソナタに限らず、バッハは、ここでも、
「ギャラント」で、書いているのが分かります。
★1744年に完成した「平均律クラヴィーア曲集2巻」の
「12番 前奏曲 ヘ短調」も、「ギャラント」な曲です。
★前回のブログで、「ギャラント様式」について、
音楽書から、要約して以下のように書きました。
≪すべてが明澄で、簡素で明確な和音、
同じリズムを続けるバス、優雅なセンチメンタリズム、
三和音と短いフレーズに基づく旋律、これらが主な特徴です≫。
★定義は、かなり曖昧です。
言えることは、大バッハは、このような、
“レッテル付け”に対し、彼の大きな翼でもって、
そのレッテルを、“意味がない”と、
吹き飛ばしている、ということです。
★ショパンを、≪ロマン派の作曲家≫とした時点から、既に、
ショパンを、正しく理解する方法が閉ざされかねない、のと同様、
テレマンやエマヌエル・バッハを、理解するうえでも、
このような用語の束縛から、逃れたほうがいいと思います。
★さらに、「ギャラントな音楽」、つまり、
≪簡素で明確な和音、三和音と短いフレーズに基づく旋律≫は、
実は、新しいものではないのです。
バッハが若いころ、イタリアのヴィヴァルディや、
マルチェッルロの編曲をし、それらを、
自分の音楽に、結実させていった経緯があり、
イタリアの巨匠たちの音楽に、「ギャラント」は、
見え隠れしており、当然、
バッハにも、宿っているのです。
有名なバッハ「イタリア協奏曲」(1735年出版)も、広義では、
世に言う「ギャラント」と、言えなくもないでしょう。
★奇しくも同じ番号ですが、平均律2巻の「12番 前奏曲」と、
「シンフォニア 12番」も、ギャラントな曲です。
特に、「平均律第 2巻」は、バッバの集大成で、
あらゆる様式の曲が、全24曲に込められていますので、
当然、ギャラント的な曲も、含まれます。
★ここでは、平均律2巻の「12番 前奏曲」について、触れます。
“天才を理解できるのは、天才しかいない”と言われますので、
バルトークの校訂した、平均律の楽譜を見てみましょう。
バルトークは、「平均律 1、2巻」の全48曲を、
独自の配列で、並べ変えています。
この「12番 前奏曲」は、26番目に配置されています。
★最初の4小節間の、4分音符のバスに、
「テヌート」記号を、付け加えています。
室内楽の、バスのイメージでしょう。
1小節目の上2声の最初の8分音符二つを、
スラーで、つないでいます。
同様に、2小節目、3小節目の上2声の、
最初の8分音符二つも、スラーで、つないでいます。
スラーでつながれた、二つの8分音符の、
初めの音は、この3ヶ所とも、「倚音」です。
この「倚音」は、次の音に、解決されますので、
「倚音」のほうに、音の重みが加わります。
★この「12番 前奏曲」は、アウフタクトの
メゾフォルテによって、始まっています。
アウフタクトから、1小節目の前半を、一つのまとまりとし、
1小節目後半から、2小節目前半を、次のまとまりとしています。
2小節目後半から、3小節目、さらに、4小節目の前半までを、
三つ目のまとまりとし、バルトークは、この三つ目のまとまりに、
大きなディミヌエンドを、付けています。
★同型反復3回の原則(3回目は、大きく変化させる)に則り、
彼は、上記のような演奏法を提示することで、
自分の解釈、としています。
4小節目後半から、8小節目前半にかけては、
ピアノ記号が付され、1拍ごとに、
スラーで、まとめられています。
「曲頭から、4小節目前半」と、
「4小節目後半から8小節目前半」が、
えもいわれぬ、美しい好対照をなしています。
「Andante sosutenuto (4分音符=76)」の
指示も、付けています。
★「シンフォニア 12番」につきましては、7月28日午前10時からの
「第12回 カワイ・インヴェンション アナリーゼ講座」で、
詳しく、お話いたします。
(唐辛子の花)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
09.7.5 中村洋子
★私のブログを、お読みいただいている皆さまには、
お分かりと思いますが、「ドビュッシー」と
「ラヴェル」の音楽は、一般にイメージされるような
「印象派的」な音楽では、ありません。
同様に、「ショパン」、「シューマン」には、
「ロマン派的」な要素は、ほとんど、入っていません。
★名曲といわれるもので、音楽史上、一般的に使われる
「・・・派」や、「・・・様式」、「・・・学派」
という形で、作曲されたものは、ほとんどありません。
音楽史の「論文」や、「解説」を書く上では、
大変に便利な、区別法ですが、そのように区分できるほど、
芸術は、単純なものでは、ないのです。
ましてや、当事者の作曲家たちは、
自分が“・・・派”であるとは、意識していません。
★次回のブログでも、取り上げますが、
ショパンの「自筆手稿譜」から、うかがえる、
本当の作曲の意図を、後世や現代の校訂者や原典版が、
いかに、たわめているか、ということと、
根本は同じであると、言えそうです。
★バッハについて、「テレマンが≪第一期ギャラント様式≫で、
書いていたのに対し、バッハは、それより古い時代の、
対位法のスタイルで、書き続け、それがため、
バッハはテレマンほど、もてはやされなかった」という、
誤解が、昔から伝わっています。
★しかし、前回のブログで書きましたように、
あの大バッハが、≪第一期ギャラント様式≫を、
知らなかったはずはありません。
★バッハの「フルートソナタ 変ホ長調」(シチリアーノを含む)は、
1720年ごろに作曲された、とされています。
そのときに、二男のエマニュエル・バッハは、まだ6歳ぐらい、
長男のフリーデマンですら、10歳ころです。
この年齢を見ても、エマヌエルの作品とするには、
齟齬を、きたしそうです。
★1723年に序文が書かれた「Invensionen & Sinfonien」の、
「シンフォニア12番 イ長調」は、明らかに、
「ギャラント様式」で、書かれています。
フルートソナタに限らず、バッハは、ここでも、
「ギャラント」で、書いているのが分かります。
★1744年に完成した「平均律クラヴィーア曲集2巻」の
「12番 前奏曲 ヘ短調」も、「ギャラント」な曲です。
★前回のブログで、「ギャラント様式」について、
音楽書から、要約して以下のように書きました。
≪すべてが明澄で、簡素で明確な和音、
同じリズムを続けるバス、優雅なセンチメンタリズム、
三和音と短いフレーズに基づく旋律、これらが主な特徴です≫。
★定義は、かなり曖昧です。
言えることは、大バッハは、このような、
“レッテル付け”に対し、彼の大きな翼でもって、
そのレッテルを、“意味がない”と、
吹き飛ばしている、ということです。
★ショパンを、≪ロマン派の作曲家≫とした時点から、既に、
ショパンを、正しく理解する方法が閉ざされかねない、のと同様、
テレマンやエマヌエル・バッハを、理解するうえでも、
このような用語の束縛から、逃れたほうがいいと思います。
★さらに、「ギャラントな音楽」、つまり、
≪簡素で明確な和音、三和音と短いフレーズに基づく旋律≫は、
実は、新しいものではないのです。
バッハが若いころ、イタリアのヴィヴァルディや、
マルチェッルロの編曲をし、それらを、
自分の音楽に、結実させていった経緯があり、
イタリアの巨匠たちの音楽に、「ギャラント」は、
見え隠れしており、当然、
バッハにも、宿っているのです。
有名なバッハ「イタリア協奏曲」(1735年出版)も、広義では、
世に言う「ギャラント」と、言えなくもないでしょう。
★奇しくも同じ番号ですが、平均律2巻の「12番 前奏曲」と、
「シンフォニア 12番」も、ギャラントな曲です。
特に、「平均律第 2巻」は、バッバの集大成で、
あらゆる様式の曲が、全24曲に込められていますので、
当然、ギャラント的な曲も、含まれます。
★ここでは、平均律2巻の「12番 前奏曲」について、触れます。
“天才を理解できるのは、天才しかいない”と言われますので、
バルトークの校訂した、平均律の楽譜を見てみましょう。
バルトークは、「平均律 1、2巻」の全48曲を、
独自の配列で、並べ変えています。
この「12番 前奏曲」は、26番目に配置されています。
★最初の4小節間の、4分音符のバスに、
「テヌート」記号を、付け加えています。
室内楽の、バスのイメージでしょう。
1小節目の上2声の最初の8分音符二つを、
スラーで、つないでいます。
同様に、2小節目、3小節目の上2声の、
最初の8分音符二つも、スラーで、つないでいます。
スラーでつながれた、二つの8分音符の、
初めの音は、この3ヶ所とも、「倚音」です。
この「倚音」は、次の音に、解決されますので、
「倚音」のほうに、音の重みが加わります。
★この「12番 前奏曲」は、アウフタクトの
メゾフォルテによって、始まっています。
アウフタクトから、1小節目の前半を、一つのまとまりとし、
1小節目後半から、2小節目前半を、次のまとまりとしています。
2小節目後半から、3小節目、さらに、4小節目の前半までを、
三つ目のまとまりとし、バルトークは、この三つ目のまとまりに、
大きなディミヌエンドを、付けています。
★同型反復3回の原則(3回目は、大きく変化させる)に則り、
彼は、上記のような演奏法を提示することで、
自分の解釈、としています。
4小節目後半から、8小節目前半にかけては、
ピアノ記号が付され、1拍ごとに、
スラーで、まとめられています。
「曲頭から、4小節目前半」と、
「4小節目後半から8小節目前半」が、
えもいわれぬ、美しい好対照をなしています。
「Andante sosutenuto (4分音符=76)」の
指示も、付けています。
★「シンフォニア 12番」につきましては、7月28日午前10時からの
「第12回 カワイ・インヴェンション アナリーゼ講座」で、
詳しく、お話いたします。
(唐辛子の花)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲