のらやま生活向上委員会 suginofarm

自然と時間を、都市と生命を、地域と環境を、家族と生きがいを分かち合うために、農業を楽しめる農家になりたいと考えています

愛妻に愛妻の日をことほぐ日

2008年01月31日 | 雲図鑑
1月31日は、1=i=あい、31=さんいち=さい
ということで「愛妻の日」だとか。

そこで、わが愛妻に「愛妻の日」だと教えたところ
どうして?って。

「愛妻の日」があるということは喜ばしいことです。
お祝いを述べさせていただきました。


ふたたび寒気が入ってきました。
飛行機雲がしばらく一直線に伸びていました。

剪定の鋏待つ枝寒がすむ

2008年01月30日 | 冬の梨畑
七十二候の「かすみはじめてたなびく」は立春も過ぎ、
二十四節気の雨水の次候あたり、
2月24日ころをいうのだそうですが、
それより二十日以上も前に3月並みの気温になりました。

この春の桜の第一回開花予想がだされ、
やはり例年よりも早いそうです。

それでもまた明日から寒気が入ってくるとか。

一瞬でも霞が剪定していない枝を見えなくしてくれたのは
お天道様のやさしさでしょうか。

よき梨のよき薪になるあわれさよ

2008年01月29日 | 冬の梨畑
昨日の予報とは逆にお昼ごろから小雨が降り続きました。
陽の出ないこんな日は一日中ストーブが活躍していて、
薪の消費量もなかなかのものです。

燃やし終えるまでにしばらくかかるかと思われた薪の一山も
寒い日がつづく今年はあっという間になくなりそうです。

毎年、薪になる材料ができるので
木小屋を開けるためにどんどん燃やさなければと思う一方で、
薪にするまでの手間を考えれば
薪の山が小さくなるのはさみしいもので…


タイトル元句

よき炭のよき灰になるあわれさよ(高浜虚子)

何事の頼みなけれど春を待つ(高浜虚子)

2008年01月28日 | 冬の梨畑
今日は旧暦12月21日。あと十日で新春。
ずいぶん日も伸びてきました。
夕方5時過ぎまで仕事ができます。

こう寒い日がつづくと
今年は休眠打破の心配はないでしょう。
ということは、いったん暖かくなると一気に芽が動き出す?
いよいよもって剪定を急がねばなりません。

そして今日は初不動。
手賀沼に面した高台に波切不動があって
むらの人たちが枝で作った剣を持って
詣でていました。

中空に小さくなりて照り透り悲しきまでに冬の夜の月(斎藤茂吉)

2008年01月27日 | 冬の梨畑
夜、ナシの剪定枝を焼却していると、
下弦の月が昇ってきました。
焼却し終えるころにはずいぶん高く小さくなりました。

ホースを引いてきて消火しようと
水を出したとたんにすぐに水が出なくなりました。
シャワー口が凍ってしまったようです。
今年は寒中らしい寒中です。

剪定作業の進み具合が例年より1週間遅れています。

幾何(いくばく)の寒さに耐ゆるふぐりかも

2008年01月26日 | 冬の梨畑
タイトルの「ふぐり」を「我身」に変えると、
『幾何(いくばく)の寒さに耐ゆる我身かも』
という高浜虚子の句になります。

「ふぐり」と読み替えてずいぶんと下品にしてしまいました。

なぜふぐりかといいますと、
カマキリの卵塊の別名に「おおじがふぐり」というのがあるそうで、
その意味が〔老翁の陰嚢〕ということで…
こらまた、失礼しました。


秋にはナシ畑でカマキリをたくさん見かけました。
冬、卵塊が枝にしがみついているのがあちこちで見つかります。
カマキリもまたナシ畑のりっぱな住人です。

いくつかの卵塊のしがみついている場所を観察して見ると
陽だまりというよりは
北風、西風のあたらないようなところのように思えます。

雪国ではその年の積雪を予測するかのような場所、
つまり、豪雪な年ほど高い場所に卵を産むといいますし、
カマキリにはコンパスがなくとも
北や西が判別できるようです。

冬籠虫けら迄もあなかしこ(貞徳)

2008年01月24日 | 冬の梨畑
「あなかしこ」って感心している場合ではありません。

ナシマルカイガラムシという害虫によって枯れてしまった枝です。

小さな虫がびったりと枝についてしまって
樹液?を吸ってしまうのでしょう。
ひどい場合には
この写真のように枝が枯れてしまうこともあります。

数年前より目立ってきていましたが、
剪定をしていると
今年はとくに被害樹が多く見受けられます。



まわりのナシ仲間も同じような印象を持っているようです。
夏までは目立たないのですが、
夏以降秋にかけて繁殖するようです。
昨年夏が猛暑だったことも元気付かせたのでしょうか。

減農薬を進めてきて増えてきたともいえるでしょうか。

カイガラムシというのは
蝋物質で身を守っているものですから化学農薬が効きにくく、
マシン油で覆ってしまい物理的に窒息させてしまう以外に
防除する手はないようです。

だんだん被害が増えてきているのが気になります。

冬こもる梅の蕾の堅ふゝみ心にとちて恋ひや暮さむ(伊藤左千夫)

2008年01月23日 | ネイチャースケッチ
今日も雪が降るぞーっていわれていました。
たしかに横浜や東京、柏市街地などでは
薄っすらと白くなるほど降ったようです。

でも、
わが家では…
わが家では…
わが家では…      雪は降りませんでしたー!

千葉県北西部に大雪注意報が出ていた時間もあったようですが、
またまた、車のタイヤをスタッドレスにする
機会を逃しました。

良いことです。

手賀沼という大きな水面に近いことから、
ほんの少しだけ暖かいのかもしれません。

そういえば、ナシの花も
柏市南部の市街地に近いところより
わが家のほうが早く咲き出します。

微気象を実感した朝でした。

ありがたや農なし国に日がのぼる

2008年01月22日 | 農のあれこれ
タイトル元句 「有りがたや能なし窓の日も伸る(一茶)」

今日は旧暦の12月15日。
早朝、大きな赤い月が西の空に落ちていきました。満月です。
新春まであと2週間。日も伸びてきました。
写真はタイトルやコメントとは関係ありません。
1月19日に見られた雲です。


さて、午後から
県主催の「有機農業の推進に係る説明会・意見交換会」
が柏市内で行われましたので出かけてきました。

これは、平成18年12月に成立・施行された
「有機農業の推進に関する法律」に基づいて
千葉県が推進計画を作成するに当たり、
県内10箇所で行う説明会およびタウンミーティングのひとつです。

主催者側からの呼びかけに応じた以外に
自主的に参加した人も相当数いたようで、
関係機関、農業者、有機農業実践者、消費者、NGOなど
定員40名のところ100名近い参加者がありました。
主催者側も関心の高さに驚いていました。

農業の現状と法律の説明につづいて、参加者との意見交換。

有機農業実践者Fさんからはこの有機農業推進法とJAS法との
整合について質問がありました。
手続きや費用の面でJAS法に疑問を持っているそうです。
消費者からは農政の目的は有機なのか自給なのか、
縦割り行政でいろいろな方針が示され振り回されているのは
消費者や生産者だと農政に対する根本的な不満も。
関係機関らしき参加者からは
有機農業実践者の実態や栽培技術上の情報開示が要望されました。

いっとき慣行栽培生産者?から有機だ、無農薬だというけれど
農家は食べていかねばならないし、
いっそのこと農家が農業を止めてしまえば
消費者も食料の大事さに気が付くだろうという過激な発言もでました。
主催者側もそういう生産者に配慮してか、
「有機農業を推進しなければない」ということではなく、
その環境を整えることが現状の課題という説明も。

たしかに推進法第7条に
「都道府県は推進計画を定めるよう努めなければならない」とありますが、
第4条には
「国および地方公共団体は…推進する施策を…実施する責務を有する」
とあります。
このへんの矛盾は昨年1月の
NPO民間稲作研究所の有機農業推進法に関するシンポジウム
でも
指摘されていて、
関係機関の及び腰にチェックを入れていかねばならないところのようです。

有機農業実践者Tさんからは、
食料自給率向上、国産農産物の確保のため
消費者が近くにいる千葉県ならではの「自給菜園」を
という提案がありました。まさにわが意を得たりの発言です。

すべての農業生産を有機農法でというのも現状からは飛躍した主張かも。
消費者や兼業農家は協力しながら自給用の菜園を有機農業で営む。
専業農家はできるかぎり有機農業に取り組むものの、
場合によっては慣行栽培によって足りない食料を補う。
そんな役割分担した農業生産システムの確立が
求められているのかもしれません。

今回の会合で喜ばしく思ったのは、
若い生産者たちが積極的に発言していたことです。

非農家から新規就農した若者は、
有機農業推進の前に農業振興そのものの見直しを指摘していました。
自分は有機農業がしたくて農家になろうとしたが、
多くの障害があった。
農業をやりたい人がやれる条件ができていない。
それさえできれば、もっと有機農業も広まると。

痛快、痛快。現状の農業の本質を痛烈に批判しています。
まだ数は少ないとはいえ、
将来は彼らに期待できるじゃないかと心強く感じました。
だから「ありがたや農なし国に日がのぼる」です。

雲かかる天の柱の冬木立(闌更)

2008年01月21日 | 農のあれこれ
電磁波による磁場の乱れが模様になっているのではありません。

この雲は巻雲か。
もっとも高層にできる雲ですので
高圧線鉄塔に冬木立になってもらいました。
写真は一昨日のもの。

昨夜まで雪が積もるぞという予報があったのに
朝起きてみれば雨もなし。
曇っても大寒。日中でも気温5℃以下。寒い一日でした。

夕方から柏の農家によるイベントのひとつ
「元気だそう! 市民と農業者のつどい」の打ち合わせ。

発酵学、食文化論で知られる東京農業大学教授の小泉武夫先生の
講演会が行われます。

2月1日 15時から アミュゼ柏 クリスタルホールにて
演題「食育は子供のため、日本のため」

入場無料です。
問い合わせ先は柏市役所農政課

さびしさに煙をだにも立たじとて柴折りくぶる冬の山里(和泉式部)

2008年01月19日 | 冬の梨畑
おじいさんは畑に柴刈りに行き
軽トラックいっぱいの柴を運んできました…

これで、ちょっとがんばった一日のナシの枝の剪定量。

ナシの剪定枝の処分は頭の痛い問題ですが、わが家では
収穫台車にあおりをつけて120×90×30ぐらいの箱型をつくり、
それを引きながら剪定していきます。
切り落とした枝を台車箱に投げ込み、
いっぱいになったところで軽トラックに乗せ換えます。



地面に落ちた枝を拾い上げる必要もありません。
剪定された後はすぐにきれいになります。
細かな切れ端も回収できます。
剪定ひもやラジオ、ちょっとした小道具も台車で移動できます。

ちなみに、写真の青い口をしたペットボトルには
ただの水が入っています。
のこぎりにこびりついた木のあくを除去するのに
刃の部分に霧吹きます。

持ち出した枝を現段階では焼却処分していることは
すでに紹介しています。
(以前の様子はこちら
(今年の様子はこちら

農研機構・生物系特定産業技術研究支援センター(生研センター)
では剪定枝の粉砕搬出機を開発中。
チップ化して堆肥として再利用・再資源化しようとするものです。

県果樹連ではそのうちの一台を借りてきて実演中ですが、
チップ化する際の騒音や労力、堆肥熟成時の保管場所、
当然ながら新規チップ機購入費用などの課題が残されています。

現在のわが家にとっては
薪ボイラーの開発のほうがありがたいのですが。

雲井なる人を遥に思ふには我が心さへ空にこそなれ(源経基)

2008年01月18日 | 雲図鑑
タイトルの歌は「遠いところにいる人を遥かに思っていると
私の心さえも上の空になってしまうことだ」という意のようです。

写真はウィンドウズXPの壁紙ではありません。
昨日、雪雲が去ったあとに広がった青空と雲です。

分類上は「積雲」、
その中の「扁平雲」あるいは「並雲」、通称「わた雲」でしょうか。
雲が平行に並んで「雲の道」をつくっていることから
「放射状雲」というのかもしれません。

比較的低空での上昇気流の現象によって作られる積雲は
見ている間に移動したり、その形を変えていきます。
子供たちの描く雲は、まずはこの「わた雲」です。

雲は天と地の間にあって、
聖なるものと俗なるものを分ける宗教シンボルだったといいます。
イエスも雷神も孫悟空もわた雲に乗っています。

こんな雲を眺めていると
『「雲」の楽しみ方』(ギャヴィン・プレイター=ピニー著)の
キャッチコピーもさもありなんと思わせられます。

「もし、くる日もくる日も青一色の空を見せられたら、
人生は退屈だ----」

雪晴のひかりあまねしビニルハウス

2008年01月17日 | ネイチャースケッチ
元句:雪晴のひかりあまねし製図室(篠原鳳作)

まさか昨夜の粉雪が積もるほど降るとは…。
朝起きてびっくりです。1cmぐらいは積もったでしょうか。
東京も初雪を記録したというし、
これで去年のように
初雪はいつかいつかと騒がなくとも済みました。

昨日撮った梅のつぼみにも薄っすらと雪が積もっていました。
ロウバイの黄色い花にも白い花が咲いていました。



こんな底冷えのする日はスキー用のジャケットの出番です。
去年は一度も手を通さなかったのですが。
やはりスキー用のフェイスマスク?も持ち出して
完全装備の剪定作業。

それでも夕方になると、うーっさむ!

心よし旭にむかう梅の春(十尋)

2008年01月16日 | ネイチャースケッチ
雪雲が山を越えて流れてきたのでしょうか。
夜、粉雪が舞っています。

今期の気温の底となるような寒気がやってきているようですが、
先日から日の入りの時間が毎日1分づつ遅くなっています。
昨日は16:50、今日は16:51、明日は16:52、…

上向き仕事の剪定作業をはじめてそろそろひと月。
頬が日焼けしてきました。


もち花を咲かせて見るや指の先(一茶)

2008年01月15日 | 冬の梨畑
午前中に見えた雲です。
ひつじ雲?それとも亀甲状高積雲と呼ぶような雲?
雲の分類は複雑だし、見分けるのは難しい。

とにかく、ナシの枝先に丸い雲が刺さっている様子から
小正月に飾る餅花を類推したわけですが、
ちょっと苦しい連想です。

さて
先日のラジオで田舎のおじいちゃんが
みかんの古木に「生らぬなら切ってしまうぞ」と話しかけたら、
翌年からいい実をつけるようになった
というような聴取者からの投稿を紹介していました。

みかんの木がおじいちゃんの言葉を
理解しているかのような逸話です。

古木になると子孫を残そうと花を咲かせるという
生理現象だと説明してしまうとそれまでの話ですが、
ナシでも似たようなことがあって
剪定が迷うことがあります。

ナシの木が古くなって、勢いがなくなったようになります。
それでは困りますので
隣に苗木を植え、優先的に枝を配置するようにします。

古木は着果する枝が少なくなり負荷も軽くなって、
樹勢が復活してきます。
こうなると、現段階で生産性のある古木を生かすのか
将来性のある苗木を生かすのか、迷います。

古木だってまだまだいい実を生らせます。
ブドウなどは古い木の方がよいワインができるそうです。

育成していた苗木が、さあこれからというところで枯れてしまうのは
もしかしたら、隣の古木の怨念なのかもしれません。