のらやま生活向上委員会 suginofarm

自然と時間を、都市と生命を、地域と環境を、家族と生きがいを分かち合うために、農業を楽しめる農家になりたいと考えています

新棚づくり

2004年11月30日 | 今年の梨づくり
収穫を終え、剪定作業に入るまでの11月、梨の木も休んでいますので一年中でいちばんのんびりできるのですが、逆にいえば、時間に追われてできない仕事をしなければならない時期とも言えます。その代表的な仕事が棚の補修、整備です。
昨年も(031117)11月に棚の高さを上げる作業をしていました。今年は梨畑を少し拡張しようと堆肥置き場兼枝焼却場だったところに新たに棚を張っていました。4a(20m×20m)程度のせまい土地ですが、間にいろいろな用事が入り込んで2週間も時間がかかってしまいました。
まず、棚線を固定する場所にアンカーを打ち込みます。金属製の専用の打ち込み器具を使うのですが、その器具が重い!10kg以上もありそうな金属の固まりをアンカーの上に振り落とすことで、地中深く埋めていきます。1本打ち込むのに何回も息が上がってしまいます。手にはマメができるし、まさに肉体労働。専門業者はこの部分をバックホーでやるのだそうです。
アンカーの用意ができたら枠線を張ります。力のかかる角隅に太いパイプを立て、棚が水平になるよう、枠線も凸凹がないよう、パイプの位置や線の長さを調節しながらワイヤー鋼線を張ります。ビーンと固く張ったつもりでも、パイプの下の石が沈んで、翌朝には弛んでいたなんてこともあって、張り直すことがあります。
枠線が決まったら、中の棚線を張ります。棚線は枠線に結び付けるために、こちらをきつく張ると今度はあちらが緩むという具合に、線を張る技が問われます。業者に頼まず自前でやるのですから、いい加減なところで良しとなります。写真で地面に穴が見えるのは、苗木を植える場所に前もって肥料を入れるためにホールディガー(011130)という機械で穴を開けました。

手賀沼トラストそば打ち体験

2004年11月28日 | わが家の時時
父は手賀沼トラストのそば祭りへ、母は道の駅直売所へ納品と我孫子の大型マンションの朝市へ出店ということで、わが家は朝4時からだんごづくりや野菜の荷造りで文字どおりドタバタ。
ソバ祭りとは種を播き育てたソバを打って食べようというイベント。今年は60人以上もの参加者で、二班に分けてソバ打ち体験です。一班がソバを打っている間に、もう一班は会場の裏山で自分用の竹箸を作ります。竹細工をしている隣で、わが家の父は参加者の方にもお手伝いいただいて来年のソバ祭り用の薪づくり。20束以上もできて一安心です。この時期、手賀沼トラストではソバ祭り、餅搗きとイベント続きで、しかもどちらも燃料として大量の薪が必要。燃料も自給するのが手賀沼トラスト流です。
 薪割りはわが家の父の好きな仕事。節のない木はスパッと割れて気分が良いし、節の多い木がなかなか割れないのも知恵比べ、技比べのようで、一本割れたらもう一本という気になります。
薪づくりが好きなのは曾祖父の影響。父が小さい頃、用材がでると薪づくりするのが曾祖父の仕事でした。薪炭材が手に入らない経験をした曾祖父は子孫のためにと木小屋いっぱいの薪を残してくれました。わが家では今でも風呂の薪ボイラーと薪ストーブに使っているのですが、毎年梨の間伐もあって減ることはありません。冬は薪をつくって薪ストーブにあたるというのがわが家の父の老後のイメージ。はたして薪割りをするだけで冬を過ごせる日がくるのか。

就農促進講座受け入れ

2004年11月24日 | わが家の時時
小春日和の午後、県農林振興センター主催の就農啓発事業就農促進講座の視察を受け入れました。講座生がわが家の長男と同世代で、彼もあちこちでお世話になっているだろうからその恩返しのつもりで。
千葉大学園芸学部別科と茂原農高専攻科の学生ということでしたが、県果樹連でお世話になっている方の息子さんとか、三浦市のキャベツ農家の跡取り、これから海外協力隊に出かけようとしている女性、非農家で就農を希望している方など、多彩な方々13人がきました。
何か一つ、結果を出して自信を付け、そこからいろいろ挑戦してほしい。リスクがあるから儲かりはしないが、失敗しても他人に迷惑をかけない。挑戦できる機会があるのも、それが許されるのも農業の面白さ。…
わが子にも面と向かって話したことのないことまで話してしまいました。はたしてどれだけ伝わったでしょうか。

ムラサキイモだんご

2004年11月24日 | アグリママ
梨の収穫、出荷が終われば、食品加工の季節。この秋はおだんごにムラサキイモを混ぜ、ムラサキイモでつくったあんを乗せた「ムラサキイモだんご」も登場です。きれいな色合いになったと少し自慢です。
ほぼ毎日、だんごを直売所に出荷していると、定番商品の小豆あんだんごよりも目先の変わったものの方が売れる日もあって、さらに新商品を提案しなければと、この日の午後は商品開発の時間に。
今、だんごの定番のひとつ、みたらしだんごを商品化しようと「醤油だれ」に挑戦しているのですが、緩すぎたり、時間がたつと固まったりと、満足のいくものができません。どなたかプロの技をちょっと教えて。

04年の米づくりの後始末

2004年11月22日 | 今年の米づくり
2005年の米づくりは04年の米づくりの後始末から。
04年の収穫の際、コンバインのカッターの歯が磨耗していて、刈取ったワラをそのまま田に置いてしまっていました。本来ならカッターで切り刻んで細かくなったワラをうない込んでしまうのですが、それができなかったものですから、田起しするロータリー(トラクターの後ろの付けて土を耕うんする機械)の爪にからんでしまうかもと心配していました。
ワラを拾い集めて持ち出すのも時間と労力がかかります。何か楽して処理できる方法はないかと考え、モアという草刈り機械でワラを砕いてみました。案ずるよりも行いが易し、ワラは簡単に砕けました。ひこばえもきれいに刈られて、1回の田起こしで2回分をやったくらいの出来映えになるかもしれないというおまけ付き。今年は秋の雨量が多く、ワラが水に浸かって分解が進んでいたようです。梨と米をつくる農家ならではの機械の活用です。

20年ぶりの再会

2004年11月21日 | わが家の時時
今日は、わが家の母の学生時代の友人たち二人と20年ぶりの再会です。3人の住まいの結節点ということで、朝9時30分に上野駅待ち合わせ。お互い顔が変わってしまって判らないのではと心配していたのですが、変わらない、変わらない。お互い、年を重ねただけでした。
国立博物館の中国国宝展を見てはひと休み、法隆寺の遺物を見てもひと休み、本館で本物の鳥獣戯画をみてはひと休み、館外の庭園を歩いてはひと休み。歩いている時間より、休んでいる時間の方が長かったかもしれません。
来年はぜひ日光の方まで足を延ばそうと一年後の再会を約束して帰りました。

父と次女のデート

2004年11月14日 | わが家の時時
次女が中学校の吹奏楽クラブが面白くないから辞めたといいます。せっかくの休日、ごろごろとベッドの上で一日を過ごしていては何もはじまらないと、父の出番。しかし、好きなところへ連れていくといってもただ時間が過ぎるだけ。業を煮やして何のあてもなかったのですが、馴染みのある東京お茶の水へ娘をむりやり連れ出しました。
最近、美術が面白いと聞いていたので、歴史ある美術学校「文化学院」のツタの這った校舎を見て、明治大学を経て古本屋街へ。ここでも好きな本を買ってやるといっても次女はうろうろ歩き回るわけでもなく、父の方があっちにいったりこっちにいったり。
よし、それなら歩こうということになりまして、ここは出版社の街、ここはスポーツ品店の街、何?興味がない?なら秋葉原へ行こう。どうだいっぱい電気屋さんがあるだろう。なにか見たい電気製品はないか。ない?しょうがない。アメ横まで歩くぞ。身長は低いのに歩幅は次女の方が大きいのか、娘についていくので大変。おーっと一着100円の古着。寄っていこう。買いたいものまでは見つからなかったのですが、次女がはじめて興味を持った場所でした。
アメ横でヤシの実を売っていました。実に穴を開けてその場で飲めるというので、一つ注文。はじめての味は甘いけれどなんともいえない青臭さ。自分を見つけられない次女自身を象徴する味?次女との一日デートは父の気分転換だったかもしれません。

ナシの紅葉

2004年11月09日 | 今年の梨づくり
梨畑も色付いてきました。梨の葉は多くは黄色になるのですが、一部、紅い葉もあります。具合の悪い枝で紅くなるようですが、どうなんでしょう。
この時期、よく目につく虫はカマキリです。卵を産むために狩猟に精を出し、交尾の相手を探しているようです。