私はこの歳になるまで自分は音痴だと思っていた。
音程が外れ、低音から急に高音になったりすると、声がかすれて出ないなどの症状を自覚しているから、人前で歌うことはめったになかった。
冒頭で、<音痴だと思っていた>と過去形で書いたのは、長年自分が音痴だと思っていたが、あることから自分はそうではなかったことが判った。
近所のバーで相客がマイクを持って完全に陶酔した表情で歌っているがその音程は完全に外れていて、それを聴いていた私の友人Hさんは、そのハズレっぷりに業を煮やして「俺にマイクを貸せ!」とマイクを取り上げてその歌の続きを歌いだした。
然るに何としたことか、Hさんの歌も前の客とまったく同じで完全に音程は狂っていた。
「あんただって同じゃあないか」と突っ込んだ私にHさんは、真顔で調子外れを否定した。
後日、Hさんの奥さんに会ったとき、その話をして「家族で誰か忠告してやらないの?」と尋ねたら「だって、言うと怒るんですもの・・・」とあきらめ顔でそう言った。
歌は上手ではない人は音程のハズレは誰でも自覚しているものだと思っていたが、この一件で、自分で音程の外れの自覚できていない人がこの世に存在していて、それが音痴だということがやっとわかった。
それが分かったと言っても、私が歌えないことに変わりはないが、少なくとも私は音痴ではないという確信が持てた。
冒頭のレコードジャケットは、その昔ポリドールというレコード会社からこの手の音痴集団のLPレコードジャケットの依頼を受けて私が描いたものだが、この時点ではまだ私は音痴の実態を知らず、私同様にただヘタだけの人だと思っていた。
*本文とは何の関係もないが、後期高齢者まで残り39日