鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

練習こそが成果を生むことを実証してみせてくれた落合中日ドラゴンズ

2010-10-02 | Weblog
 1日、プロ野球で中日ドラゴンズが念願のセリーグ優勝を成し遂げた。残り1試合となって、まだ9試合の残している阪神タイガースの結果待ちとなって、阪神にマジック8が点灯してから、最下位の横浜ベイスターズに9回逆転負けして、逆に中日にマジック1が点いた1日、前日のリリーフエースの藤川を投じての敗戦が尾を引いて、広島に完封負けとなり、中日が戦わずして優勝となった。セリーグ制覇は4年ぶり7回目であるが、3年前にリーグ2位でクライマックスシリーズを勝ち上がり、日本一となっているが、この時にはルール改正でリーグ制覇はあくまでも巨人ということになっていて、日本一にはなったものの、セリーグ制覇はならなかった。その悔しい思いを今回晴らしたわけで、これで落合ドラゴンズは指揮を採った7年間で、リーグ制覇3回と日本一1回という輝かしい記録を達成したことになる。
 2日付けのスポーツニッポンの一面はパリーグを制したロッテで飾られていたので、ジョギングがてら梶ヶ谷駅の売店に行った。さすがに5部くらいしか置いてなかった東京中日スポーツ紙を買い求め、ほとんどの紙面が中日優勝の記事で埋められていて、中日ファンとして楽しく読ませてもらった。
 落合監督は1日のNHKテレビでも「7年間鍛えてやってきたので、その成果が出た。鍛え方が違うので、後半になれば他チームがへばってくるだろうから、と思っていたらその通りとなった」と語っていたがシーズン当初の戦い方を見ていて、とても優勝するなどとは思えなかった。確か、対巨人戦で、中継ぎで登板した高橋投手が相手打者の気迫に呑まれて絶好球を投じ、見事に打たれて負けてしまい、「こりゃだめだ」と思ったことを覚えている。その高橋投手が浅尾、岩瀬と並ぶストッパーの役割りを果たし、勝利の方程式を確立したのだから、選手というのは試合を通じて成長していくものだ、と実感した。
 ことしはシーズンはじめから3連覇の巨人を独走し、ぶっちぎりで首位を突っ走ったので、今年も巨人かな、と思っていたら、シーズン半ばに阪神が持ち前の強力打線でのしてきて、一時は首位に躍り出た。ここの頃から投手力で5試合連続完封のプロ野球新記録を達成した7月中旬あたりから中日が走り出し、特に分の悪かった対巨人戦に連勝しだして、9月初旬には首位になり、そのまま逃げ切ってしまった。競馬でいえば、鮮やかな先行抜け出しである。
 攻撃陣では昨年のホームラン、打点王のブランコは年間通じて好調ではなかったものの、森野、和田が終始高打率で得点源となり、故障した井端に代わって若手の堂上直倫らがカバーし、キャッチャーの谷繁もフル出場できなかった穴を小田らが埋め、まさしく全員野球で乗り切った。
 落合監督は3冠王を3度とるなど選手として傑出した成績を残しているが、その割りには練習きらいで通っていた。しかし、それは表面だけのことで、実はこっそりと練習していたことがあとになって判明した。監督になってからも1にも2にも練習が持論で、中日は12球団1の練習量を誇り、落合監督自身も自らバットを持ってノックする姿がしばしば見かけられている。
 谷繁選手が言ったことを人を通じて聞いたことがあるが、落合監督の頭の中のストライクゾーンは選手時代からテレビでよく見る縦横3つの9ゾーンでなく、餅を焼く網の目のように細かく仕切られている、という。それぞれの目にくるボールを左右に打ち分ける、という。それが縦から来たり、左右から来たり、下から浮き上がってきたりするうえ、球種はカーブあり、フォークありだから、それこそ千差万別である。3回も3冠王となるだけのバッティング技術を持っており、こと打撃に関してはどんな選手も教わるしかないことだろう。
 そこから出てくる勝負勘だけに余人にはないものがあるのだろう。7年指揮を採って4回も頂点を究めることなど並大抵のことではない。おカネに任せて選手をかき集めてくる巨人のようなチームではなく、群小の中日ドラゴンズを率いてのことだからなおさら価値がある。
 よく名選手必ずしも名監督ならず、と言われるが、こと落合監督に限ってはその限りではないことだろう。まだ、クライマックスシリーズ、日本シリーズと闘いは続くが、その採配のさえをみせてもらいたいものだ。
コメント (1)
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